”ロマリア王城”




 アリアハンはかつて各国を統治する大国だった国である。
 だが今は領地を本土であった大きな島一つに留める小国に落ちぶれてしまっている。
 魔王バラモス登場に際し、いくらか復権したとは言え、田舎の小国のイメージはぬぐえていない。


 ……ということは、知識では知っていた。

「でっかぁ……」

 ロマリア王城を見上げ、口をぽかーんと開けたまま私は動けないでいた。
 ヒース・レン・ポーラの三人はちょっと呆れた顔をして見返してくる。
 いや、ポーラだけは一緒に感心していたのだが、もう慣れてしまったのかもしれない。


「これ……全部、お城?」

「そう、ロマリア王城。城下も中に含んでるけど、外から見えるのは実際にお城部分だよ」

 外壁の作りがアリアハンとはレベルが違う。王城を囲った外壁は、がっしりと堅牢な作りをしている。

 ロマリア城は左右二本の塔が天に伸びる凹型の城だ。
 街の外壁部・城壁である内壁部の二つがあり、その間に濠がある作りは、アリアハンと同じ近代建築。
 ロマリア城下から中央通りをまっすぐ歩いていくと、そのまま王城にたどり着くようになっている。
 このあたりはロマリアの大国としてのプライドなのだろう。
 訪れた者が王城を見上げ口を開けて呆けるのを玉座から見下ろせる作りだ、とヒースは意地悪く言った。 


 ロマリア王城から大きな街道は北へ延びる一本だけ。
 けれど、王城から北へ進むとすぐに街道は十字の交差にぶつかる。実質、ロマリア王城は三方向に伸びる街道を持ち合わせているのと同様だ。
 北はカザーブという山間の村に続き、東はアッサラームやイシス、西はポルトガに辿り着く道。
 まさしく中央大陸のど真ん中にある国だと言って良い。


 三面を海で囲われたロマリア王城は、当然港も大きい。だが貿易自体はあまり積極的ではないらしい。
 特に西隣ポルトガとは特別の通行証がないと陸づたいの出入りができないようになっているとか。
 ポルトガ経由で行けば外海は間近なのに、わざわざ内海を通って貿易をするのだとヒースが言った。
 同じことはポルトガにも言えて、ロマリア経由のルートを通らないためにアッサラームやバハラタと言った国々にはほとんど通商がないんだと言う。
 
 国ってのは面倒くさいことをするね。


「まあ、ほらほら。いつまでも見上げてないで。日が暮れちゃうよ?」

 ヒースが笑う。

「この国で驚いていたら、そのうちイシスに行った時にはたまげて口が締まらなくなるぞ」

 レンも言う。それはぜひとも行ってみて、日が沈むまで呆けてみたいものだと私は思った。
 世界で一番歴史の古い国なんて、いったいどんなだろう。実はボロかったりして。


「さぁ、入りましょう、アルテアさん。日が落ちる前にロマリア国王にご挨拶しに参りませんと」

 ポーラはそう言って、私の背を押した。

 アリアハンの国王からは、始めて訪れた土地では現地の国王に挨拶するよう言われている。
 顔出ししておかないと、アリアハンの人間が勝手に暴れたことになったりするらしい。国交問題もなかなか大変だ。
 その代わり、うまくつなぎがとれればその国での便宜も図ってもらえるし、魔王退治の旅を順調に進めることができるだろう、と国王は言った。
 だいたいその国の重要な情報というのは王室に集まっているものなので、ここをお留守にしておくと、私たちはただの旅行者と変わらなくなる。
 観光地スポット回ってお土産買ってハイ帰りましょ、では意味がない。


 私たちがロマリアを訪れる理由。実はそれは、ポルトガへの通行証を手に入れるためだ。
 アリアハンと大陸を結んでいる旅の扉がロマリア直通なので、こんな面倒なことになる。





   ※※※




「アリアハンから来た方ですね!?」

「ようこそいらっしゃいました、みなさん!」
 
 外門をくぐった私は、いきなりの大歓迎に心底あわてふためいた。
 左右から近寄ってきた兵士風の男たちが、にこやかーな笑顔を浮かべて両手を広げてきたのだ。
 不安になって確認してしまったが、垂れ幕とかプラカードとかはなかったのでほっとした。


「そのサークレット、まさしく! 
 さあさあ、国王がお待ちかねです、どうぞ謁見の間にお急ぎください!」


「ロマリア国民はみんな、あなたのお出でを待ちかねていたのですよ、勇者さん!」

 と、歌うような調子である。
 私が困り果てて仲間たちを見やると、彼らはなま暖かい目をくれた。


「まあ、歓迎してくれてるなら、そう悪いことにはならないと思うよ?」

「王城内で道に迷わないようにな」

「調子が良すぎてちょっと不安なんですけど……。大丈夫でしょうか……?」

「え。いや、ちょっと待って!?ついてきてくれないのっ?!」

「だって呼ばれてるのは勇者くんだし……」

「国王のもてなしがあるにしろ、厄介事を頼まれるにしろ、選択権はおまえにある。安心していろ」

「あら?わたしは、お供するつもりでいたんですが……。ヒースさんもレンさんも、別行動なのですか?」

 うわー、意志の疎通、一切なし……。
 がっくりと肩を落としつつ、私はみんなに一緒に来てくれるように頼んだ。
 こんな始めての土地に一人で放り出されると、宿にたどり着く自信もない。
 そもそも、弁の立つメンバーがいてくれないと、態度悪くてアリアハンとの喧嘩になりそう。


「まあ、冗談はほどほどにしておいて。レンとポーラは一緒に行きなよ」

 にっこりとヒースが笑った。

「ヒースさんは、やっぱり別行動なんですか?」

「今の内に、こっちの情報をもらってきておくから。宿で合流しよう。
 外門入って最初にある宿が、安全でいいって聞いてるしね」


 場所分かるよね?とヒースは言い、外門から見える大きな建物を指差した。
 これは間違いっこない。迷ったら一度外門まできて歩き直せばいいのだし。


「情報って……ロマリアに知り合いがいるの?」

「まぁね」
 
 ヒースは言い、そのまま街の喧噪の中へと消えていく。
 さすがに大陸の城下街。
 歩いている人が多いので、すぐに見えなくなってしまった。


 私たちは兵士たちに連れられて、まっすぐ王城へと歩いていくことになった。
 黙っているのも暇なので、目につくものを片端から尋ねる。


「旅装束の人が多いですね?」

「はは。ここロマリアは各地からの旅人が必ず一度は立ち寄る中間点ですからね。
 物資の流通も盛んですし、出入りする商人も多い。
 国柄賑やかなのは大歓迎ですので、祭りなどもよく行われています。
 よそからやってくる者たちをチェックするのが大変ですよ」


 それもまた楽しみだというように兵士は笑った。
 なんだか、良い国だ。アリアハンも船がもっとくるようになれば、こんな風になるのかな。


「あの辺、騒々しいが?」

 レンがふいに言った。
 兵士につられて私も視線をやる。
 路地に入るあたりで何か騒動が起きているのか、ざわめきがこちらまで伝わってくる。
 小さな悲鳴に似た声が聞こえ、私は思わず走り出した。


「あ、こら!」

 だが兵士たちと一緒に走っていったせいだろう。騒動はすぐに止んでしまった。
 原因も何も分からないまま、その場に集まっていた人たちがちりぢりになっていく。


「何が?」

 逃げ損ねたおじさんに問いかける。おじさんは軽くこちらを一瞥した後、ふっと苦い笑みを浮かべた。

「なあに。日常茶飯事だよ。
 お嬢ちゃんもただ物見遊山に来たなら裏路地には入らねえこった」


 おじさんはそのまま路地に消えた。

 兵士たちと合流して、私たちはまっすぐ王城へと入っていく。

「騒ぎが日常茶飯事って……。何があるんですか?」

 ちょっと不安になって尋ねたけど、兵士たちは笑って取りあってくれない。

「ハメを外した者がいるだけですから、お気になさらず」

 ところが気にしないわけにはいかなくなった。




   ※※※




「国王が、不在ーっ?」

 兵士たちに挟まれて運ばれるように辿り着いた王城入り口。
 だが、返ってきたのは当惑したような門兵さんの顔だった。


「それはいったい、どうしたことだ?
 アリアハンの勇者どのがいらっしゃったのだ。来られたらまず通せとおっしゃったのは国王陛下だろう」


 私たちをここまで連れてきた兵士の一人、ハドルが尋ねる。
 先ほどまで大歓迎のようすを見せてくれていたけど、こちらのちょっと真面目そうな方が本来らしい。
 立派な鉄の鎧を身につけた、端整な顔立ちの兵士さんだ。
 年齢は二十代の真ん中あたりだろう。
 外門の警備担当であるところを見ると、腕は立つのだろうけど、さほど出世しているわけではなさそうだ。


「ええ。つい先ほどまではいらしたのですが。
 今、手分けをして探しております。城下に降りたようすはありませんし。
 そういうわけですので、しばらくお待ちいただけないでしょうか?」


 私たちは顔を見合わせ、うなずいた。
 
「それじゃ、明日また出直してきます。もうじき日も暮れてしまいますから」


 私が言うと、ハドルはすまなそうに頭を下げた。

「すまない。せめて宿まで送らせていただこう」

「え、いや。気を使わなくても良いですよ?」

「いいや。こちらの気が済まない。
 仲間の方々にも申し訳ないことをした。ロマリアには何か他にも用があったのではないか?」


 うーん?それは、着くなり別行動だったヒースのことだろうか。

「そういうわけじゃないですよ。
 私は、とりあえず国王さんに会いに行けって言われてますしね」


 私が言うと、ハドルはありがたいと言って頭を下げる。

「それにしても……。
 アリアハンの勇者どのが、このような若い女性だとは思わなかった」


「あー……やっぱり、意外、ですか?
 勇者が女っていうのは」


 私が尋ねると、ハドルは失言だったと言った顔をした。

「……すまない、気に障ったか」

「いえいえ」

 言われるだろうと思ったことでもある。今の内に慣れておく必要があるだろう。
 私は笑って手を振った。


「……この国の制度が古いのだろうな。
 ロマリアでは女性が重要な役割に着くことは滅多にないのだ。
 今の国王陛下は、そのあたりに疑問を抱いて、いろいろ試みようとしておられるようだが……」


「そういえば、不在って言ってましたけど。そんなに忙しいんですか、国王さん」

「あのっ、アルテアさん」

 おそるおそるといった風にポーラが口を挟んでくる。

「国王陛下をお相手に、国王さん、というのは、ちょっと……」

「え。変……?」

「さんづけは敬称ではありますが。国王陛下相手に使うには不適当だと思いますよ?」

 それは困った。では、さまかどのづけをすればいいんだろうか?
 でも、国王さま、って……。自分の国の国王だってさまづけしてないのに。


「国王陛下は気にされないだろう、そう畏まることはない」

 ハドルは言った。

「お若いためか、国王陛下は固いことがお嫌いでな。
 ロマリア城下で祭りが多いのも、国王陛下の気風に寄るところが大きい。
 王子でいらした時から、ちょくちょく城下に抜け出しては兵士たちを困らせている方だった」


 それって、だめなんじゃ……。

 私の疑問は顔に出てしまったらしい。ハドルは少し困った顔をして言う。

「城の上から見下ろしていても、民の生活は分かるまい?
 生の陳情を積極的に取り入れようとしている姿勢は、間違ってはいないのだ」


 でも、そのたびに兵士たちが探すのじゃ、やっぱり大変だよねえ。

「意見だけ届くようにすればいいのに。自由謁見制とか、ご意見箱とか」

「真剣なものとそれ以外とを仕分ける役職に、常時五名の人間が必要になったので取り止めたのだ」

 すでにやり済みかあ……。

 ハドルに案内され、私たちは宿にやってきた。外門から見た時も思ったが、大きな宿である。
 ”ようこそロマリアへ”
 そう描かれた看板には、かわいらしい国王の絵がついていた。
 これって国王人気ではあるんだろうけど。仮にも国の元首をマスコットに使うのってありなんだろうか。
 かわいらしい国王は豪華な赤いマントをつけていたが、少しも偉そうではなく、楽しそうに笑っている。


「では、私はここで」

「案内してくれてありがとう」

 私が言うと、ハドルは軽く頭を下げてから外門へと戻っていく。
 また任務に戻るのだろう。
 してみると、兵士一人をずっと道案内に連れ回していた私って、なかなか大物扱いだ。


「……ロマリアもずいぶん様変わりしたようだ」

 感心するような声で、レンがぽつりと言った。
 王城に向かう間は、ほとんど口をつぐんだまま、周囲をさりげなく見回していたようだった。
 
「そう言えばレンは、大陸出身だって言ったよね。
 ロマリアは来たことあるの?」


「ああ」

「どう変わった?」

「緩くなったな」

「……どういう意味で?」

「いろいろだ。人々の心も祭り気分で緩んでいるし、どうやら治安の方も安全とはいかないようだ」

 ちらりと道へと視線を投げ、レンはふっと意味ありげに笑った。
 誰かいるのかと視線をやったけど、宿の前の道は旅人が行き来しているだけで、怪しいところはない。


「誰かいたの?」

「尾けられていた。宿を確認したためか、帰っていったようだな」

「えっ……」

 ポーラが驚き、ぱっと振り返る。
 あまりに露骨な仕草に、例え誰かがいてもこちらが気づいたと分かっただろう。





 私たちは予定通り四人分宿をとり、先に休んでいることにした。
 ヒースとレンの男部屋に、私とポーラの女部屋だ。
 ヒースはまだ戻っていないようだったので、私たちの部屋で今後の作戦会議である。


 聞けばお風呂もばっちりついていて、寝心地の良さそうなベッドも用意されている部屋だ。
 宿代は決して安くはなかった。
 でも、ここは結界のおかげで確実に物資が手に入る、アリアハンとは違うのだ。
 アリアハンでは街間移動には護衛をつけることが必要だけど、こっちにはそんな制度はないらしい。
 移動の際、常に襲われる危険を抱えた商隊が運んでくるために、大陸では物資が高めになるんだという。


「ひとまず、今日は休んで明日朝国王に謁見する、ということだったな?」

「うん。ポルトガ行きの通行証をもらわないといけないしね」

「ポルトガに行く理由は?」

「船が欲しいんだよ。前にレンも言ってたでしょ?個人船じゃなきゃ融通効かないって」

「なるほどな」

 合点がいったらしく、レンは大きくうなずいた。

 これはアリアハン出発前から決めていたことでもある。
 魔王バラモスのいるネクロゴンドは、危険なので普通の通行はできないようにされている。
 ネクロゴンドに通じる旅の扉は、ことごとく封印されていて、近くに寄ることもできない。
 一番近い国、古都イシスは、うず高い山脈で隔たっているため魔王軍も越えられないでいるらしい。
 魔王軍にできないんだから人間にはまず無理な話。イシスから陸づたいという案はここで却下だ。
 そこで、オルテガも選んだ方法が、海から渡る方法。
 
 個人船を手に入れて、一気にネクロゴンド近くの陸に渡ってしまうのだ。


「後、今日の営業が終わる前に、武器屋のぞこうかなーって思ってる。
 通りの向こう側に、大きめの武器屋があったのが見えたから」


「ほう?」

 私が言うと、レンが興味をそそられた顔をした。
 レンが武器好きなのは知っているので、わざと話題に出したというのが正しい。


「ここまでけっこう節約してきたしね。
 みんなの武具をバージョンアップしようと思って。
 こっちのモンスターは、アリアハンよりずっと強いって聞いてるから。
 サイズ合わせしたいから、今回はポーラも来てね?」


「え?わたしもですか?」

 驚いてポーラは目を見開いた。
 僧侶であるポーラは滅多に前に出ない。
 後衛からのフォローメインなので、どうしても武器は後回しになりやすい。


「カエル(フロッガー)みたいなやつもいるでしょ?
 後ろ狙われることもあるし、防具だけでもしっかりさせたいんだ」


 旅人の服は旅をするにはいいけど、防具としては物足りない。
 そのために私は中に鎖の着こみを着ていたりするけど、それもその場しのぎのアイディア勝負。
 怪我が少なくなれば、それだけポーラの負担も減るし。


「そうだな。例え買わなくても、宿に一人残るのは危険かもしれない」

「え。……それってさっきの、尾けてたって、人について?
 でも、私たちを尾けて、何かいいことある?」


「おのぼりさんの旅人なら、身ぐるみ剥いでしまえるだろう」

「えええっ!?」

 ポーラが青ざめた。

「それって泥棒ですよ?しかも、強盗に近い強引な方法です!
 そんなこと、よりにもよって王家の膝元で行うような人がいるんですかっ!?」


「人が多くなれば治安は悪くなる。その程度で済めば軽い方だ」

 それじゃあ、重いってどんなだろう。
 ちょっとぞっとしない気分で、私は窓から町中を見下ろす。
 私たちはモンスター相手に戦いをくり広げてきた一行であるし、卑怯な手段に出る泥棒相手なんかにひけをとるつもりはないけれど。人間相手に剣を向けるのはやはり嫌だ。


「何のためにヒースが情報を聞きに行ったと思っている?」

 少し呆れた調子でレンは言った。

「何のって……。ロマリアの情報でしょ?ヒースも長い間アリアハンにいたんだろうし」

「そうだ。そして、同時におれたちをはめようとする連中に、先に釘を刺すためだろう」

 何でもないことのようにレンは言う。
 
「ここに来てそうそう、兵士の護衛の付いた一行。
 いったい何者だろうという好奇心を誘うには充分だ。
 調べればアルテアが勇者としてやってきたことはすぐに分かってしまうだろうしな」 


「で、でも。
 勇者さまにちょっかいを出そうなんて泥棒がおります?
 魔王を倒そうという存在なんですよ?」


「魔王など、一般人にはさほど差し迫った恐怖ではないんだ。
 安全な王城の中にいれば、日常的に危険なのはモンスターよりも同じ人間となる。
 ぼけっと口を開けて王城に見とれているようなやつは、簡単に財布をスッてしまえる」


「ええー……」

 それって私のことじゃん。
 ちょっと不安になって、こっそり財布を確認したりする、私も情けないけど。
 ほっ、良かった、無事。武器屋行く前にスられたら、お話になりませんって。


「ヒースとおれの両方の目を盗んでおまえに近づけるやつなど、そうそういない」

 と、レンはちょっと嬉しいことをつけ加えた。

 それって、私がうっかりしてる時はフォローしてくれるよって意味だよね?



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