|
”ロマリア王城”
螺旋階段を上がってくる音はしなかった。
だから、扉を開けて現れた人の姿にぎょっとしたのは私だけではない。
一番驚いていたのは老人だ。
次に私とポーラ。レンは、いつものように眉根をわずかに上げただけなので不明。
見覚えのある青年と、見覚えのない豪奢なマントを身に着けた壮年の男性と、頭だけバニースタイルをした美女（ちょっとお化粧は濃いけど、似合うと思う）。
見覚えのある青年……ヒースはため息をついた。
「まったくお人よしにもほどがあるな。レン、あんたがいてどうしてこうなっちゃってるわけ？」
「一緒にするな」
「タチが悪いね、ご隠居」
「な、おぬし……、いつ王城に」
「ずっとさ。おれも彼女たちのお仲間というわけ」
「盗賊ヒースが仲間じゃと！勇者だというのにか？！」
「やだな、そんな言い方しないで欲しいね。これでもアリアハン国王の信任厚い身なんだよ」
そうだっけ？
私が首をかしげているのをよそに、ヒースは飄々とした顔で連れの姿を老人に見せた。
美女が「はぁい」とウィンクする横で、仕立てのよい豪奢なマントを身に着けた男性が怒った顔をしている。男性が老人にくってかかった。
「父上！なんということをなさいますか！アリアハンを怒らせたらどうします」
「ふん、遠くの小さな島国じゃろうが。おそるるに足らんわ」
「どうしてそう、戦争を前提としたものの考え方をなさるのです？
ロマリアはかつてのロマリアとは違います。各国とも協調して魔王軍に備える必要があるのです。
そのような大事な時に他国といさかいを起こしている時間も人材もお金もありません！」
「おまえが至らぬ王じゃから引退したワシが出張る必要があるんじゃろうが。
盗賊団一つ殲滅できずに何がロマリア国王じゃ。
日ごろ遊びほうけておるから国民に舐められておるのじゃぞ」
「国民が国に対して恐怖を抱くような政策が必ずしも住みよいとは思いません」
「臆病者が……」
「とにかく、勇者ご一行に対する無礼は認めません。さあ、どいてください」
壮年の男性はそう言って、大きな鍵を取り出した。
私たちを牢屋から出しながら、男性はすまなそうに言う。
「父が無礼を働き申し訳ない。
私はロマリア王国第３２代国王、フォルツ。アリアハンの勇者どの、ロマリアへよく参った」
※※※
改めて謁見をし直した私たちなのだけど、残念ながらポルトガ行きの通行証を得ることはできなかった。
ロマリア国王フォルツ（ちょっと太めで気弱そうな雰囲気をしたおじさん）は、私のサークレットを確認し、改めてお詫びを言ってくれた後に、こう言ったのだ。
「父の非礼の詫びに通行証を出したいのは山々なのだが。
現在我々はカンダタ一味への対応のため、ポルトガへの通行を一切封じているのだ。
もうしばし待ってもらえないだろうか」
「どうしてですか？」
「カンダタが盗んだ宝の中には、国外に流出されては困るものがある。国外逃亡を防止するためだ」
「それって……、金の冠というやつのことですか」
私が聞くと、ロマリア国王は少しばかり黙り込んだ。
「父に聞いたのか」
「はい。カンダタ一味から取り返して欲しいと依頼を受けました」
「父の不用意さには後ほど釘を刺しておくが、そなたたちにも口外しないよう頼みたい。
ことは重大なのだ」
「金の冠、もし取り返してきたら、ポルトガへの通行証出してもらえますか？」
「それは……、もちろんだが」
「なら、私たちに任せてみるのはどうですか。もちろん、タダではないですけど」
私が笑うのを、ロマリア国王は興味深そうな目で返してきた。
※※※
カンダタに挑むと決めて、私たちは休息をとることにした。
城の人たちに捕まるところを目撃されているところに戻るのはどうにも居心地が悪いというのもあって、王城に泊めてもらうことになったのだ。
数多くいる従業員用の部屋の一室、現在使われていない部屋を二つあてがってもらったのだ。
従業員用といっても王城なだけあり、町の宿屋よりもずっと清潔でベットも大きく、寝心地がよい。
私たちは別行動中の情報交換のため、一方の部屋に集まった。
私、ポーラ、レン、ヒース、そしてメロヴィだ。
私たちと別れて情報収集にいったヒースは、ある場所で騒動に巻き込まれたのだという。
そこで、以前から知り合いのメロヴィという遊び人と遭遇、騒動から逃れるため共に脱出した。
けど、運が悪いことに騒動っていうのはカンダタ一味が起こしたものだったらしくて。ヒースと一緒に王城に入ったことが確認されてた私たちにまで矛先が向いてきた。
私たちが捕まっちゃったことを知ったヒースは焦ったけど、連れて行かれたのが王城だったので単純に抗議しに行っても意味がない。
そこで、直談判できる相手として、偶然知り合ったロマリア国王につなぎをとり……。
「なんでロマリア国王と偶然知り合うの？」
ぼふりとベットに座り、私は尋ねる。
ああ、このベットスプリングがすっごく気持ちいい。跳ねて遊べそう。
「ああ、闘技場にいたんだよ。身分隠して遊びに来たりしてるんだってさ」
「こ、国王なのに？」
「まあ、あの父にしてってことだろ。
ともかく、ロマリア国王の顔を知ってたからね、勇者くんたちを救出するにはそこにアクセスするのが一番手っ取り早いだろうと判断したんだ」
「そこで遊び人メロヴィちゃんの大活躍！
お城の人たちの目をそらして潜入作戦を実行し、見事救出したわけよっ♪」
はーい、と片手を上げて、メロヴィが笑う。笑顔全開で楽しそうで、面白そうな人だ。
化粧は濃い目で格好も派手目、あけすけな笑い方をするせいか、ポーラはどうにも居心地が悪そうにしている。
メロヴィは空いている椅子の背もたれの上で足を組んで座り、私たちを見下ろしていた。
見下ろされているせいでよけいに居心地悪そうなポーラは、私の横に座りながらヒースに尋ねた。
「あ、あのぅ…。
ヒースさんは、メロヴィさんとは、どういうご関係なのです？もともとお知り合いだったのですか？」
「そそ。メロヴィちゃんはどこにでも現れるのよっ♪
最近は、すごろくマスター、初代クイーンに挑戦中だから、よろしくっ♪」
「すごろく？」
「そう。今、各地に建設中なの。これは出会いの記念に勇者ちゃんにあげよう♪」
そういってメロヴィは、どこから取り出したのか、一本の剣をベットの上に投げた。
てらてらと刀身が輝く。鉄よりもずっと厚みのあり、色もどこか深みがある。
ずっしりとした重みは片手で持つにはちょっと不安定だったが、その分力を入れたときの威力は比べ物にならないだろう。
「鋼の剣か」
レンがつぶやいた。
部屋の隅で壁にもたれ、両腕を組んで立っている。こういう、作戦会議みたいなときに、レンはめったに座らないのだ。
「この近くのすごろく場の、賞品よ♪」
自慢げに笑うメロヴィへ視線を投げた後、レンは私に向けて言った。
「今までのものとは威力も段違いだ。ありがたくもらっておけ」
「そ、そう？じゃあ……。ありがとう、メロヴィ」
にこっと笑ってお礼を言うと、メロヴィは楽しそうに笑って答えた。
「いいコじゃん、勇者ちゃん。アルテアって呼んでもいい？」
「え？もちろん、いいけど」
「アタシのことは、メロヴィちゃんって呼んでね♪
年齢・スリーサイズ・出身地はひみつだけど、それ以外ならなんでも質問受付中よ♪」
「え、ええと……。じゃあ、メロヴィ、ちゃん」
うわ、言いづらい。どう見積もっても年上の美女にちゃんづけって……。まあ、いいか。
「うん、なぁに？」
「私たち、これからカンダタ退治に行くんだけど、メロヴィ、ちゃんも一緒に行くの？危険だと思うけど」
「アタシは行かないよ。盗賊退治も魔物退治も、苦手だからね♪
とはいっても、ロマリア王城出るところまでは同行させてもらうからよろしくねっ」
「どういう……意味ですか？ アルテアさんを利用しようというなら、わたしが許しませんよ」
「だってメロヴィちゃんだけじゃ、無傷で王城出るの難しいんだもの」
まるっきり悪びれないメロヴィに、ポーラの表情が険しくなる。
立ち上がりかけたところを、レンが止めた。
「話を戻そう。シャンパーニの塔というのにいる、カンダタを退治するんだったな」
「うん。なんかいい作戦ある？」
「ヒース、このあたりの地形については承知しているか？」
「まあ、ざっとはね。
ロマリア王城から北上すると、山間に村がある。北に行くとノアニール地方、西に行くとシャンパーニ地方という位置取り。大回りになるけど、このルートが一番安全だよ」
ヒースが大まかな地図を描く。
ロマリアに着いた時にも説明された気がするけど、今度はロマリア内をクローズアップした地図だ。
それによると、ロマリア王城は突き出た半島の先っぽにあるらしい。
「ロマリア王城から、船はないの？こうやって、直接行けそうじゃない？」
突き出た半島から、ヒースが塔の場所だと示した場所までは、間に海を挟んでいる。
内海だし、あまり荒れた海ではないのではないだろうか。
私の指摘に、ヒースは首を振った。
「シャンパーニの塔は、もともと海側を見張る塔だ。見つかりやすい。
その上、陸に上がってから塔までの距離を考えると、財宝持って逃げられても文句は言えない」
「そっか。じゃあ、その山間の村で一泊かな。こっちは見張りは少ないの？」
「見張りはいるだろうけどね、見晴らしがよくないから、注意深く行けばかなりそばまで行けるはずだよ」
「じゃあ、そのルートで。その山間の村……えっと、名前はなんだっけ？」
「カザーブだ」
短く答えたのはレンだった。
部屋の壁に背をつきながら、むっつりとした顔でヒースの手元に視線を投げている。
「知ってるの？」
私が聞くと、レンはため息をついた。
「故郷だからな」 |
