”ロマリア王城”




 アリアハンの勇者、投獄される。



 前代未聞。
 唖然とするばかり。
 いや、ちょっと待ってよ。
 えー!?


 パクパクと開いた口がふさがらない。
 目を疑うことすら発想が湧かない。
 けれど、何度見ても目の前にあるのは石造りの壁だったし、反対側にあるのは鉄でできた格子だった。
 鉄格子の向こうには扉があり、その向こうにある階段は塔の下へとつながっているのだけど今は見えない。


 塔のてっぺんに設置されている牢屋。
 牢というのは地下にあるものだと思っていたのだけど、そうでもないらしい。
 塔のてっぺんであれば、仲間の助けが来られないことには変わりなく。
 また、地下牢と違って地下を掘られて近寄られる心配もない。
 塔のてっぺんに近寄るには、空からくるか、壁を登るか。どちらにしろ、目立って仕方がない。


 ……うん、意外と冷静だ。

「アルテアさん、いったい、これは……どういうことなのでしょう……?」

 戸惑ったまま、まだ現実に戻れずにいるのはポーラだ。
 おろおろと室内を見回し、ただ一つ用意された窓を見上げては、私を振り返る。


「落ち着け。たいしたことではないだろう」

「……そう?そう、思う?レン?」

「カンダタ一味と間違われて投獄されただけだ」

「……いや、やっぱり、たいしたことだと思う。
 ……というか!どうして!?なんで!?私、カン……なんとかってやつなんて、知らないよ!?」


 吠えた私の声に、レンはふうと息を吐いた。

「ようやく現実に帰ってきたらしいな」

「……うん。目が、さめたかも」

「よし」

 牢の壁に背をつけ、腕を組んで静かに目を閉じていたレンがすっと体勢を整えた。
 あまり動じているようには見えない。
 
「まず状況を整理してやろう。
 俺たちはカンダタ一味と誤解されて投獄の身だが、おまえたちはカンダタについて知っているか」


「知らないー」

「ええと、以前に噂だけはお聞きしております。北大陸を広く荒らす盗賊団だとか」

「……ほとんど知らないようなものか」

 ふう、とレンは息を吐いた。

「カンダタというのは盗賊の名だ。
 盗賊団などと言えるほど強固な組織ではなく、カンダタとその手下たちという構成で成り立っているらしい。
 ロマリア王城を中心に、ポルトガからダーマに至る広域で活動を行っている。
 金持ちしか狙わないというスタンスのせいで義賊と持てはやされた時期もあったが、その実、別に貧乏人に施しを行ったりすることもない。現在でも人気があるのは、これだけ警戒されているにもかかわらず盗みを成功させる手口によるものだな」


「へぇ。詳しいねぇ、レン」

「ロマリアに住んだことのある者ならば、一度や二度は耳にする」

「そうなのですか?有名な方なのですね」

「そうだな、有名だ。手下たちは黄金色の鎧に身を包み、カンダタ本人は王城の兵士が数人がかりでかかっても軽くあしらわれてしまうという剛力の持ち主だ。その上、各国の王城に盗み入り、一度も捕まったことがないとなれば盗賊内では英雄視されていて当然だろう」

「そうなんだ。ヒースもそうなのかな?」

 今、この場にいないもう一人を思い出しながら私は言う。

「どうだかな」

「そういえば、ヒースさんは、あの後宿にお戻りになられたのでしょうか……。
 わたしたちが投獄されていると耳にされたらさぞ驚かれるでしょうね」
 
 ポーラの言葉に、レンはわずかに眉根を寄せた。
 同時に私も腰を浮かせる。手が無意識に剣を探ろうとして、諦めざるを得ない。
 さすがに牢屋に入れられる際に武器は取り上げられてしまっていた。


 螺旋階段を上がってくる足音がしている。
 足音の主はそこそこに体躯のいい人間であるらしい。高い足音からして、靴も上等そう。
 息を飲んで上がってくる人間を待つ。
 それが誰であれ、現状に変化をもたらしにきた人間である可能性は高かった。


 扉がノックされるころになって、ポーラもようやく気づいたらしい。
 螺旋階段を上がってきたのは一人の老人だった。




 正直に言えば、拍子抜けだった。
 上がってきた老人は牢番のようには見えない。
 着飾ってこそいないが、よく見ればすごく品の良い、上等な布だと分かる装束を身につけている。
 老人というと身体が弱っているイメージがあるが、彼はそうでもないらしい。
 かくしゃくとした足取りで、だが螺旋階段に備え付けられた手すりをしっかりと掴んで上がってきた。
 そして、私たちの顔を見るなり、たいそう呆れた顔をした。


「マヌケヅラじゃのう」

 一瞬、声が出ない。
 次の瞬間、憤りと怒りと、ほんの少し納得と、まぜこぜになった気分がした。


「いやはや、息子がおらん間に投獄されよる勇者とは。アリアハンの名も地に堕ちたもんじゃな」

 老人はほとほとあきれ果てたという顔で二度三度首を振る。

「まあ、しかしな。わしは義理堅〜い男じゃてな。不遇なそなたらに協力するには訳がある」

 アリアハンの賢者たちと同じような、どこか深いまなざし。
 老人は私を見つめて、短く言った。


「出してやるから金の冠を取り返して来ぃ」

「え?」

 ふんぞり返ったような偉そうな声でふふんと鼻息を鳴らし、老人は言う。

「聞こえんかったか。ここから出して欲しかったら金の冠を取り返してくるがええ、と言うたのじゃ」

「な、なんで?」

「出して欲しいじゃろ」

「欲しいけど」

「じゃったら選択肢はなかろ」

「え」

 私は思わずレンとポーラを見やる。
 目を丸めているのは私だけではなく、ポーラもそうだ。レンだけは冷静な顔をして、だが少々いぶかしげに尋ねた。


「ご老人。金の冠といったが、それは、ロマリア王戴冠の儀に用いるもののことか」

「そうじゃ。おぬしは少しは物の分かった男のようじゃな」

「取り返して来い、ということは、奪われたのだな? 盗賊か」

「左様。カンダタ一味の仕業じゃろうと推察されておる」

「俺たちはカンダタとは一切関わりがない。
 加えて、このサークレットが示すように、アリアハン王国が認めた勇者一行だ。
 それを、盗賊一味と誤解して投獄したとあれば国際問題だと思うが? アリアハン王国から正式に抗議をしてもよいというのに、それが弱みになるものか」


「ほほう。おぬし、ここがロマリアであることを忘れておるな。
 いかにアリアハンが大国であったからとこの大陸ではたいしたネームバリューもありゃせん。一師団送り込んできたところで、その前におぬしらの首をはねるくらい造作もない」


「……ご老人、まさかあんた……」

「ふふん、ようやく気づきおったか。ヒントはたくさんあったじゃろうに」

 老人が得意そうに笑うのを、レンは苦い顔をして見返した。
 わけが分かっていない私とポーラは顔を見合わせて首をかしげるばかり。


「ええと……? ロマリアの冠が盗まれちゃったわけ?」

「そう、聞こえました。ロマリアは……確か、新しい国王が戴冠してから10年ほどしてますし、早急に必要というわけではないのでしょうけど」

「そういうわけにはいかんのじゃよ。国宝というのは元を返せば国民の税金で作られたものじゃからのう。無くなったら別のもので代用、なんてしとったら税金をいくらとっても足らんじゃろ? 節約せにゃのう」

「盗ったのが誰だか分かってるなら、取り返せばいいじゃない?」

「それがそうもいかんのじゃ。カンダタというのは巧妙でなあ、ロマリアが手を出しにくい場所にアジトを構えておるのじゃよ」

「それってど……(むぐぐ)」

 首をかしげた私の口を、レンが無造作に塞いだ。
 驚いて目を向けると、呆れような目でこちらを見ている。


「それを聞いたら、引き受けざるを得なくなるぞ」

「(むぐむぐ)」

「レンさん、しかしですね。この方はお困りのようです。お引き受けできるかどうかまでは分かりませんが、事情も聞かずに決め付けるのはよくないと思います」

「そうじゃそうじゃ。か弱い老人がこーんなに頼んでおるのに、なんて薄情な男じゃ。よよよ」

 わざとらしく泣きまねをして、老人はレンを非難する。
 とりあえずか弱くは見えないし、さっきまで私たちは脅されていたような気がするんだけど。


 私は口を塞いだレンの手に指をかけて、じっと見やる。

「……おまえは」

 レンはわずかに眉根を寄せてから、手を外した。

「おじいちゃん、やり方は気に入らないけど、その話詳しく聞かせてくれる?
 私たちも、牢屋の中に入れられたままじゃ困るし。
 それと、無事に冠を取り返してきたらカンダタの一味っていう誤解は解いて欲しい。
 その上で、王様にもちゃんと会わせて。私たちはポルトガへの通行証が必要なの」


「アルテア」

 止めるようなレンの言葉に、私は笑った。

「ここはアリアハンじゃない。郷に入りては郷に従えっていうじゃない?
 ロマリアはのんびりした国かと思ったけど、意外とギブ・アンド・テイクだったんだね」


「アルテアさん……」

「ポーラも、寄り道しちゃうけど、協力してくれる?」 

「もちろんです。わたしは、アルテアさんのご意志に従います!」

「ほほう。あつくるしい友情じゃなあ」

 他人事みたいに笑う老人へ、ちょっとばかり睨みたくなったけど、やめといた。

「で、どういうことなの?」

「簡単じゃよ。カンダタ一味と思われる盗賊から金の冠を取り返して欲しいのじゃ。
 連中のアジトはロマリア王城から見て北東にあるのじゃが、場所がエルフの里に近いのでロマリアとしては直接手出しができんのじゃよ」


「……エルフ?」

「そうじゃ。そりゃもう美しい女子ばかりということじゃが、気の強さも相当なものらしくてのう。
 寿命が長い分、怒らせると末代まで祟るっちゅううわさじゃ。
 近づかん方が身のためじゃよ」


「北東って簡単に言うけど……なんか目印ないの? 地図とか」

「地図まであったら攻略できとるというものじゃろう。とはいえ、目印はある。連中、シャンパーニの塔を根城に決め込んでおるらしいのじゃ。これも元はロマリア王国の見張り塔だったんじゃがな。エルフと冷戦状態になってからというもの、エルフがおっかないので近づかんようにしとったんじゃよ。
 今もこの情報どおりとは限らんが……まあ、このあたりになにかの手がかりはあろうな」


「分かった。じゃあ、ここから出して」

「タダでは出せん。おぬしらが確実に戻ってくる保証がないからの。戻ってくるまでの担保を出してもらう」

「担保?」

「そうじゃ。とはいえ、武具を置いていったら困るじゃろうしな。
 そうじゃのう…、そのサークレットでよい。それを置いていけ。心配はいらんよ、戻ってきたら返却してやる」


「え、こ、これ?」

 畳み掛けるような物言いで、老人は私の額を指差した。
 確かにこのサークレットは、防具ではない。あったところで戦力アップするわけではないんだけど。


 サークレットをつけたときのアリアハン国王の笑顔を思い出して、わずかに躊躇う。

「……う…。」

 でも。ここから出られないのは、困る。
 私は躊躇いながら、サークレットに手をかけた。
 宝石のついた金色の輪を両手で持つ。視線が老人とサークレットとを二度往復した。


「だめだよ」

 声は扉が開くと同時にした。



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