”幕間 カザーブ”



  
 レンの”父親”が亡くなったのは、レンがまだ幼いころだ。
 肉親かどうかは知らない。カザーブでは血のつながりに頓着しないからだ。


 カザーブは素質のある人間を子供のころに集め、育てる。戦士養成所のような特質を備える。
 武闘家を育てる環境にも秀でていたが、それだけではない。
 この村から育った優秀な人材には戦士もいたし、魔法使いもいたし、僧侶もいた。


 カザーブはロマリアの隠れ里だった。

 ロマリア王国は先代国王の時代にエルフの里とのいさかいが顕著になり、シャンパーニの塔を放棄することになったが、そのずっと昔からエルフの里を警戒していた。
 人間は自分と異なる生き物に対して寛大ではいられない生き物だ。
 カザーブは険しい山間部という立地と交通の要衝であることを利用し、エルフに対抗する強者を育てる里であった。


 カザーブより北部にはノアニールの村があるが、ここはエルフの里との外交面を担当する。
 虎視眈々と戦力を育てていることに気づかれぬよう、表面上は仲良くするために存在する村だ。
 その目論見は長い間成功しており、ノアニールはエルフの里と親しい関係にあった。
 だが、その関係が崩れたのも、ここ数年のことではない。
 ノアニールはエルフの里を怒らせ、呪いを受けたらしい、との情報が入っている。


 カザーブの人間は、詳しい情報までは知らない。
 だが、ノアニールはロマリア王国に見捨てられたのだということは理解できた。


 ロマリア王国は、必要があればカザーブもまた、放棄するだろう。
 王城だけを頑なに守り、その民のことなど気にかけないだろう。
 カザーブの民はずっとそう考え、その日に向けて備えてきた。
 いざというとき、カザーブがカザーブだけで存続していけるよう、力を蓄え続けてきたのだ。
   
 レンは、そのカザーブに育った。


 生まれつきカザーブにいたのか、ロマリアのどこかの地方に生まれて連れてこられたのかは知らない。
 あまり興味もない。
 この村で武闘家としての腕を磨き、そして、十二の頃に修行の旅に出た。
 以来、一度も帰ってきていない。




 アルテアを案内しながら、レンは村を見て回った。
 変わったところもあれば変わらないところもある。顔見知りは皆、相応に年老いている。
 自分もまたそうだろう。


「お父さんに、会いたい?」

「……どうだかな。話したいことも特にない」

「そっか。ちょっとさみしいね」

 アルテアは言い、レンの腕にしがみついた。

「私もね、もしオルテガに会えたら言いたいこといろいろあるのに。何にも思いつかない」

「……アルテア」

「うん、なあに?」

「動きづらいから、腕は掴むな」




   ※※※




 村の外れには、鍛錬場がある。
 訪れた旅人にはそうと気づかれぬように、村人たちが修練を重ねる場所である。
 戦士や武闘家など体を使う職業を目指す者が主だった使用者だ。


 買い物が済み、気も済んだアルテアが部屋に戻ったのを見計らい、レンは鍛錬場へやってきていた。
 日課の鍛錬とは異なり、鉄の爪の慣らしをするためだ。


 鍛錬場には、昼間の仕事を持たない村人や修行中の子供たちが集まっている。
 数年ぶりに姿を見せたレンへ興味を見せる者もいたが、レンは相手をしなかった。
 相手にされないと分かれば、それ以上声をかけてはこない。
 
 鍛錬用の丸太の柱を仮想敵とした。
 戦闘開始時の位置から、一足飛びに近づき、急所を切り裂く。
 その所作だけを繰り返し行う。
 滞空時間に調整を加え、相手が動いていることを想定して、レンは幾度となく同じ動きを繰り返した。


「ちょっと」

 レンの動きを止めたのは、宿屋の女主人だった。
 定位置に戻ったレンが、緩慢なしぐさで振り返る。
 いるのには気づいていたが、用があるとは思わなかったというしぐさだ。


「おまえ、どうして爪を左手に装着してるんだい」

 詰問するような声音で女主人は聞いた。

「どうしてとは?」

「おまえは右利きだろう。それが、さっきから見ていれば左での攻撃ばかりだ。
 右手をどうしちまったんだい」


「仕事中じゃないのか」

「うちは亭主がいるからいいんだよ。暇な店番は亭主の仕事さ。
 だいたい、宿屋ってのは旅人がいる時にしか用がないんだからね」


「怠慢だな」

「話をそらそうったってダメだよ」

 女主人は言い、レンの右腕を両手で掴んだ。
 その腕にうっすら残る跡に顔をしかめる。


「仲間は知っているのかい? 
 右が完全に使えないなんてことになってるなら、どうしたって右に隙ができてしまう。
 防備も薄くなる、いざというときに備えられない。仲間を危険にさらす気なのかい」


 たたみかける女主人の言葉に、レンは眉根を寄せた。

「仲間?」

「違うとでもいうのかい。
 人付き合いが下手で、一匹狼が信条のようだったあんたが、足手まといになるだろう麻痺に侵された人間を背おって村に入ってきたんだ。それも、同じような症状の娘っこに同行してだよ。
 ただの道連れだなんて言わないだろうね」


「残念だがな」

 レンは苦い笑いを浮かべ、女主人を見返した。
 ぐっと腕をひねり、自分を掴む二本の手を逆に掴み上げる。
 そのまま軽く腕を振るだけで、女主人の両手はレンを掴み続けることができなくなった。




 村にいたころ、この女主人の世話になった覚えはあまりなかった。
 だが、お節介なことで知られる女主人が”父親”を亡くした自分を心配してくれていたのは知っている。
 女主人には実子がいなかったから、村の子供たちすべてが世話を焼く対象であるらしかった。
 
「あいにくだが、右手は健在だし、これは単に両手を使えるよう鍛錬しているだけだ」


 レンは再び鍛錬を始めた。
 左手に鉄の爪を装備したまま、定位置から、仮想敵と決めた丸太に向けて一定の所作を繰り返す。
 そっけない物言いに、女主人は諦めたらしい。


「いいかい、それが仲間全員に関わるような重大なことなら、隠すんじゃないよ!
 隠してるという事実が、信頼関係を瓦解させるんだからね」


 そう叫ぶように告げて、女主人は宿屋に戻っていった。
 後には黙々と鍛錬を続けるレンだけが残る。
 何事かと様子を伺っていた村人たちも、また自分の鍛錬へと戻っていく。


 日が傾き始めるのを見やり、レンは動きを止めた。
 今頃、アルテアは日課の鍛錬を宿屋の庭先ででも始めているのだろう。
 あるいは麻痺が解けないヒースとポーラの枕元に詰めているのかもしれない。


 レンは右手に触れ、深く息を吸い込んだ。
 引き締まった右腕には、ただれたような古い傷跡が刻まれている。





   ※※※



  
 ヒースとポーラが回復したのは夕刻だった。
 麻痺している間の記憶はないらしく、状況把握に戸惑っている。
 しきりに迷惑をかけたことを謝るポーラに、アルテアは笑う。
 どちらにせよ、カザーブで補給することは予定に入っていたのだ、それが半日ほど伸びたに過ぎない。
 出発は早朝と決め、今夜は自由行動と決まった。
 自分たちの目的はシャンパーニの塔にあるのだ。あまりのんびりはしていられない。
 
 細い月を見上げ、レンは村へと繰り出した。


 なんとなく、だ。感傷的な気持ちになったわけでもない。
 数年ぶりに墓参りくらいはしてやろうという気がわいただけだ。


 墓地は村の中心からそう離れてはいないが、特別な行事でもなければ人が寄り付く場所でもない。
 酔狂な武闘家が墓参りにくる程度である。
 偉大な武闘家にあやかりたいらしいが、レンにしてみれば墓を参る前に自己鍛錬をすべきだった。


 誰もいないだろうと思ったのに、そこには先客がいた。

 鎧を脱ぎ、宿屋の女主人が用意したのだろう、夜着を身に着けていた。
 外に出る服装ではないと、誰も注意しなかったのだろうか。
 白いロングスカートが、不釣合いに思えた。
 華奢すぎて、まるでただの女の子のように見える。


 風になびくスカートが、カーテンのように揺らめく。

「アルテア」

 墓地の一つの前で、アルテアは跪くでもなく、祈るでもなく、佇んでいる。
 なぜ、と狼狽する気持ちが沸いた。
 その墓石は、レンの父親のものだったからだ。


「レン?ああ、驚いた」

 目を丸くして、アルテアは笑った。

「レンのお父さんって、これじゃない?名前は、私には読めないんだけど。
 ”偉大な武闘家ここに眠る”って書いてあるの」 


「よく分かったな」

「顔が、そっくりだったからね」

「……は?」

 アルテアはレンの方を見ず、また墓石へと視線を向けていた。
 まるでそこに誰かがいるかのようにはにかんで笑っている。


「レンのお父さんって、どんな人だったの?」

 レンに背を向けたまま、そう尋ねた。

「どんなといってもな。さほど長い間一緒にいたわけではない」

「どんなだった?」

「……明るい、大雑把で豪胆な人物だと思っていた」

 いつも笑みを絶やさない人物だったとレンは回想する。
 何しろ、死ぬ時にだって豪快に笑いながら死んでいった。
 幼いレンが、父親の武勇に負けじと素手で熊に挑んだ時だった。
 横からやってきて、手柄をさらって、そして、死んだ。


 ”これでオレも本物の熊殺しだなあ”などと笑った。逆だろう、熊殺されだ。
 大人しく”爪”をつけていればよかったのに、あわてて素手で駆けつけてくるからいけないのだ。
 父親と相打ちで倒された熊は、村人全員の夕食になった。
 葬式でもあり、祝勝会でもあった。


「お父さんを、誇らしく思う?」

「……なぜ、そのようなことを聞く」

「なんとなく」

 アルテアは照れくさそうに笑った。
 その笑顔は、まるで年相応の少女のもののようで、レンはどうにも居心地が悪い気分になった。
 父親の墓地の前だというのがいけない。
 あるいは、服装が悪いのだ。鎧を身に着けていないアルテアが見慣れないせいだ。


「誇りではない。愚かだとは思うが、……感謝はしている」

 レンが言うと、アルテアは笑った。

「きっとレンのお父さんは、その顔が見たかったんだと思うよ」

 苦々しく顔をしかめたレンに、アルテアは頓着しない。
 言いたいだけ言うと、ぱんぱんと二度拍手を打ち、墓石に向かって目を閉じた。


 それは宗派が違うだろう、とレンは思ったが、口にするのはやめておいた。

「私は今、レンと一緒に冒険させてもらってます。
 レンにたくさん守ってもらってます。
 あなたが、レンを守ってくれたおかげでもあります。ありがとう」


 墓石の横で、白いものがゆらりと揺れた気がした。
 それは、おそらくアルテアのスカートだったのだが、まるで父親の豪快な笑い声にも似ていた。





   ※※※



 
 翌朝、一行はカザーブを後にした。
 目指すはカンダタであり、その根城であるシャンパーニの塔だ。
 レンは一度だけカザーブを振り返り、そして二度と振り返らなかった。



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