”ロマリア王城”
風光明媚というのとは違う。 王城前に大きな飾り池のある作りは、確かにとても綺麗だったし、平和な感じがした。 けれど、ロマリアは決して、風景のために作られた街じゃない。 そびえる王城は、そのまま見張り台に見えた。堅牢な外壁は、街ごと扉の中に隠しているようだ。 周囲に海に囲まれた場所で、平原の中にあるために。 ロマリア王城の上はとんでもなく見晴らしがいいはずだ。
ポーラと二人でキョロキョロしていると、レンが呆れたように武器屋を指差した。 宿とは大通りを一つ挟んだところにあるお店だ。 看板を目安に大きな大きな建物の中に入ると、中にはもっといろんな看板が並んでいた。
「うわー。たくさんある……」
「ロマリアの王城は、市場にこうして店を集めて管理している」
「こんなにたくさんの品々、お互い間違えたりしないのでしょうか……」
ポーラがちょっと不安そうに言う。 実際、道具屋で薬草や毒消し草を間違わずに売っているのって感心するから。 話に聞くと、薬草(煎じて飲む一人分)は下請けの人が一袋ずつに分ける作業をしているんだそうだ。 道具屋下請けに薬草を採ってきて売る仕事なども、村ではよくある仕事らしい。 レーベのイスター少年の家とかは、副業でそういうのもやっていたらしい、とポーラが言っていた。
「いやいや、きっとね。価格競争とかあるんだよ。あっちの店より安く売ってます!とかって」
「え。じゃあ、安いんですか、ここ?」
「あるわけないだろう」
「えー……ないの?あったら面白いと思ったのに」
「ロマリアは価格管理はきちんとしているんだ。 安くもならないが、高く売りつけるような真似もできない。アッサラームとは違う」
「ふうん……。詳しいねえ、レン。それも武器知識で覚えたの?」
「ロマリアに住んだことがある者ならば、このくらいは知っている」
「住んでたの?」
「王城ではないがな」
「そっか」
賑やかな市場に入っていき、私は目についた武器屋をのぞきこむ。 あー。くさりかたびらが売ってる! 私がアリアハンの武器屋に尋ねて自作したようなちゃちな作りじゃなく、身体を全身覆うタイプだ。 編みこんだ鎖はくまなく身体を包んでくれて大層なものだったけど、意外に軽そうに見えた。
「アルテアさんには、この鎧なんてどうですか?全身くまなく覆ってくれそう。 これって、全身鎧……ではないですよね。首もとは保護しないタイプみたいですし」
そう言ってポーラが奥に飾られた鎧を指差す。 はてさて、と思って視線を追った私は、しばし凍りつくはめになった。
「おお、目が高いね。こりゃあ甲羅の鎧って言ってさ。 遠くの国でとれるガメゴンって特殊な亀の甲羅を加工して作るんだ。 丈夫だし、軽いし、そのわりには安価ときて……」
熱心に進めてくれる武器屋の目の前で、私は自分が甲羅の鎧を着こんでいるところを想像する。
……。 ………。 か、かっこ悪い……!!
アリアハン大陸にあった亀の甲羅よりはマシだ。マシだ。マシだが! ゴツイフォルムにむき出しの甲羅部分。 肩や腰まで覆ってくれるのはいいが、つなぎ目のところはまるきり無防備。 旅人の服の上に着こむことはできなそうだし、鎧の上から旅用のマントを重ねるのがせいぜいだろう。 動きの制約は亀の甲羅よりはずっとなさそうだけれども。
「ほら、そうおっしゃってますよ、アルテアさん! これなら今のままよりもずーっと安心ですし、怪我もきっと少なくなるでしょう? 鎧で身を固めた戦士でしたら、モンスターの方も襲ってくる前に警戒するでしょうし。 ねっねっ、これにしません?」
目を輝かせてポーラは言う。 デザイン性皆無、という点は、ポーラの目には気にならないらしい。 あくまで防御力、それも、硬質の本格的な鎧であるということが魅力なのだ。 見た目に騙されないと言う意味では、これもやっぱり騙されている気がする。
「ね、ねえ、武器屋さん。鉄の鎧は扱ってないの? お城の兵士さんたちがしているじゃない」
「ああ……あれはねえ、今、売り切れだ」
武器屋はちょっと申し訳なさそうに言う。
「北のカザーブって村から、王室に直接召し上げられてるんだよ。 だから、一般城下にはあまり数が降りてこない」
「カザーブ?」
それは、ロマリアから北へ街道を進んだところにある村の名前だ。 かなり有名な村なのか、ロマリア地図にも明記されている。 村なのに明記されてるってことは、要所にあるレーベみたいな村か、観光名所ってことだ。
「伝説の武闘家がいたという村だ」
レンが短く言った。 「武闘家?なのに、鉄の鎧を扱っているの?」
「おや、お客さん詳しいようすだね。けど、これは知らないだろう? カザーブは昔から武器の開発が盛んだったんだよ。かつては敵を一撃死できる武器も扱ってたってくらいだ。 そんなところであえて素手で戦おうってんだから、武闘家の方も根性が違うってことかな」
「へえ。すごい」
「腕の良い職人さんがいらっしゃるのですね」
私とポーラが感心して言うと、レンはなぜか顔をしかめて嫌そうな顔をした。
「どうし……」
理由を尋ねようと首をかしげた時だ。 レンが私とポーラを店先へぐいと押しやった。 よろけてカウンターにしがみつきながら振り返る。レンの表情は険しかった。
「……何があったの?」
市場はにわかに騒々しくなった。
市場にはたくさんの店がある。 だから最初、どちらから悲鳴が聞こえたのかは分からなかった。 わーとか、きゃーとか、悲鳴に混じって聞こえたのはどうにも剣呑な響きだ。
「そいつらを逃がすな!絶対に捕らえろ!」
「そっちだ、先回りしてふんじばれ!」
「ぎゃあ、ちょいと!店を荒らさないでおくれよ!」
「うるせえ、ババア!」
「いたぞー!」
誰かが追われている。追っているのは物騒な連中に違いなかった。 聞こえてくるのは野太い声ばかりで、どう考えても大人しそうには見えない。
「な、何があったのでしょう……?」 ポーラは不安そうに言い、キョロキョロと辺りを見回した。
「いけねえ。こりゃ仕事にならんな、今日は」
舌打ちし、武器屋が商品をしまい始める。 私はレンの後ろから、剣に指先を引っかけながら騒ぎの方を見やる。 騒動が近寄ってくるのはこちらだ。 だとすれば、追われてくる人の姿はすぐに見えるはずだった。 けれど、待てどもなかなか姿は現れない。
そうこうしているうちに、追っている人間の方が目に入った。
いかにもといったゴツイ兄ちゃんたちである。 チンピラかゴロツキと言われたら納得する体つきと顔立ち。服装は動きやすそうだがそれほど上等なものではない。 武器を持っている人間が半分、持っていない人間が半分。 武器を持っているのは用心棒といった雰囲気の鎧で固めた男たちで、持っていないのは巻き込まれた一般人のようだった。
私は剣先から指を離し、改めて辺りを見回した。 肝心の、追われている人間はどこにも見当たらない。
男たちのうち一人が、私たちの方へと近寄ってくる。 赤茶けた色の髪をした身軽そうな青年だ。黒い服を着ていて、胸に銀のネックレスをつけている。 「なあ、あんたたち銀髪の男と金髪の女を見なかったか?」
一瞬、どきりとした。銀髪の男なんてものは一人しか知らない。 目をぱちくりさせた私の横でレンがそっけなく答える。
「そのような組合せは見ていないな」
「くそ、そっか……。こっちに逃げたわけじゃないのか」
「そいつらがどうしたんだ?」
「あんたらには関係ないさ」
赤茶けた髪の青年は吐き捨てるように言い、二度ほど首を振った。
「もし、今言った二人を見たら教えろ。隠すとためにならないぜ」
じろりと冷たい目が向けられる。 こんな一方的な言い分なんてとカチンとくるかと思いきや、レンは想像以上にクールに答えた。
「探さなくて良いのか?お仲間は消えたようだが」
「なにッ!?ああ、くそ。置いていきやがった!」
赤茶けた髪の青年の仲間らしい連中は、すでにちりぢりに街に駆けこんでいる。 彼らの探し人である銀髪と金髪の男女とやらを探しにいったんだろう。
「あのー。その人、何をしたんですか?」 私が話しかけると、青年は焦った顔に迷惑そうな色を浮かべた。
「シマ荒らしだ」
そうして、青年もまた他の連中を追いかけて店を駆け出して行った。
ややあって、嵐の過ぎ去った店先で私はレンを見上げた。 ポーラもまた事態についていけてないらしい。呆けたようになりゆきを見つめている。
「銀髪って……」
まさか、と続けようとした私の問いかけにレンは短く答えた。
「買い物にならなかったな。宿に戻るか」
それは、武器屋に知り合いだと気づかせるなという意味だったと最初のうちは気づかなかった。
※※※
ヒースは宿屋に現れなかった。 待ち合わせを決めたのはあちらのくせに、まったく困った話だ。 そう、ぷりぷり怒っていられたのも初めのうちだけで、すぐに不安になってきた。 ポーラも同じらしく、落ち着かないようすで宿の備え付けのお茶を、もう12回も淹れ直している。
「ねえ。やっぱり、銀髪ってヒースのことだったんじゃない? 金髪の女の人っていうのは分からないけど、もしかして何かトラブルに巻き込まれてるとか」
「そう、なんでしょうか。やっぱり? でも、どうしましょう?待ち合わせとしてはこの宿しか決めてありませんでしたし。 先ほどの男の方々はいったい何者なのでしょう?」
おろおろしたようすで早口に告げるようすがポーラの動揺を感じさせる。
「武装してたとは言え……。 ヒースは、素早い方だから、ふつうに逃げればさっきの男の人たちには捕まらないと思うけど。 もう一人の金髪っていう人は分からないし。 ったく、いったい何があったっていうんだろう?別行動になったと思った矢先にこれなんて」
私も実のところ落ち着かない。 事件なら事件、と教えてくれれば動きようもあるのに。
女二人で部屋をうろうろしている中、一人レンだけは冷静に何かを考えていたらしかった。
「国王への面会は明日だったか」
「え?うん。そうしないとロマリアでは勇者だと認めてくれないみたいだし」
私がうなずくと、トントンとノックの音がする。 ヒースが帰ってきたのかと思ったのだけど、現れたのは宿屋の主人の渋い顔。 困り果てた、といった表情に、少しばかり怯えのような色が見える。
「ちょいとお客さん……、お客さんを訪ねて人が見えてるんですが」
入り口の方を気にするように、ちらちらと主人の視線が動く。 誰かいるのかと思ってそちらを見たけど、姿はない。 ヒースではないらしい。だとすると、ロマリアでは他に知り合いはいないのだけど。
「どちらさまでしょう?」
ポーラが聞くと、宿屋の主人はまた入り口の方へと視線を投げた。
「どうしてもと入り口にいらしてまして。お通ししてもよければ……」
「いえいえ、それには及びません。でしたら、わたしたちの方で参ります。お伝えありがとうございます」
ポーラが言うと、宿屋の主人は心底ほっとした顔をした。
「……?誰だろ?」
「……どうやら、面倒事だ」
短くレンは言って、言葉通り面倒そうに背負い荷物を持ち上げた。 「どうするの、荷物?」
「盗られたくないものがあれば、持っておけ」
「え?」
レンはあごをしゃくり、無言で窓の外を示した。 女二人で視線を追う。窓際に近づこうとしたポーラを片手で止め、レンは私を見た。
「やっかいなお出迎えらしい」
私とポーラは顔を見合わせて、そろって首をかしげた。 念のためきちんと荷物を手にして、やってきたというお客さんの顔を見に入り口へと向かう。
そうしてから、レンの言うところの面倒事の意味が分かった。
先頭に立っているのはハドル。 ロマリアに到着した際、外門から王城までを案内してくれた兵士だ。 彼は、ひどく戸惑った顔をして私たちを見つめていた。
彼だけではない。宿屋の出入口にいたのはずらりと並んだ複数の兵士たちだった。 手に手に武器を持ち、鎧を着こみ、厳めしい顔立ちをしている。 そして、もう一組。これが一番驚いた。 市場のところで見た顔だったのだ。 ずらりと並んでいる、あまり見栄えのよくないチンピラ風の男たち。 こちらは武器などはほとんど手にしていない代わり、怒りの形相を浮かべている。 「どうかしたんですか?」
私が聞くと、今にも騒ぎだしそうだったチンピラ風の男たちを抑えて、ハドルが言った。
「そなたたちにカンダタ一味であるという疑いがかかっている」 |