”カザーブの武闘家”
カザーブにたどり着いた勇者一行は、かつてないほど困窮していた。 アリアハン大陸では遭遇したことのない硬い装甲を持つ敵、防御力を高める呪を唱える敵の出現により、直接戦闘能力に偏る一行は大いに苦戦を強いられた。 麻痺効果を及ぼす蜂により機動力を奪われ、村にたどり着いたのさえ奇跡的だった。 ヒースとポーラが麻痺状態に陥り、一行は瀕死の状態で村にたどり着いた。
カザーブの村は入り口を守る番人がいない。 村に近づく者があれば、すべて見張りにより連絡が入る。村人が待機するのはそれからだ。 星の瞬く夜、女主人が村にたどり着いた一行を見つけたのは偶然ではなかった。
見張りの連絡はこうである。 ”ロマリア方面からやってくる旅装束の一行一組あり。満身創痍により全滅必至と思われる” 無駄かもしれないと期待はせずに、女主人は一行がたどり着くのを待っていた。 村に近づく者が悪意を持つ存在かどうか、それを判断するのが彼女の役目であったからだ。
日が暮れ、星が瞬き、もう帰ってしまおうかと悩みだしたころである。 金色のサークレットをした少女と一行がたどり着いたのを見て、女主人はわずかに笑った。
意識が朦朧としているようすで仲間を背負う少女と、軽装の男を背負う稽古着姿の若者だ。 仲間は死んでいるわけではないらしい。 おそらく麻痺にやられたのだろうと分かり、女主人は呆れた。 動けない仲間を背負っていては、ますます敵に襲われる。 置いて逃げるなり、助けを呼びに走るなりすればよいものを。
呆れて、そして女主人は嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。 命を計算できない馬鹿が、彼女は好きだった。
「ちょっと、あんたら。生きてるのかい?」
ポーラを背負ったアルテアは、朦朧とする意識の中で声を聞いた。 女性の声だ。人里に着いたのだ。 安心すると同時に足元から力が抜けていく。
「生きてる……けど、ヒースとポーラが、麻痺、に」
ぽつりぽつりと答えるアルテアに、女性は笑いかけた。
「なあに、あんたの方が重症だね。麻痺なら心配はいらない、放っておけば治るから。 麻痺で一番怖いのは、動けなくなったところをやられるこっさね」
豪快に笑って、ぽんとアルテアを叩く。 それ以上立っていられなくなったアルテアががくりと倒れこむのを、女性はがっしりと抱えた。
「ここは、どこ?」
アルテアの問いに、女性は答えた。
「ここは カザーブ。山にかこまれた小さな村さ」
ピィッと静かな村の中に口笛の音が響いた。 女性の合図に応えて村人たちが駆けつけてくる。 アルテアと、その背に背負われているポーラを示して、女性は指示を出す。
「おまえたち、この子たちを宿に連れていってやんな」
駆けつけた村人たちが一様にうなずく。 最初にヒースとポーラが、続いてアルテアが運ばれていった。 最後に残ったレンを見て、女性が驚いたように目を丸めた。
「なんだい。見たような顔だと思ったら、まさかおまえレンかい」
「他に、誰に見える」
「いやいや、驚いたね。あんたが帰ってきたっていうことより、あんたが仲間連れだってことがね」
女性は笑い、それから、レンの怪我の具合をざっと見やった。
「ふふん、やっぱりだ。あんたはあの娘っこより重症じゃないか。 麻痺を食らったまま動こうなんて、ひよっこには百年早いってもんだよ」
「……茶化すより、満月草はあるか」 「薬に頼るより自然治癒が一番だって、あんたの師匠は言わなかったのかい」
女性は笑うと、宿屋を指差した。
「まあ、治るまでうちで泊まっていくといいさ。お代はもらうけどね。一人16Gだ」
※※※
アルテアの朝は遅い。 眠りが深く、一度寝ると気が済むまで起きないので、他のメンバーよりも遅くなることが多いからだ。 今日のアルテアは、一番早かった。ヒースもポーラも、まだ麻痺から回復していないからだ。 水場を借りて顔を洗っていると、宿屋の女主人が声をかけてきた。
「やあ、娘っこさん。レンはいるのかい」
「え?」
「レンだよ。武闘家の。仲間なんだろう?」
「ああ、まだ寝てます。珍しいけど、疲れてるみたいで。レンをご存知なんですか?」
「そりゃあ、この村の連中ならみんな知っているさ」
「余計なことを言わなくていい」
ことさら不機嫌そうな声が降ってきた。 二階の窓から覗いた顔が、眩しそうに朝日を見やる。 通常のレンであれば朝の鍛錬を終えたころの時間だから、不本意そうな顔も納得だとアルテアは思った。
「せっかく帰って来たんだ、親父さんとこに顔を出すくらいにはするんだよ!」
女主人が笑う。
「ああ、そういえば、レン、カザーブの出身だって言ってたっけ」
アルテアが首をかしげるのに、レンはふうとため息をついた。 二階の窓を閉め、そのまま顔が見えなくなる。
女主人がくっくっくと楽しそうに笑うのを、アルテアは不思議そうに見やった。 からかう目であり、悪意がないのが分かるので、アルテアは何も言わない。
「そういや娘っこさんは剣を使うみたいだけど。ずいぶんよい剣を持っているね?」
「え。あ、はい。鋼の剣ですか? 以前、人にもらったんです」
「ロマリアじゃあ、なかなか手に入らないからね。大事にするといいよ」
「はい!」
にっこりとアルテアが笑うのを、女主人は楽しそうに見返した。
「そうそう、良かったらこの村の武器屋を覗いてごらん? 珍しいものがあるから」
「珍しいもの?」
「娘っこさんが剣を使うなら、たぶん、見たことのない武器だよ」
※※※
麻痺を治すには自然治癒か、もしくは満月草と呼ばれる薬草を用いる。 安静にしていれば長くても一昼夜で回復するのだという。 女主人のすすめに従い、アルテアは自然治癒を待つことにした。 アルテアとレンの傷が深く、無理に麻痺を治してもすぐには出発できそうになかったからだ。 空いた時間を有意義に使おうとアルテアがレンを買い物に誘ったのはおかしなことではなかった。
「ねえ、レン。レンはこの村の出身なんでしょ?なんか面白い散歩スポットとかないの?」
「ない」
「ねえ、そういわずー。ああ、そうだ。さっきおかみさんが、武器屋覗いてみなさいーって言ってたよ。 見てみたい!案内してー!」
にこにこと楽しそうに腕を引っ張るアルテアに、レンは深いため息をついた。
「アルテア」
「うん?」
「腕は掴むな。歩きづらい」
「はぁーい」
カザーブは村中央に池があり、教会、武器屋、宿屋、道具屋、酒場が取り囲むつくりとなっている。 池の中央には小島があり、老人がのんびりとした様子で散策を楽しんでいる。 また、教会の裏手には墓地があるらしく、池ごしに教会の墓地が見えた。 アルテアは驚いた。小さな村なのにあらゆる機能が揃っている。 店の位置を把握すると、アルテアの意識は武器屋へと向かった。
「武器屋、武器屋っ。見たことないのって、どんなだろ?」
「見たことない?」
「そう。おかみさんが言ってたの。私が剣を使うなら、見たことないよって」
「ああ……それなら、あれのことだろう」
「あれ?」
「見てみる方が早い」
女主人が見たことがないだろうと言ったのは、”爪”のことだった。 猛獣の爪を模した、湾曲させた細い刃を束ね、手の甲に装着させる武闘家用の武器である。 武器屋に並べられたそれを目にしたアルテアの目が丸くなった。
「どうやって、使うの?」
「手の甲にはめて、こうやって引っかく」
「へー!!」
「ぶっ」
レンが実演して見せるのを、アルテアは目を丸くして感心した。 そのほほえましい光景に、武器屋の店員は思わず吹いた。 じろりとレンに睨まれ、なんとか誤魔化そうとするが、無理だった。
「もういいだろう、行くぞ」
「ああ、うん、ちょっと待って」
さっさと店を出ようとしたレンを止め、アルテアは財布を取り出す。
「この鉄の爪、一つください」
「はいよ!こいつはこの金具で調節できて、右・左どっちの手でも使えるから便利だぜ? まあ、一般的には利き手につけて使うんだけどな」
「……アルテア?」
「レンが前に言ってたでしょ。武闘家は”爪”って武器を使うって。 だったら、これはレンの武器じゃない」
「娘さん、しっかりしてるな。 そうだぜ、この村は伝説の武闘家がいた村だからな、いろいろまつわるものがあるんだよ」
「伝説の、武闘家?」
「そう。まあ、もう死んじまったが、素手で熊を倒したっていう、凄腕がいたのさ」
「……へえ。すごい人がいたんだね」
わずかに表情を曇らせて、アルテアは相槌を打った。 アルテアの表情には気づかず、店員は大喜びで続ける。
「そりゃそうさ! おかげで、この村では武闘家を目指す者も多いが、各特殊武具に興味を持つ鍛冶屋なんかも多くてな。 かつては非力な魔法使いでも一撃で相手を殺せる武器なんかを開発してたのさ。 まあ、あまり汎用性がなくて今は需要がないけどな。 爪だけじゃないぜ? いろいろあるから、見ていってよ」
「うん。ぜひ、見せて欲しいな」
アルテアは武器屋に並ぶすべての品物を吟味した。 ロマリア王城で満足に買い物ができなかったことだけが理由ではない。 カザーブの武器屋・道具屋は充実していた。武具に関してはロマリア王城よりもよい品が置いてある。 決して品数が多いわけではなかったが、ここまで節約していた分、アルテアは一行すべてが強化できるよう配慮して武具を新調した。 中でも強化されたのはレンである。ここまで素手で戦ってきただけに、鉄の爪のプラスは大きかった。
「いいのか?」
ここまでのアルテアは、どちらかというと倹約家であり、ケチといってもよかった。 ロマリアに渡ってから武具を新調したいといって、アリアハンではほとんど武具を購入しなかったのだ。 「必要経費をケチったら、意味がないでしょ?」
満足げに支払いを済ませるのを見て、レンはそれ以上口を挟むのをやめた。 一見して世間知らずに見えるが、アルテアがいろいろ物を考えているのをレンは知っている。 レンは、考える人間が好きだ。 よりよい方向へ向かうため、考え続け、進歩する人間が好きだ。 人間とモンスターの違いはそこにあり、人間の存在意義とはそこにあると思っている。 「そうだそうだ、レンのお父さんは、何をしている人なの?」
「……何?」
「さっき、おかみさんが言ったでしょ。親父さんに顔出しくらいしていきなさいって。 何してる人なの?」
レンはわずかに表情を強張らせた。 それは、アルテアが気づくほどではなかったので、アルテアはただ首をかしげただけだ。 「父親か」
「そうそう。レンに似てる人?」
「似てはいないだろう。今は、教会の世話になっている」
「教会……?」
「ずいぶん前に、死んだからな」 |