”アッサラームの商人”




 アッサラームの夜が明ける。
 ヒースの手に入れてきた情報を元に、鍵職人の下へ急ごうと思ったわけなんだけど。
 女部屋に集まった私たちは、椅子とベッドにそれぞれ腰掛けて顔を合わせる。


「魔法の鍵を作れる職人についてなんだけどね。
 ロマリア王国の依頼よりも先に依頼された仕事があって、そっちに行っているらしいんだ」


「ええー。王国からの依頼より、優先する仕事なの?」

「そこがプロってもんじゃない?」

 笑ってヒースは言葉を続けた。

「別におかしなことでもなくてね。先約ってのがイシス王国からの依頼らしいんだよ」

「イシス?っていうと、西の?」

「そう、砂漠の女王の国だ。
 ここで問題が生じる。鍵職人が仕事場に戻るのを待つか、イシス王国までさらに追いかけるか。
 オレとしては仕事場に戻るのを待つ方がいいとは思うけどね」


「どうして?」

「オレたちの装備は砂漠越えに向いてない。このまま西に進んだら、砂漠の砂になるだろうな」

「砂漠って、そんなに厳しいの?」

「暑い上に、熱い。モンスターも多いけどね、砂地に足をとられて満足に戦えないだろうな」

「ヒースでも?」

「盗賊ってのは、そもそも戦士みたいな戦い方はしないもんだよ」

「レンでも?」

「イシスは経験がないが、砂漠は足の踏ん張りが効かなくなるからな、不利なのは確かだ。
 とはいえ……イシス王国に興味がないわけではない。あそこには黄金の爪の伝説がある」


「黄金の爪? 鉄の爪の親戚?」

「呪いにより身に着ける者を破滅へと導くとされるもので、すべて黄金で作った『爪』だという。
 すでにイシス王国の手で封印されているらしいがな」
 
「へえ……。なんか、怖いかも」


 ノアニールといい、最近呪いづいてるんだろうか?

「砂漠越えでしたら、馬車を調達したらよいのではありませんか?」

 割って発言したのはポーラだった。

「ここはアッサラームです。イシスとは通商を行っているはずですからキャラバンも行き来しているはず。
 同行させていただければ、道中の危険も少なく今の装備のまま行けると思います」


 目をぱちくりさせて、ポーラを見やる。

「ポーラってアッサラームには来たことないんだよね?」

「はい、来たことはありませんがイシスは古都で有名ですし。
 イシスは何千年も前 砂漠のオアシスに作られた国で、ピラミッドという巨大な王家の墓が存在します。
 魔王が各地に進軍を始めた時も、敵本拠地からの距離にも関わらず魔王軍に耐え凌いだといいます。
 現在の国王は女王陛下ですしアルテアさんのお力になってくださるかもしれません」
 
「女王さまなんだ……」


「はい。この世で一番美しいとまで讃えられる方で、まだお若くて独身だということです。
 もしイシスに行くのでしたら、星降る腕輪という伝説の品についても伺ってみたいですね……」


 ポーラは憧れの色をにじませて、はにかんだように微笑んだ。
 私が首をかしげたのが分かったのだろう。説明を付け加える。


「身に着ける者を星の速さに導くという、国宝級の装飾品です。
 その昔イシスにあった悲恋の伝説があって、残された腕輪だそうですが……」


「ふぅん。伝説がいっぱいあるところなんだね」

「今まで訪れた場所とはかなり雰囲気が異なりますので。きっと素敵な経験になると思いますよ」

 やわらかく微笑んで、ポーラは言った。

「イシス王国に着いたら、鍵職人の居場所はすぐに分かる?」 

「まあ、連絡先は聞いてるよ」

「そっか。なら、同行させてもらえそうなキャラバンを探してみようよ。
 それで見つからなかったら、仕事場で待たせてもらおう」


 私の出した折衷案で行くことになり、私たちは出発準備に入った。
 とはいっても、ヒースがキャラバンの手配をするまでは私たちは待機。
 厳重注意を言い渡されてしまったので、昼間だというのに街に出られない。
 まかせっきりだけどいいのかなあ。




   ※※※



「暑……」

 日中の日差しは暑い。
 乾燥しているのでむわっと湿度が高いわけじゃないけど、鉄の鎧の中は熱がこもって本当に熱い。
 マントが日光を遮断してくれて、なんとかなっている。
 これで鉄の鎧が黒色だったら、そのままフライパンになったかもしれない。
 砂漠はもっときついんだという。うわー、しんどそう。


 私たちは馬車乗り場で待機中だった。
 しばらくの間、アッサラームからイシスまで行くキャラバンはいないのだけど。
 偶然にも馬車持ちの旅の商人で、イシスに向かう用事がある人がいたのだそうだ。
 一人で砂漠を越えるのは厳しいので護衛を探していたのだという。
 そんなわけで、私たちは急遽商人護衛の一行となったわけだ。
 
 私たちは護衛料金とかは要らないので、食事だけ面倒を見てもらうことになった。
 それと、もし、その商人さんとイシスでの用事が終わる時間帯が合えば、帰りも一緒に連れていてもらうという約束なのだ。


「偶然ってあるんだなあ」

「本当ですね。キャラバンを待っていたらいつになるか分かりませんでしたし……」

「運がよかったよねぇ」

 笑い合いながら私とポーラが話している横で、レンは黙ったまま馬車乗り場の周囲へ目を配っている。

 遠くからガラガラという音が聞こえてきて、私たちは視線を向けた。
 砂埃を立てながら走ってきたのは馬に似た毛深い動物で、大きな幌のついた車を引いている。
 後で聞いた話だけど、馬は馬でも砂漠での運行に秀でた種類で森のそばでは逆に住めない馬だという。
 御者台に乗っているのはヒースだった。
 私たちの目の前まで走ってくると、馬を落ち着かせて停車させる。


「いやあ、助かります。御者まで頼んでしまってすみませんね」

「よく言うね。始めからそのつもりで交換条件出してたんだろうに」

「いえいえ、とんでもありません。
 私はただ、『馬車を出すのは構いませんが、御者を確保するのに日にちがかかりそうで、いつになるか分からないんですよ』と事実を申し上げたまでで」


 にこやかな声が幌の中から聞こえ、中から男が一人降りてきた。
  
「お待たせいたしました、このたびはよろしくお願いします」


 にこにこと笑う、ターバンを身に着けた男。
 大きなカバンを肩からかけ、手には鳴り物のついた長い棒を持っている。
 それはアッサラームの道具屋であり、昨夜ベリーダンスの劇場で見た顔だった。


「おお、私のともだち。またお会いしましたね」

 芝居がかったしぐさで両手を広げ、彼は再会を喜んで見せた。


 
   ※※※




 砂漠の行軍は確かに一筋縄ではいかなかった。
 御者台に座るヒースはフードを目深にかぶり、日差しを避ける。
 商人と残りの私たちは幌の中にいて、モンスターが近づいてきたら飛び出して戦うのだ。
 
 とにかく暑い!そして熱い!


 日差しが強くて疲労が溜まる。地面が熱くて長く外に出ていられない。
 乾燥しているから気づかないうちに喉がカラカラになっている。
 水分不足で体力が削られていて、戦いが長引くとふらふらになる。
 砂地で足をとられるせいで力がうまく入らないし、その上出てくるモンスターは今までより強かった。


「うー……、鎧脱ぎたい……」

 ようやく倒せた巨大な蟹をにらみつけ(地獄の鋏という名前らしい。なるほど納得の名前だ)幌の下に戻った私はぐったりとうなだれた。
 この蟹、軍隊蟹と見かけは似ているけど(色が緑色なところが違う)さらに硬い上に守備力増強のスクルトまで使うので、戦いがものすごく長引くのだ。
 
「カシムさん、お水ありません……?」


「ええ、ええ。ありますよ。水筒一本で100Gです。お買いになりますよね?」

「…………100ごぉるど……?」

「はい。何しろ砂漠の中では満足に仕入れができませんし、適正価格だと思いますがいかがでしょう?」

「…………買う。一本ください」

「おお、私のともだち!お買い上げありがとうございます」

 商人の名前はカシム。アッサラームに出店しているが、元々はイシスの人なのだという。
 手に持っている鳴り物のついた長い棒は算盤という武器で、商人が商売で使う算盤を戦闘用に加工したものなんだそうだ。でも商売する時に武器についた算盤を使ったりはしないらしい。


 イシスで商売するためっていうけど、本当だろうか。
 道中私たちからたっぷりお金をせしめようって、それだけじゃないだろうか。
 ……と、疑ってしまいたくなるくらい、実はしぼり取られている。
 
「そろそろ夜中になりますしねえ、どうでしょう、用心のために聖水を周囲に撒いておいては。
 日中疲労されているのですし、夜くらいはゆっくりお休みになりたいのではありませんか?」


「おお、お怪我を!
 これは大変です、早めの治療をしないと砂漠では傷が膿んで病気になったりもいたしますよ。
 そこでこの薬草などはいかがですか」
  
 と、こんな調子だ。
 あんたなんてともだちじゃないやい、と言いたいのは山々なんだけど。
 旅慣れているだけあって力も強く、ものすごく愛想がいいので憎めない。


「私の夢はね。いつか、旅人のための町を作ることなんですよ」

 カシムは言う。
 
「この世界にはまだ人の踏み入っていない場所がたくさんあります。
 ここに町があったら休めるのになあって思いながら死んでいった旅人がどれほどいることでしょう。
 そんな人たちに夢や安らぎを与えることのできる、そんな町を作りたいのですよ」


 アリアハンのレーベでも聞いたなあ、と私は思った。 
 モンスターの脅威を感じることなく旅が出来る。
 そんな時代がくることはできるんだろうか。


「そのために、今はアッサラームのビビアンを勧誘中なんですが。
 アルテアさんからも彼女を説得していただけませんか?」


「え?」

「ビビアンを勧誘できたらかなりの売りになりますからねえ。
 いかがですか?
 ご協力いただけましたら、アルテアさんが当劇場に来られた際には優先ボックス席をご用意しますよ?」


「いや、別にそんなことしてくれなくても」 

「本当ですか!いやあ、助かります。ではビビアンの説得よろしくお願いしますよ」

「え?え?なんでそうなるの?」

「おや、報酬なしでお引き受けくださると今おっしゃってくださったのでは?」

 あんたなんてともだちじゃないやい。





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