”ロマリア城下”




 金の冠を取り戻した私は正式にロマリア王国第33代国王 初代女王となった。



 冗談だ。

 実は本当に王冠かぶってマントつけて国王の真似事なんてことをさせられたりもしたんだけど。
 国王も冗談半分だったし、城の皆さんも冗談だと分かっていたので何のことはない。
 
 金の冠を返し、私は旅装束で謁見の間にやってきた。


「あなたが治める国を見てみたかったので、残念ですけど。
 あなたにはもっと大切なお役目があるのですものね」


 おっとりした雰囲気の王妃が本気で言っているのに驚く。

「いいんですか、王妃さまにこんなこと言わせて?」

 私が呆れて聞くと、国王は笑った。

「あなたのおかげで、ロマリア王国は長く続いたエルフたちとの確執を一部とはいえ解決できそうだ。
 ノアニールの呪いも解けたというし、本当に感謝している。
 また女王に興味が沸いたらいつでも寄ってくれ。
 私たちには子がないからな、後継を譲ることについては前向きに考えてくれると嬉しいぞ」


「いいんですか、こんなんで?」

 今度は王妃に聞いてみた。
 おっとりとした王妃はどこまで本気か分からない顔でにっこり微笑む。


「……私としては、ポルトガへの通行証を出してくれればいいんです。
 約束ですから、お願いします」


「それなのだが……」

 ロマリア国王は困った顔をした。

「カンダタが犯人ではなかったということで、ポルトガとの通行停止は解いてある。
 通行証も用意してあるのだが、一つ問題が生じてな」


「そうなのです、アルテアさま。
 ポルトガとの国境を封じてある扉の鍵が破損してしまいまして。作り直しをさせているところなのです」


「魔法の鍵と呼ばれる特殊な錠でな、アッサラーム地方にいる職人にしか作れんのだ。
 作り直しをするのにだいたい一ヶ月ほどかかると聞いている。
 もし、通行を急ぐのであれば取りに行って欲しいのだが……」 
 
 ああ、もう絶対に。
 この人たちは確信犯に違いない。




   ※※※


 
 ノアニールで私たちは一泊した。
 あまり大きな宿ではなかったので、部屋は4人まとめて一つだ。


 村には道具屋と宿屋が一つずつあり、教会も武器屋もない。
 だが道具屋には珍しい品が置いてあった。


 魔導師の杖と身かわしの服である。

 先端の宝玉に魔力が込められていて、素人でもメラの魔法が使えるという杖。
 着れば身が軽くなり、生地も魔法で編みこんであるため汚れにも衝撃にも強いという服。 
 どちらも魔法の品である。
 杖はエリディンが持っていたのと同じものだった。
 
「アルテアさん、お願いがあります」


 思いつめたようすでそう言ったのはポーラだ。

「魔導師の杖を、わたしにください」

「……僧侶には装備できないよ?」

「承知しています」

 きっぱりと言ったポーラの目を見て、私はその場でそれで購入した。
 
 服は、かつていざないの賢者が言っていた品だった。
 話を聞いた時は自分用に購入することも考えていたけど、今の私には鉄の鎧がある。
 身が軽くなっても装甲が薄くなるのは少々心細い。なので、身かわしの服はポーラにだけ購入した。
 ヒースにも購入しようとしたんだけど断られた。着るところを想像したら似合わないのでいいんだけど。  


 宿に戻って荷物を整理していると他の宿泊客が声をかけてきた。
 彼らも長い間眠りについていたらしかった。


「君たちも旅人か。ずいぶん立派な装備をしているが……、戦士なのか?」

 自分こそ旅の戦士といった風情の男が言う。

「ノアニールって中央からは外れたところだと思ってたのですが、そうでもないのですか?」

 旅にはまったく向いてなさそうな軽装の娘さんも口を添えた。

「いいや。用事があって寄っただけなんだけどね。君たちは一緒に旅を?」

 ヒースが応じる。私は部屋の隅でぼうっとしながらそのやりとりを見ていた。
 二人は顔を見合わせて首を振った。


「私は森で魔物に襲われていたところ立派な戦士に助けていただいたのです。この村が一番近かったから」

「オレも世界中を旅して多くの戦士を見てきたが、あの戦士こそまことの勇者と言えるだろう」

「へえ。すごい人もいるもんだね。なんて名前の戦士?」

「オルテガさまです」

 娘さんはうっとりとしながら答えた。

「ああ、あのたくましい腕……。でもオルテガさまは昨日お一人で旅立ってしまいました」

「オルテガって、アリアハンの?」

 思わず口を挟んだ。

「あ?ああ、確かにそう名乗っていた。つい昨日までその隣の部屋に泊まっていたはずだ。
 たしか魔法の鍵を求めアッサラームに向かうと言っていたな」


 眠りの村には思いがけない情報が眠っていた。 
 



   ※※※



 アッサラームはロマリア王城から見て東にある。
 昼はもちろん、夜中もずっと灯りが煌びやかに照らされた賑やかな街らしい。
 
 宿屋で待っていた仲間たちへ寄り道をすることになったと伝えると、三者三様の表情を見せた。
 ポーラは驚いた顔。
 レンは得心のいった顔。
 ヒースは呆れた顔だ。


「ごめん、ポーラ。ポルトガに着くのはもうちょっと後回しになりそう」

「いえ、わたしは構いませんが……。
 アルテアさんはよろしいのですか?アッサラームに行く予定はもともとなかったのでしょう?」


「急いだところでたいして得るものはない。
 魔法の鍵を作る職人なら、面識を得て置いた方が今後の旅の役にも立つだろう」


「お人よしだね。それで魔法の鍵を取りに行くって言っちゃったのか」

「だって一ヶ月だよ?ロマリア王城で足止め食うには長すぎない?」

「詳しく聞かなかったんだろう。
 アッサラーム経由でイシス方面まで足を伸ばしたら、戻ってくるころには一ヶ月くらい経っちゃうよ」


「ええ、そうなの?でも、イシスって。行くのはアッサラームだよ?」

「魔法の鍵を作る職人は、アッサラームというよりイシスに近いところに住んでいるからな」

「ヒースもレンも知ってるの?有名人?」

「そりゃあね。鍵職人ってのは、この世に何人もいないんだよ」

「加えて、王国を預かる鍵となるとな」

「なんだ……、ポーラも知ってる?」

「いいえ。わたしは、中央大陸は始めてですし……。
 ただ、兄に聞いたことはあります。
 中央大陸には、魔法の鍵を作ることのできる職人がいて、それは代々継承されていると……」


「へえ。ポーラ、お兄さんいたんだ。やっぱり美人?」

「え?ええと……」

 困りきった顔でポーラが首を傾けるのを見て、私は笑った。
 ポーラのお兄さんが美形でないはずはないと思うけどね。




 アッサラームへの街道は歩きやすい道らしい。
 モンスターが少し手ごわくなると聞いて準備をしている最中、ふとレンが私に声をかけた。


「ノアニールで聞いた話によれば、アッサラームにはオルテガが向かったらしいな」

「……うん」

 オルテガはたいした運の持ち主だ。村を離れたその翌日に、訪れた村が長い眠りに落ちるなんて。
 ノアニールの村人が6年以上眠っていたのは間違いないだろう。オルテガが火口に落ちたのは私が10才の時なのだ。


「オルテガは、魔法の鍵を求めてアッサラームの方へ向かった、って言ってたね」

「魔法の鍵を作る職人は世界に何人もいない。
 おそらく、相手はオルテガに遭ったことのある職人だろうな」


「そうだね」

「怖いのか」

「……どうして?」

 私は荷物を詰める手を止めて、レンを見つめる。
 表情を変えるといえば眉根を寄せるとか顔をしかめるとか、とにかく無愛想なレンだけど。
 どこか気づかうような目で私を見ていて、なんだかこそばゆい思いがした。


「気乗りしない顔をしている」

「……んー」

 私は天井を仰いで、しばらくの間返事に迷った。

「オルテガに遭ったことがあるっていうだけなら、別に怖くはないかな。
 ほら、母親やアリアハン国王の方がよほど親しい仲だったわけだから、いろいろ噂は聞いてるし」


 笑って見せると、レンはいつもの顔に戻っていた。

「違うんだよ。
 あの人たちの中ではオルテガはまだ生きてて、過去の人になってないっていうのがなんだか新鮮で。
 聞くことはないだろうって思ってた名前を聞いて、動揺しちゃったんだと思う」


「そうか」

「うん」

 心配してくれたみたいなのが嬉しくて、笑みがこぼれる。

「いつも通りにしてたつもりだったんだけど。変だった?」

「なら、いつも変なんだろう」

「どういう意味?」

「たいした意味はない。気にするな」

「ふぅん?」

 よく分からないことを言って、レンはまた作業に没頭する。
 私もまた、荷物を詰める作業に戻ることにした。




   ※※※
 
  


 皆おかしい。
 ポーラの様子も変だし、レンもおかしなことを言ってくるし。
 そしてヒースは。
 荷物をまとめる気配もなく、首筋を押さえながら窓から空を見上げている。


「隣、いい?」

「ああ、どうぞ」

 ヒースの隣に腰掛けて、並んで空を見上げた。
 窓から見上げる空は青く綺麗で、白い雲が流れていくのが見えるだけだ。


「”魔力酔い”はどう?」

「ああ……、もう問題ないよ」

「ヒースが魔力強いなんて知らなかったけど、これから先もあると思う?ああいうの」

「どうだかな。保証はできないけど」

「あちこち旅してたんでしょう?その時はどうだったの」

「ぜんぜん。一人旅であんなになってたら、続けてられないけどね」

 やれやれ、とばかりにヒースは苦笑した。

「迷惑かけたね」

「ううん、それはいい。”夢見るルビー”見つけられたのは、逆にそれのおかげだったし……」

「何か聞きたいことでも?」

「うん」

 私はうなずく。

「エリディンは、どこへ行ったんだと思う?
 『エルフの女王を殺して』なんて。
 私たちが本当に女王を倒してたら、ノアニールはこの先永遠に呪いが解けなかったかもしれない」


 エリディンのきれいな赤毛を思い出して、私は目を閉じた。

「……誤解していたのかもしれないよ? ノアニールにかけられた呪いが女王によるものなら、女王を倒すというのは呪いを解く一つの方法なのは間違いないからね」

「ノアニールで、エリディンが見せてくれた本。 
 レンが、エルフ文字少しなら読めるかもしれないって言ってたでしょう。
 あの家に置きっぱなしだったから、読んでもらったの」


「で?」

「デタラメだった。エリディンが言ってたような内容はどこにも書いてない。
 それどころかあれは、エルフ文字ですらなくて。
 ノアニールで昔使われていた文字。確かにエルフと交友のあった人の日記だったけど、内容は違う」


「なるほど……」

「何者なんだろう、彼女」

「……わからないな」

 ヒースは首筋を押さえていた手を外して、首を振る。

「オレは、彼女の魔力が人間じゃないみたいだって言ったけど。
 気づいてないだろうけど、アルテアだって普通の人間と違うんだよ」


「え?」

「アルテアのは”精霊に祝福された魔力”だ。ただの人間とは違う運命を背負った者に特有の力。
 見る人が見ればすぐに分かる。この娘は特別な存在なんだってことが」


「……そうなの?」

「初対面でオレがアルテアに言ったことを覚えてる?」

「ええと……」

 そんなのいちいち覚えてない。思い出そうとしている私を見て、ヒースは笑った。

「『君、誰?』って言った」

「ああ……そうだっけ」

「知らない顔だったからじゃない。あまりに珍しい魔力だったから、驚いたんだよ」

「そう、なの?」

「これが勇者だ、って一目で分かった」

 そう告げたヒースの目は、なぜだかひどく冷たかった。



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