”ロマリア王城”




 一行と別れたヒースがやってきたのは武器屋だった。
 さりげなく気配をうかがい、慣れた仕草で入っていく。
 ロマリア城下の武器屋は、道具屋などと一緒に大きな建物の内部に設置されている。
 丸ごと、城下一の市場となっているのである。
 賑やかな場所だ。


「へえ。いい剣売ってるねえ」

 ちらっと目をやった武器屋で世辞を言うと、店員は嬉しそうに笑った。

「そうだろ、そうだろ?アッサラームからの輸入品さ。
 けど、あんた剣なんか使えるのかい?」


「あ、馬鹿にしちゃいけないよー。おれが使わなくても、仲間が使うかもしれないしね?」

「そりゃ、ごもっともだ。仲間さんはどんなやつだい?
 戦士さんなら、この剣、ほんっとおすすめだぜ?この鎧とセットで装備すれば見目もばっちし」


「よう、ヒースじゃねえか?」

 会話に割りこむように軽装の男が笑いかけてきた。
 見る者が見れば、その雰囲気がヒースに酷似しているのが分かる。盗賊だ。
 赤茶けた色の髪をざんばらに伸ばし、黒服でまとめた上下に、胸に銀のネックレスをつけている。
 腰に一本の短剣が下がっていたが、身のこなしを見れば他にも武器を隠し持っているのが分かった。
 ヒースよりも数才年かさに見えるが、まだ若い。
 ヒースは軽く片手を上げ、にこやかに笑う。


「久々。まだロマリアにいたの?」

「そりゃあ、おれの根城はこっちだし?」

「なら、いろいろ知ってるだろ?こっちの話」

「まあねー。つもる話なら外で話そうぜ?」

 言いながら、赤茶けた髪の盗賊はちらりと店内に視線を投げる。
 見れば鋭い目つきの連中がこちらをうかがっているのが分かる。
 だがそれを見てもヒースは顔色を変えることはなかった。


「せっかくだから、地下に遊びに来たんだけど?」

 笑う。
 赤茶けた髪の盗賊は、何事か言いかけ、引きつった息を吐く。


「さっ、行こ行こ。おれの勘は、今日はフロッガーに来るって言ってるんだよ」

 軽く盗賊の肩に手を回し、ヒースは軽やかな足どりで市場の奥の階段を降りていった。
 ざわざわと喧噪が聞こえてくる。
 市場の賑やかさとはまた別の、むわっと熱気が漂う賑やかさだ。
 空気はどこか淀んでおり、匂いの強い煙が炊かれているのが分かる。
 薄暗い。あちこちに明かりが灯っていたが、光量は控えめだった。
 ランタンの明かりであること、地下であることを差し引いても、どこか異世界に踏み入った気にさせる。
 降りてすぐ、チケットを売っている男がいた。
 入場券を二人分買ってヒースが盗賊をうながすと、彼は諦めたように笑った。


「……参るよなあ」

 ヒースはただにこにこと笑うだけだ。

「誤魔化し効かねえんだもん」

「この業界長いからね」

 地下会場に踏み入り、ヒースはくるりと視線を回した。
 
 賭博場である。
 中央にはモンスターを戦わせるための闘技場があり、倍率を叫んでチケットを売りさばく男がいる。
 逆の端には予想屋がいて、次の予想に花を咲かせていた。
 天にも床にも外れチケットが破れて捨ててあるため、会場内はひどく汚れている。


 ロマリアに限らず、賭博場は非合法だ。
 あちこちに兵士の出入りを警戒する傭兵が立っている。
 中には任務を放棄して賭博に興じる兵士もいるので、実際はピリピリするほど警戒されてはいない。
 裏で金を回せば、目をつぶる兵士などいくらでもいるということだ。
 明らかに身分の高そうな客の姿を目で追いながら、ヒースは皮肉げな笑みを乗せた。


「変わらないなあ、ここ」

「そうでもないぜ?ここんとこ、盛況が行きすぎてちょっとな……」

「王室の目が痛い?」

「……いや」

 盗賊は首を振った。ヒースはその仕草にわずかに違和感を覚える。

「カンダタを、警戒してるんだ」

「……何?」

 思わず目を見開き、尋ね返したヒースの肩に、ぽんと手が乗る。
 ぎょっとしてヒースが振り返った先には、女がいた。


 頭だけバニースタイルをした女である。ウサギ耳をぴょこりんと動かし、女は笑った。
 あざやかな金色の髪は長く、毛先まで丁寧にカールしている。
 肩をむき出しにした上着に、足の付け根までしか丈のない短いホットパンツ。
 足にはガーターベルトを身につけ、美しい足のラインを惜しみなく見せている。
 バニースタイルの女が、とりあえず着替えてきたと言うような格好だ。
 だが、アンバランスのはずの服装は、女に無邪気な色気を与えていた。
 年齢は推し量れない。十代前半にも見え、三十代にも見える。
 実際は似たようなものだろう、とヒースは思っているが。


 覚えのある顔だった。

「び、びっくりしたーっ。後ろとんないでよ、驚くじゃないか」

「驚かないでよ、盗賊のくせにー」

 ひらひらと手を動かし、女はぴょいと一歩引く。
 傍らではヒースと女を見て盗賊がぎょっとしていた。


「ヒースが後ろとられるの、始めて見たぞ、おれ……」

「……あー、こいつは、別ね。さすがにおれも、こいつを敵にしたくないし」

「何者だよ?」

「それ、おれも知りたいなあ……」

「ふふん。遊び人のメロヴィちゃんよ♪」

 ばちりとウィンクしてメロヴィは笑った。
 濃い目の化粧だが、美しいことには変わりない。
 盗賊がどきりとして顔を赤らめたのを見て、メロヴィはさらに楽しそうに笑った。


 遊び人を名乗っているが、メロヴィが何者かヒースは知らない。
 メロヴィという名さえ、本名ではないようだ。
 ヒースが各地で情報を探ろうとするたび、こうして彼女の姿を見る。
 その神出鬼没さは、ときおり魔法でも使っているのではないかと思わせる。
 身のこなしはヒースの後ろをつくことでも分かるように、並の戦士以上のものがある。


 ざっと人の視線が集まってくるのが分かった。
 特別何かをしてくるようすはないが、目立つのは嫌だったのにとヒースは小さくぼやく。
 闘技場でたむろしている人間などそう珍しくはないが、三人中二人が美貌の持ち主となれば話は別だ。
 何やら物騒な視線だが、このような視線はヒースは慣れている。


「なんで、ここにいるのさ?」

「遊び人のメロヴィちゃんは、どこにだって現れるのよっ♪」

「そういう問題かな……。ロマリアに、何か引っかかりでも?」

「ココ、遊ぶとこいろいろあって楽しいのよー♪
 知ってる?最近すごろく場ができてね、今、全制覇狙ってんの」


「闘技場の無敵の女王様は止めたのか?」

「だって。最近変なんだもの」

「変……?」

 ちらりと盗賊を見る。
 ぎこちなく視線をそらしているのが分かり、ヒースは軽く肩をすくめる。


「ちなみに次の予想は?」

「スライムかしらね」

「え?」

 ヒースと盗賊が思わず顔を見合わせる。
 対戦表を見たヒースはさすがに顔をしかめた。
 地獄のハサミと暴れ猿と、フロッガーとスライムである。とても勝ち抜けるようには見えない。


「さぁないか、さぁないか!次の対戦はこの通りだよーっ!」

 大きく手を振り回してチケット売りが叫んでいる。

「いや、でもね?ねーちゃん。スライムはねえだろ、いくらなんでも……」

 盗賊が呆れた声を漏らした。

「ふふーん。メロヴィちゃんの脅威の強運、試して見るぅー?」

 くいっとあごにメロヴィの指が触れ。盗賊は今度こそ真っ赤になった。
 美しい顔が楽しげに笑う。
 完全に遊ばれている、ということに盗賊が気づくのと、ヒースが戻ってくるのは同時だった。


「何して……」

 その手にチケットが握られているのを見て、盗賊がぎょっとする。

「何枚買ったんだっ?!」

「とりあえず100枚ほどね。……スライムに」

「嘘だろ、馬鹿かよ、おまえは!?本当にヒースか、ニセモノじゃねえだろうな!?」

「……わーお。言いたい放題」

 いいから見てなよ、とヒースは笑う。

「ファイト!」

 闘技場がわぁっと盛り上がる。声は一喜一憂し、後どよどよとざわめいた。
 地獄のハサミと暴れ猿とが互いを傷つけ獰猛な声を上げている。
 防御に固い地獄のハサミと、攻撃力に富んだ暴れ猿だ。
 どちらかが勝つに間違いないと誰もが思っていた。
 戦いはどうやら地獄のハサミの方が優勢だった。
 防御に固い上、スクルトで固くなった地獄のハサミに、暴れ猿の攻撃が通らなくなってきたのだ。
 だがここに、フロッガーがちまちまとちょっかいをかけてくる。
 スクルトで固くなった身体に通るダメージは、攻撃力があろうとなかろうと大差なかった。


「う、うええええ!?」

 いつのまにか戦いに見入っていた盗賊が仰天する。
 
 地獄のハサミを意地で倒した暴れ猿が、フロッガーに叩かれて地面に沈んだ。
 そこを、ぽよおーんと跳ねたスライムの攻撃。
 不意を打たれたフロッガーが、よろよろとよろめき、倒れこむ。そのまま動かなくなった。
 スライムが勝ってしまったのだ。


「大穴だなあ。ホント。フロッガーにくるかなって思ってたのに」

「じゃあ、どうしてスライム買ったのよ?」 

「うん。絶対当たる自信があったからね」

 さっそく換金しに向かうヒースを見やり、盗賊はメロヴィを化け物を見るような目で見た。
 チケット一枚が120ガメルの今の試合は、いったいいくらになったというのか。
 下手をすれば、今のだけで一財産である。


「つ、次は……何がくる?」

 こっそりと財布を握っている。

「……大ガラスね」

 対戦表を見ながらメロヴィが言う。
 ほうほうと舌なめずりをして盗賊がチケット売り場に向かうのを見て、戻ってきたヒースが苦笑いした。
 ヒースの手には、手に入れたばかりの大振りの革袋がある。
 それを手早く荷物に入れて、ヒースは笑った。


「嬉しくなさそう」

「嬉しくないわよっ!」

 ぎゅっと拳を握りしめてメロヴィがうめく。
 その手にも大振りの革袋が握られているのに気づいてヒースは尋ねる。


「それ、何勝上げたの」

「今んとこ、20戦連勝」

「……本気?」

「メロヴィちゃんは嘘つかないわよ。一回一枚の法則だって、ちゃーんと守ってるんだから」

 ツンと唇を尖らせ、メロヴィは言う。

「つまんないのよ。つまんないのよ。つまんないのよっ!
 当たるのが分かってる勝負なんて、何が楽しいのっ?!
 今んとこ、法則に気づいてるのはアタシくらいなんでしょ、もしくは気づかないよう手を回してる。
 ここの闘技場は絶対ダメよ。インチキよ」


「……根拠は?」

「法則があるの。日によって違う法則だけど、見つけちゃえばどうってことないわ。
 モンスター格闘技は、一番インチキしにくいゲームだから、油断したわ。
 報告の価値ありだわ」


「んで、報告する前に20戦も……?」

「今日だけでね。ここんとこ、一週間くらい……」

「ちょっと待って?」

 ざざざざざ、と取り囲んでいた気配の色が変わった。
 始めから自分たちを囲んでいた物騒な空気だ。
 単なるよそ者への視線だと思っていたが、どうやら指向性のある視線だったらしい。
 ヒースは視線の端で盗賊がチケット屋から離れそうにないのを確認する。
 情報を聞きに来ただけなのに、肝心なところで運に見捨てられたなとヒースは思った。


 男たちはいつのまにか出口をふさいでいる。
 数名の傭兵たちが近寄ってくるのを見て、ヒースは小さく笑った。


「こういうわけなのよ」

 うん、とうなずいてメロヴィはヒースの腕をとる。

「一人じゃ逃げられそうにないのよねー」

「……それで話しかけてきたわけ?」

「そそ。よろしくね?」

 ばちっとウィンクしながらメロヴィが笑うのを、ヒースは困った顔で苦笑する。
 後ろ手で鞭を握りしめながら、どうするかなあと呟いた。


「よう、兄さん?」

 傭兵たちの一人が声をかけてくる。
 髭を伸ばしっぱなしにしたままの傭兵は、つり下げた剣を見せつけながら皮肉な笑みを浮かべた。
 にやにやと笑う者が二名、仏頂面が一名、腹立たしそうな者が三名。
 いずれも腕に自信があるようだ。暴れる者も多い賭博場で用心棒をやるほどなのだから当然だろう。


「その娘、こっちに寄越してくれねえかな?」

「何をしたわけ、この娘さんは?」

「インチキさ。そいつはこの神聖な闘技場でサギを働いた上、営業妨害を働いたんだ」

「と、言ってるけど?」

 ヒースはメロヴィを振り返る。ヒースの腕をとったメロヴィは、極めて不本意そうに口を尖らせる。

「頼まれたから次の当たりを教えただけじゃない。
 それで営業妨害されるのは、闘技場の方が悪いのよぅ。
 それにインチキはそっちよ。このアタシが言うんだから本物よ。
 大勢で女の子に脅しかけてくるあたりなんか、自分で吐露してるじゃない」


「と、言ってるけど」

 自分もスライムを聞いたしな、と小さく呟きながら傭兵たちを見返すが、聞き入れる気はないようだ。
 ざ、と剣に手をかけるのを見やり、ヒースはメロヴィの背をトンと押した。
 よろっと前に倒れこんだメロヴィが男たちの前に差し出される。


「え?」

 男たちの視線に一瞬戸惑いが浮かんだ。
 あっさり寄越す気になったのかと剣を引きかける瞬間、ヒースは黒く丸い固まりを投げた。
 固まりは宙で分解すると、ばあぁっと広がっていく。
 細かく編まれた網の目だ。
 漁村で使う網もこうはなるまいという、きめの細かいヴェールに視界が覆われる。
 糸だった。
 まだら色の糸はぐんぐんと広がり、あっという間に視界をふさいだ。
 空中に開かれた網の目に驚き、傭兵たちは剣で網を切り裂こうとする。
 だが糸は逆に傭兵たちの手足に絡み、視界をふさいでしまった。


「な、なんだこりゃあ!?手にまとわりついてくる!?」

「まだら蜘蛛糸だよ。アイテムの名前は知っておくといいね」

「てめえ、くそ。ふざけたことをしやがって!ただで済むとは思ってねえだろうな!」

「女を寄こせ!てめえも同罪だ、一緒に殺してやる!」

「捕まえろっ!!」

 ヒースの声は男たちには聞こえなかった。
 身体にまとわりつく糸を無理やり引きちぎり、男たちは剣を抜いて斬りかかる。
 だが一瞬前までヒースがいた場所には、もはや誰もいなかった。
 
 香が焚かれ、視界の悪い地下である。
 ぱしんと明かりが割られる音がした。
 音と暗闇は一瞬だったが、それは闘技場内をざわめかせるには十分だった。
 戸惑った者たちのざわめきが人の気配を消す。
 直後、黒い煙が撒かれた。鼻に吸いこんだ者たちが一斉にくしゃみを始める。


「っくしょん!うえへえっ!」

「う、わっぺぺぺっ!何だ今のは!」

 わずかに遅れたタイミングで闘技場に悲鳴が響く。
 一般客たちが騒動に気づいたのだ。
 傭兵たちの罵声の中、出入り口が騒然とする。
 逃げだそうとした客たちと出口をふさいだ男たちが揉め始めたのだ。


「出せよ!おれは関係ない!」

「ですから、今は出すわけには……」

「うるせえ、おれは客だぞ!」

「なにくそ、誰が稼がせてやってると思ってんだ!大人しくしてやがれ!」

 あちらでもこちらでも騒ぎが起き始めていた。
 賢明な者たちは出口に向かわず、壁際にそっと避難して縮こまる。
 傭兵たちの多くは出口に加勢に向かい、怪我をした者たちがゴロゴロと床に転がっていく。


「くそお、女ぁ!連れの男もだ!絶対逃がすな!」
 
 傭兵のリーダー格が叫んだ。
 だが声は喧噪にかき消され、誰の耳にも届かない。



 一気に騒ぎの広がった地下闘技場からはヒースとメロヴィの姿は消えていた。



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