”眠りの村”




 エルフの女王の美しさはひときわだった。
 グリーンの髪は艶やかに波打ち、宝石のような瞳は冷たく輝く。
 頭上を飾るのは精緻な装飾を施されたティアラ。きらきらと輝くのは虹色の石。
 花びらのようにやわらかな、極上の布で作られたドレス。
 玉座は人間のそれとは趣が違う。深みのある色合いの木に細かい彫刻が施されている。
 絨毯の素材も動物の毛ではないようだ。植物の繊維で編まれたものに、草木の染物がされている。
 
 精霊の祝福を受けた、動物の気配のしない生き物。
 そのまま森に溶けてしまいそうな妖精。
 確かにこれは人間じゃない。


「何か用ですか、人間たちよ」

 女王はぞくりとするような美しい声で言った。
 目が細く釣り目がちなので、余計に凄みがある。
 



 謁見を望んだ私たちは、妨害にもあわず女王との対面が叶った。
 先頭は私、後ろにヒースとレンが並ぶ。


 ヒースの顔色は悪いままだったけど、結界の内部に入ったことでずいぶんマシになったらしい。
 少なくても吐き気で動けないようなことはないようだ。
 ”魔力酔い”の証を見せるのは弱みを見せるようなものだと言って、首筋の痣だけは布を巻いて隠してしまった。
 
 畏まって膝をつく代わりに、私はぐっと女王を見つめた。
 本当に綺麗な人だ。こんな場面でもなければ、見惚れてしまいそうになる。


「単刀直入に、聞きます。ノアニールの村に呪いをかけたのはあなたですか?」
 
「ノアニール」


 女王は美しい声で反芻する。
 
「呪いを受けて村ごと眠りに落とされた村です。ここから東にある、ロマリアの……」


「ノアニール!」

 女王はヒステリックに叫んだ。
 釣り目がちの目が、ますます釣りあがる。 
 そして吐き捨てるように言った。


「話がそれだけなら立ち去りなさい、人間」

「最後まで話を聞いてください!」

 追い返されてはたまらないとばかり、私はまくし立てた。

「ノアニールは、エルフの呪いを受けて眠らされたと聞いてます。
 少なくてもロマリアの人間はそう思ってる。カザーブもそうでした。
 その理由が、ノアニールではエルフのお姫さまが人間とかけおちしたからだと言っていて、王城ではエルフの宝が盗まれたからだと聞きました。
 ロマリア国王によれば何度か使者を送ったけど、盗まれた宝を返すまでは交渉には応じないといわれたというし、ノアニールの老人は詫びを入れようとしたけれど追い返されると」


「ふん」

「そして、私たちは、呪いを解くには女王を殺すしかないから殺してくれとまで言われたのです」

「なに……?」

 女王の眉根が寄る。
 
「誤解しないでください。これを言ったのはロマリア王国でも、ノアニールの村人でもありませんから」


 彼女が癇癪を起こす前にと私は続けた。

「何が起きているのか、本当のところが分かりません。
 教えてください、あなたは何を怒って呪いをかけたりしたんです?」


 女王はしばしの間不快げに眉根を寄せていた。
 そりゃそうだろう。自分たちはあなたを殺しに来た、と言ったようなものだ。


「……」

 ふう、と彼女は息を吐いた。そして、重々しいようすで私たちに告げたのだ。

「その昔、わたしの娘アンはひとりの人間の男を愛してしまったのです。
 そして、エルフの宝”夢見るルビー”を持って男のところへ行ったまま帰りません」


 いらいらとした様子で彼女は続ける。

「しょせんエルフと人間。アンは騙されたに決まっています。
 たぶん”夢見るルビー”もその男に奪われ、この里へも帰れずにつらい思いをしたのでしょう。
 ああ、人間など見たくもありません。立ち去りなさい」


 嫌悪感をあらわにして、女王は手を振った。
 もうこれ以上顔も見たくない、話したくないということだろう。
 私は素直に立ち上がり、仲間たちを促して背を向ける。


「”夢見るルビー”を持って来たら、もう一度話を聞いてください」

 女王はこちらを一瞥もしなかった。



   ※※※



 エルフの隠れ里のはずれ、入り口付近で老人は待っていた。
 女王との謁見には遠慮してもらったのだ。
 姿を見たら女王がヒステリーを起こしそうな予感がしたからだけど、きっと合っているだろう。
 老人の介抱のため、ポーラも一緒に残っていた。


「どうじゃった。女王にはお会いできたか?」

 心配していたのだろう。不安を隠そうともしない顔で老人は尋ねてくる。

「会えました。といっても、まだ誤解が解けたわけじゃないですが」

「そう、か……。やはり、息子が直接謝りに来んと許してはもらえんのじゃろうか」

 がっくりと肩を落として、老人はうなだれる。
 様子を気づかいながら、ポーラがそっと尋ねた。


「息子さんとは、お会いできるのですか?」

「いいや…。女王に直談判をしに行ったきり、音沙汰がない。
 怒りが収まらんところを見ると、女王に認めてもらえんと諦めて、かけおちしたのじゃと思っておるのじゃが」


「そっか」

 ふー、と息を吐いて、私はぐっと顔を上げた。
 森の綺麗な空気に包まれて、深呼吸にはちょうどいいけど、残念ながらすがすがしい気分ではない。


「一度、ノアニールに戻ろう。
 暖かい部屋で安静にしてもらって、それから再挑戦する」


「……アルテアさん?」

 女王との交渉中、できれば何も言わないで欲しいと仲間たちには頼んでおいた。
 ポーラに聞かせたくない話が出るかもしれないと思っていた。
 幸いにして、そこまでではなかったみたいだ。


「分からないことが多すぎる。
 これを解決するには、一個しか方法がないと思う」


「それは、いったい?」

「眠りの村を起こす」



   ※※※



 ヒースの”魔力酔い”の症状は、隠れ里を離れるとすぐに治った。
 結界に反応していたのかどうかははっきりしなかったけど、エルフに関係することだけは確かだろう。
 
「ヒース、きついと思うけど、無茶してもらいたいの」


「ずいぶんな頼み方だけど。なにをしろって?」

「”夢見るルビー”は、どこにあると思う?」

「今までの情報じゃ、場所までは分からないと思うよ」

「じゃあ、聞き方を変える。
 村にも行けない、里にも帰れないエルフと人間のかけおち二人組は、どこへ逃げたと思う?」


「……単純に考えれば、どこか遠い国じゃない?」

「どこへ行ってもエルフと人間ってことは変わらない。見つかったら大事になってしまう。
 まして王女は宝といえるものを持ち出してしまってる。それを、遠い国に持っていけるものかな」


 私は強い確信を持ってヒースを見やった。
 レンなら訝しげな目を返してくるだろうし、ポーラは不安げな顔をするだろう。
 この話はヒースにしかできなかった。
 
「カンダタくらいの盗賊じゃないと盗めないと思われる宝だよ。
 しかも、闇ルートには流れてないとロマリア国王は言ったの」


「……ロマリア国王には呆れるね。メロヴィの言うとおり、案外裏ルートとつながり持ってそうだ」

「茶化さないで」

 私はヒースから目を離さない。

「私、”夢見るルビー”はこの里からそう遠くないところにあると思う。
 二人は遠くに逃げられなかった。そして隠れ場所としては、遠くよりもこのあたりの方が安全。
 ロマリア王国はエルフの里近くには近づかないし、エルフたちは隠れ里の結界から外に出ないから。
 エルフは唯一可能性のあったノアニールを探したけど、それ以上の手がかりは見つからなかった。
 だから女王も王女が帰ってこない、としか言わない」


「そこまで推測しといて、オレに何をして欲しいの?」

「隠れ家を探して欲しい。
 そこにはきっと”夢見るルビー”があって、きっとヒースはものすごく気分が悪いと思うけど。
 盗賊魔法は探知系なんでしょう?」


「”魔力酔い”を、利用しろってか」

「そう」

 私は肯定した。

「……オレも、一個聞いていい?」

「うん、なに?」

「なんでそんなにいらついてんの?
 ロマリア王国とエルフの里で起きてることは、アルテアが心を痛めるようなことじゃないよ」


「……答えなきゃだめ?」

「嫌ならいいよ」

「嫌じゃないの。でも、きっといらいらする」

「おれが?」

「私が」



   ※※※



 いろいろなことが起きている。
 誰もが少しずつ違うことを言う。
 推測して、憶測を述べて、かみ合わないうちにそれは各々の中で真実となる。
 これ以上不幸を起こさないために、何ができるのだろう。


 知っているのは誰?
 知らないことは何?


 さあ、手詰まりだ。
 
 次の一手を打つには、眠れる村を起こすしかない。



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