”レーベの少年”
明けた翌日。
西の外門から続く街道は、平野の真ん中を伸びている。 アリアハンは港のある王城と、交通の要所であるレーベ村があり、ナジミの塔を中心とした作りだ。 湖というには大きすぎる、内海にそびえ立つナジミの塔。 これは、大魔法使いナジミが立てた見張り塔であり、アリアハンに弱結界を張る要だという。 早い話が魔物避けの塔だ。 遠くから大きなモンスターのが近寄ってこないよう見張り、ついでに結界で入りこまれないよう結界を張るという代物。国で一番の魔法使いナジミが常駐しているというから、大したものだ。 「今日もいい天気!ナジミの塔がよく見えるねっ!」
私が言うと、三人の仲間ヒース、レン、ポーラは順に
「そうだねえ。でも、こういう時は昼夜の寒暖差が激しいから、早く宿場に着いた方がいいね」
「塔が見えたから何だと言うんだ」
「はい。頂上までよく見えて。アリアハンは始めてですが、穏やかで景色も良いところですね」
と、コメントした。バラバラだなあ。
今日、私たちはまずレーベ村に行くことになっている。 ポーラが助けた(さらにはヒースが兵士に頼んで村に連れて行ってもらった)子どもの安否が気になるというのが理由だ。 どちらにせよ、外大陸に行くには、旅の扉を通らなくちゃいけないので、進行方向は一緒。
途中、魔物に遭うかと思ったけど、平和なものだった。
レーベには昼過ぎに着いた。 交通の要所だけあって、大きな宿が目につく。武器屋と道具屋も目に飛びこんでくる。 看板は統一基準に寄るもので、文字が読み書きできない人にも一目瞭然だ。 村の入り口は開放的だったが、兵士の姿がちらほらある。
ヒースは兵士に軽く会釈してから私を見る。ポーラはキョロキョロと村を見回すのに忙しい。 レンはと言えば、村のようすに興味がないようで、黙々と着いてくる。
「まずはどうする?」
ヒースが聞いた。私は少し考える。ふむ?
「ポーラが助けた子、何て名前なの?」
「え。あ、はい。イスターくんという名前です。綺麗な金髪で……」
おや。金髪の少年か。それは、移民かなあ?
「そっか」
兵士のところに駆け寄り尋ねる。
「先日、ここに案内されたイスターくんって子のおうちを知りませんか?金髪の子なんですけど」
「金髪の子?それなら宿にいるよ」
宿? 私がいぶかしげにしたのが分かったのだろう。兵士は苦笑して返す。
「あの子の家はモンスターにやられてね。身寄りがないんだ」
私は一瞬身動きができなくなった。 ポーラが苦しげに目を伏せたところを見ると、彼女は知っていたのだろう。
「……あ……っ!おねえちゃん!」
声は、上から降ってきた。 思わず真上を仰ぎ見た私を、ヒースがつんと突く。 宿の二階から、ぶんぶんと手を振る少年の姿が見える。
「イスターくん!無事だったんですね!」
ポーラは喜びの声を上げ、大急ぎで宿に駆けこんでいく。 私も続こうとしたところを、レンが言った。
「俺は武器屋をのぞいてくる。出発時間になったら呼んでくれ」
「え?」
振り返る間もない。レンはスタスタとマイペースな速度でまっすぐ武器屋に向かっていく。 まあ、いいか……、ポーラも単独行動と言えなくはないし。
「いいの?彼、放っておいて?」
ヒースが尋ねる。
「うん。ぞろぞろ一緒に移動したからって、信頼が築けるわけじゃないし」
ヒースは私の返答に、わずかに苦笑して見せた。
「勇者をないがしろにして、とか言わないの?」
「そんな自分勝手な人は、勇者じゃないもの」
交通の要所にあるだけあって、宿は大きなものだった。 アリアハンの王城にあるものとほとんど同規模だと言えば、大きさが想像できるだろうか? 少なくても”村”にあるような宿ではない。 イスター少年は部屋の一室にいて、ポーラと何か話している途中だった。 やわらかそうな金髪の少年と紫がかった髪の美人さんは、やけに絵になる。 入り口にたたずんで見とれていると、ポーラの方が先に気づいた。
「アルテアさん。こちらがイスターくんです。怪我はどうやらないみたい」
ほっとしたようすでポーラが言う。
「ポーラおねえちゃん、この人たちは?」
「わたしの旅の仲間です。こちらが勇者アルテアさん、向こうがヒースさん」
そういや、まだヒースの自己紹介聞いてないね。
「勇者さま!?」
イスター少年は目をぎょっと見開き、ポーラと私を交互に見た。
「……勇者って、女の人だったんだ……」
「ええ。そうですよ。これから魔王退治に行くんです」
ポーラは優しくイスター少年の頭を撫で、言う。
「イスターくんのお父さまとお母さまの仇は、きっととって見せます」
イスター少年は期待に満ちた目を私に向けた。
「魔物をいっぱいやっつけてくれる?」
「はい。アルテアさんはお強いですよ。 だから、大丈夫。イスターくんは安心して、身体を大事にしていてください。 お父さまとお母さまが護ってくださった命を大切にしないといけません」
ああ、そうか。 私は納得した顔でポーラを見やる。 ポーラは小さくうなずいて、そっとイスター少年の頭を撫でる。
「ボクのパパとママは……魔物に殺されたんだ……」
イスター少年は呟き、私を凝視した。鋭い目に射抜かれて、思わず身を引きそうになる。
「やっつけてくれる?魔物をいっぱいいっぱい、やっつけて、平和にしてくれる?」
私はすいと少年に近づく。 ポーラの半分くらいしかない身長の、小柄な少年。 年齢は12才くらいだろうか。まだ大人には届かない小さな手。
「イスターくんは、将来の夢ってある?」
「……え?」
私の問いに、イスター少年は戸惑いの顔を浮かべる。
「大きくなったら何になりたい?」
「……?」
私の意図が分からなくて、イスター少年はポーラを見やる。ポーラも不思議そうに私を見つめている。
「……わかんない。魔物をいっぱい倒せる、戦士になりたい」
「本当に?」
イスター少年は困った顔になった。 それから少し考えて、小さく告げた。
「本当は、商人になりたい……。旅する人が安全に、魔物におびえたりしないような街を作りたい」
「そっか」
くしゃりと少年の頭を撫でる。少年の髪は、見た目以上にやわらかかった。
「なら、頑張って商人になるんだよ。いっぱい勉強して」
私は言う。
「私は頑張って勇者になるから。イスターくんみたいな子が、一人でも減るようにね。 そして、魔王を倒してくるから。 イスターくんも夢に向かって頑張って。どっちが先に達成するか競争だね」
イスター少年は驚いたように私を見やる。
「……うん」
泣きそうな顔だった。
※※※
宿の別の部屋をとって、ポーラに向き直る。 レンに連絡して、出発は明日の早朝にしよう、と言おうと思ったのに。 彼女はいきなり謝ってきた。
「すみません、アルテアさん」
「どうしたの?」
「イスターくんを励ますためとは言え、口からでまかせのような真似を……」
ああ、と私はうなずく。 私が強いと言ったことだ。
「大丈夫だよ。勇者が弱くちゃ話にならないでしょ? まだ、私たちは一緒に戦ってはいないけど。 剣でなら、王城で負けたことはないからね。そこそこ強いのは間違いないし」
ポーラは驚いて目をぱちくりさせる。
「本当に?」
「どうして疑うかなぁ」
「う、疑っているわけではありません!でも、アルテアさんは、戦士には見えないですし……」
「アルテアは女の子だからね。ムキムキマッチョってわけにはいかないね」
軽く笑い、ヒースが言う。 言われて私も少し想像した。筋肉ムキムキのいかにも戦士然とした女の人を。 これはこれで、勇者とはほど遠い感じがする。
「あ、想像した?大丈夫だよ、アルテアはちゃんと可愛いから」
それはそれで見当違いなフォローだよ、ヒース。
「実戦こなしてみれば分かるでしょ。 それも兼ねて、これからまっすぐに大陸に渡るってわけには行かないね」
「え、どうして?」
レーベから東にまっすぐ街道を進むと、アリアハン大陸の端に旅の扉があると言う。 そこが、中央大陸のロマリアに通じていると聞いているのに。
「封印されてるって話、聞いたことない?」
「あるけど……。でも、ポーラだって、大陸から来たんでしょう?確かレンも」
「あ、はい。そうです。でも、私は別ルートなんですが……」
「別ルート?」
「旅の扉はいくつものルートがあるんです。レーベ近くに出る扉があって、わたしはそこから来ました」
「えええーっ?ホント?」
「お疑いになります?」
ポーラは困った顔をした。説明しようにも、言葉通りでそれ以上言いようがない、という顔だ。
「……なるほど。見てもないことを頭から信じるって難しいね」
納得納得。お互いさまだね、と私が言うと、ポーラは小さく微笑んで見せた。
「そこ、どこにつながってるの?大陸に出るんだよね?」
レーベ村というのは、今いるここだ。レーベ近くに旅の扉があるなら願ってもない。 思ったよりも旅はあっさり進むんじゃなかろうか。
「ああ……あそこか」
ヒースが小さく呟く。
「でも、あそこはだめだな。つい先日、アリアハン王室から封じ手がかかったと聞いてる」
「えええええー……」
私はがっかりとして肩を落とした。ってか、国王。そんなことしてるなら最初に言ってちょうだいよ。
「国王さまにかけあって、空けてもらいに戻った方がいい?」
「いや、それよりも当初の予定通り端まで行こうよ。 あっちは封印と言っても魔物防止に壁を立てただけだから、イオ系の魔法を使えばすぐ……」
言いかけたヒースは、途中で言葉を止めた。 そうだ。イオ系というのは爆発系の魔法で、魔法使いにしか使えない。 もしかしたら私が使えるようになるかもしれないけど、当面先の話。 何しろ私は、魔法使いの初歩魔法・メラの発動で手こずっているのだし。
「いざないの洞窟の賢者が在宅中なら、イオラを使ってもらえると思うけど……どうだろうな。 イオ程度じゃビクともしないらしいしねえ」
「……いざないの洞窟?賢者?」
私が首を傾げるのを、ヒースは笑って答える。
「旅の扉があるところ。アリアハンではいざないの洞窟って呼ばれてるんだ。 ”誘う”扉があるからってね。いい名称だと思うよ」
アリアハンではってことは、外大陸では別の名称なんだろうか。
「ヒースって、物知りだねえ」
「そう?旅が長いからかな」
「聞いてなかったけど、ヒースって職業は何?短剣を使うんでしょ?」
「え、あれ。言ってなかった?」
ちょっと困った顔をして、ヒースは宙を見やる。
「盗賊だよ。人さまから物を盗んだりはしてないけどね」
「……と、ととととと盗賊っ?ヒースさんが、ですかっ?」
ポーラがあわてたように立ち上がる。 「……そうだよ。説教する?」
ヒースは尋ねる。 確かに、一般的に僧侶と盗賊ってのは、相性が激悪だと思う。 一触即発の事態に、私はちょっと反応が遅れた。 どうしよう。喧嘩になったら止めるべき?
「……目を見せてください」
ポーラは言った。 ぐいとヒースの顔を掴み、間近に寄せて瞳をのぞきこむ。 こんな反応が返るとは思わなかったらしく、ヒースは驚いた顔をする。
「……ヒースさん。神に誓ってください」
「……え?え?」
「あなたの瞳は汚れたものではありません。 死にかけていたわたしとイスターくんを助けてくださったご恩も忘れません。 けれど、盗賊を生業としている方を、いきなり信じることなどできません。 あなたの神に誓ってください。決して、神に恥じ入る真似はしないと。 アルテアさんの勇者としての評判を貶めるような真似をするようならば、神に代わって私が成敗してさしあげますから」
驚いた。 ポーラって、かなり気が強いぞ?
ヒースは両手を上げて私を見やる。
「どうにかしてくれない?」
そう言われても。 「ポーラ、そのへんにしてあげてくれる? 盗賊って言っても、さっきも人から物を盗んだりしないって言ったし。 何よりヒースは旅慣れてて、物知りで頼りになるから」
ポーラはまだちょっと納得できない顔で、「仕方ありません」と手を下ろした。 うーん、前途多難……。まだ、旅立って一日目なんですけど……。
「ええと。で、どうしようか?」
話題を変えようと思って、私は話を振ってみる。
「いざないの洞窟にいるっていう賢者を頼ってみようか? イオ系の魔法を使ってもらえば、封印は解けるんでしょう?」
「うん。それもそうだけど。確実性を選んで、魔法の玉を手に入れて行こうか?」
「魔法の玉?何、それ?」
「持ち運びできるサイズの玉に、魔法力を凝縮させる技術だよ。レーベに研究者がいるんだ」
「魔法力を、凝縮……?」
「それを使えば、魔法の素養がない人間でも、簡単に魔法を使うことができる。 ルーラの魔法がキメラの翼を使って代用できるのは有名だよね? あれは、実のところキメラの翼の効果を魔法でできないかという発想が元だったんだ。 ルーラが使えない人でも、キメラの翼は使えるだろう?」
私はうなずく。アリアハンを出る時に、キメラの翼は必ず持つよう言われていた。 ルーラが使えない今の私でも、これさえあれば、いつでも街に戻れるから。 でも高価なので、一枚しか持っていない。
「あれの逆ができないかってね。 アイテムに魔法と同じ効果を持たせるための研究をしている魔法使いが、アリアハンにはいるんだ。 その成功例が魔法の玉。玉の中に魔法をこめて、キーワードで発動させるわけ。 話によればイオ系の破壊力を増すために、火薬も調合して加えているとか……」
「へえー便利。それがあれば、魔法使いはいらないってこと?」
うちの祖父はお役御免ってことだろうか。
「ものすごく高価な上、一回ごとの使いきりだから、魔法使いの便利さには適わないよ」
……それって、高かったら買えないよね?
「どうする。その研究者のところに行ってみる?」
「行ってみよう。だって、他にいい手段も思いつかないし」
たくさん手に入ったら便利だしなー。魔法使いがパーティにいなくて不利だと思っていた矢先に朗報だ。 イオ系だけじゃなくて、迷宮脱出魔法リレミトあたりを詰めてくれないかな。いいと思うんだけど。 後は、ホイミとか。薬草があるからいらないかな?
ポーラに留守番を頼んで外に出る。 件の研究者は村の端に住んでいるらしい。 アリアハンから街道を通れば半日程度の距離なのだし、ここも平和に違いないと思った私は甘かった。 村の奥へ進むごと、建物に黒ずんだ跡が目立つ。 これ、炎で焼いた跡じゃない……?
レーベの村は中央に池のある作りだった。 これが人々の生命線なのだろう。 池の周りには綺麗な水白花が咲いていて、毒に汚されていないのが分かる。 今も若い女の人が桶に水を汲んでいるのが見える。 片腕に包帯を巻いていて、日に焼けた茶色い髪をしている人だった。 慣れているのか、水面を少しも揺らさずに汲み上げる。
「……、あ、っあのっ!」
駆け寄り声をかけると、女の人は驚いた顔をした。 私が剣を下げているのが分かったのだろう、いぶかしげな、少し警戒する目をした。
「手伝いましょうかっ!」
両手を広げて害意のないところを見せて、私は桶を指差した。 彼女は少し躊躇った後、首を振る。
「いいえ、かわいい戦士さん。お気持ちは嬉しいけど、これは私の役目だから」
包帯の巻かれていない方の手で桶を持ち上げると、彼女はそのまま歩いて行ってしまった。 町はずれの方だ。あちらには家はないようだけど。
「ほらほら、そっちじゃないよ」
ヒースが私を引っ張り、目の前で手をひらひらとさせる。
「……大丈夫?調子悪い?」
「……え?」
ぷに、とヒースが私のほおを突く。
「顔色真っ青」
「……そんなこと、ないよ」
そうだ。そんなことはあるわけない。 「なら、急ごう」
ヒースは優しい。
※※※
研究者の家に着いた私は、驚いた。 鍵がかかってるよ、この家。
アリアハンに限らず、一般家屋には鍵がかかっていないのが普通だ。 よほど治安が悪いところなら違うかもしれないけどね。 ここの研究はそれだけ重要ということなのかもしれないし、案外住人が猜疑心強いのかもしれない。 ノックをしたが人は出てこなかった。 大声で呼んでみたがやっぱり出てこない。
「留守かなあ……」
ヒースも困った顔をした。 私は空を見上げ、もうすぐ夕暮れが始まろうとするのを確認する。
「出直してこようか。夜には戻ってるといいけど」
そういうことになって、元来た道を歩き始めた時だ。
ふっと金髪が目の前を行きすぎていく。
イスター少年だと気づいたのは、彼が角を曲がっていった後だった。
「……どこへ行くんだろ?」
「あっちには、何もないと思ったけどね」
宿とここは村の端と端ほどに離れている。 これから暗くなるというのに、子どもがうろうろしていい時間じゃない。 気になって後を追った私に、ヒースは何も言わずついてきてくれた。
村はずれは寂しいところだった。 冷たい風が吹き抜けて、さわさわと草が鳴る。 カァ、カァ、とどこかで鴉が鳴いて、私は剣に手をかけて視線を上に向ける。 大ガラスというわけではないみたいだけど……。
草原だ。 夕刻の太陽がオレンジ色に染めている。 雑草ばかり生えた一帯に見えたけれど、よく見るとゴロゴロと石くずが落ちている。 あちこちに、草の生えていない黒ずんだ場所がある。 金髪の少年が目の前を横切っていく。 後を追おうとした私を、ヒースが止めた。
イスター少年は、泣いていた。
私の目には何も映らない。 崩れた壁跡と見える場所で、イスター少年はうずくまる。 いつのまにかいた、日に焼けた茶色い髪の人影が、そっと少年の肩に手を置く。、 少年は気づかない。 女の人が何かささやくのに、イスター少年はただ泣き続けている。
「ああ……」
私はようやく気づいた。 イスター少年の足下に、壊れた桶が転がっている。 「誰……っ!」
私の漏らした声が聞こえてしまったのだ。 イスター少年は声を上げ、私をぱっと振り向いた。
「ゆ、勇者、さまっ?」
泣いていたのを見られたと思ったのか、少年はあわてて目元をぬぐう。
「ど、どうしてこんなとこにっ?」
「それは、私のセリフだよ。イスターくんこそ。もう暗いよ?」
「……ここは。その……」
「イスターくんの、家だったんだね?」
「……うん」
「お父さんと、お母さんと一緒に住んでたんだね?」
「……うん」
私は少年のところへと近づいていく。 途中で、女の人が心配そうに少年を見つめているのが印象的だった。
「お父さんとお母さんは、何をしてる人だったの?」
「え……?」
私がどこかを見ているのが分かったのだろう。 イスター少年は少し不安そうに聞き返す。
「お母さんでしょう?茶色い髪をした、片腕に包帯をしてる人」
「……っ!?」
「イスターくんのことが心配なんだね」
「い、いるの……?」
少年は怯えた色で私を見返し、キョロキョロと視線を巡らせる。
「うん。イスターくんが元気ないから、心配してるみたい」
少年は呆然と目を見開き。そして私を見返した。 あわてて辺りを見返して、顔をくしゃくしゃにして拳を握る。
「……っ!」
そのまま、ぱっと身を翻して駆けていってしまった。
「まずかった、かな……」
私は呟き、ヒースを見やる。 ヒースはただ小さく微笑んで、私を包むようにして抱きしめる。
「大丈夫だよ。子どもだと思って甘く見ちゃいけない。人間、けっこう強いからね」 「……うん」
「嫌がらないね?」
「え?」
私が顔を上げると、ヒースはわざとらしくぎゅう、と抱きしめる。 まるっきり子ども扱いに嫌がるも何もないのだけど……。 言われると、突然ヒースの香りがして、戸惑ってしまうんですが?
「え?え?え?」
「あはは、冗談冗談。元気出た?」
ぱっと手を離し、ヒースは笑った。
「アルテアって、案外と胸があるねえ」
「な、何を突然っ!?」
「冗談だよ」
思わず殴ってしまった。
※※※
宿に戻ったら、ポーラが待っていた。
「何かあったんですか?」
「え、何かって?」
「さっき、イスターくんが来てたんです。随分と悩んでいる顔だったので……」
「……」
私は困った顔でヒースを見やる。 ヒースは、頭にできた大きなタンコブを押さえながら、やっぱり困った顔をした。 ……強く叩きすぎたかなあ。
「それはそうと、レンさんは?」
あ。
「武器屋行くって、言ったまま……」
出発時間が明日の朝になったとも知らせてない。
「探してくるっ!」
ぱっと身を翻して走り出す。 何か言いかけたポーラとヒースの姿はすぐに見えなくなった。
外はしっかり暗くなっていた。 看板があったので迷わなかったが、武器屋はすでに閉店時間。
「……まずった。どうしよう。武器屋がやってなかったら、どこ行ったらいい……?」
それから少し考える。 レンはどうするだろう。武器屋がしまっても連絡がなかったら、出発時間になったと思うだろうか? 外門は……えっとないのか。 入ってきた街道の方に行ってみよう。 暗い町中でキョロキョロと視線をさまよわせる私は、ちょっと浮いていたのだろう。 村人がうさんくさそうな目で見ていく。 ううう……。
「何をしてる」
天の声は向こうからやってきた。 丈夫そうな服装に、黒髪を一つに束ねた男。服の上からでも鍛えられていることが分かる筋肉。 不機嫌そうにこちらを見返してくる仏頂面。
「うろうろと鬱陶しい」
「レーっンっ!良かった、会えたっ!」
私が喜び駆け寄ると、レンはすいと避けた。
「何の用だ」
「え。いや、出発は明日の朝ってことになったから。宿とったよって知らせようと思って」
「そうか」
それだけ言うと、レンは淡々と宿に向かい出す。
「ごめんね、ずっと武器屋にいたの?」
「いや」
「え。あ、じゃあもしかして探してた?ごめんごめん、村はずれまで行ってて……」
「探してはいなかった」
……。
「残念」
「何がだ?」
「なんとなく。そうだ、何かいい武器あった?」
「なかった」
あああ、会話が続かない。
「武闘家って、どんな武器使うの?基本的には素手なんだよね?」
「爪だ」
「……え?」
思わず自分の手を見下ろして私は呟く。 もっとも、剣を握る都合から手袋をしているので、爪は見えないのだけど。 猫のように爪で引っかいているレンの姿を思い浮かべる。 あまり、かっこよくない……。
私が何を想像したのか分かったのだろう。レンは嫌そうな顔をした。
「武闘家の動きに合わせた”爪”という武器がある。熊や大型の猛獣の手に似せたものだ」
「ふうん……。それだけ?」
「剣なども使えないことはないが、かえって動きを阻害されるのでな」
「そっかー」
それはあまり、一般的な店では売ってなさそうな武器だ。 アリアハン大陸はポピュラーな武具が主流なので、斬撃系の剣や斧・打撃系の棒などしか扱っていない。 私も、武器と言えば剣しか使えない。棒なら何とかなるけど。
「……武器屋で変わった老人に会ったので、話をしていた」
会話が保たないのを察してくれたのか、レンが話題を振ってくれた。 時間まで何をしていたのか、に対する答えだろう。
「変わった老人?」
「そうだ。魔力をこめたアイテムとやらを研究しているらしい」
「えええ!?」
それは、ついさっき留守だって諦めた人じゃないか!
「新しい武器の一種となるだろうと自慢していた」
うん、確かに。武器じゃなくて便利アイテムと思うけど。
「一般的に、魔法効果のこもった品は、量産できない。 伝説の、と頭につくような、いつどこで作られたのか分からない品ばかりだからな。 魔力を伴った品は、力の根源を宝玉にこめる。中核であり、ここが破壊されれば魔力は失われるわけだ。 宝玉一つに魔力こめるのにはかなり時間がかかるらしい。 エルフが作ったとも、神が人間に与えた奇跡とも言うが。 どちらかと言えば、魔に属する者たちが作ったのを人間世界に持ちこんだというのが本当だろう。 人間が作れる中では、理力の杖というものがあるが……。 あれは使用者の魔力を打撃力に変換するものだからな。本人に魔力が備わってなければ使えない。 老人の理想とは異なるらしい」
急に耳に到来した情報に、私は混乱して目を白黒させる。 一度に言われてもわかんないよ!
「レ、レンって……武器について、詳しいんだ……?」
「趣味だな。自分では使わないから」
変わった趣味だね……。
「その老人、今はもう家に帰ってる?後で訪ねようと思ってたんだけど」
「なぜだ?欲しいのか、魔法の玉」
「うん。洞窟……えっと、いざないの洞窟の封印ってのを、解くのに。イオ系の魔法が要るんだって」
なるほど、とレンは言った。そして少し渋い顔でつけ加える。
「……三日ほど留守にすると言っていたな」
「ええ?」
「ナジミの塔の魔法使いに用があるらしい。武器屋でおれと別れてから、転移の魔法で飛んでいった」
「えええー……」
じゃあ、三日間もおあずけ!?
私ががっかりと肩を落としたのを見て、レンは何か考えたらしい。 ふいに、私に言った。
「行ってみるか、ナジミの塔。 三日以内に登り切るかは分からないが、いい鍛練にはなるだろうしな」
「え?」
「『え?』の他に語彙はないのか、おまえ」
「ごもっともです……。 それはそうと、ナジミの塔って登れるの?魔物相手の見張り塔でしょう?立ち入り禁止じゃあ?」
「アリアハンでは一番の鍛錬場になっているようだが?」
「本当にーっ!?」
「おまえ、何も知らないな」
「た、旅に出るのは始めてなんだもん。 それに、ナジミの塔ってどこから入るの? 湖の真ん中にあるのは知ってるけど、入り口なんて……」
「それはたぶん、ヒースが詳しいぞ」
「な、なんで?」
「盗賊だろう、あいつは」
「知ってたの?」
「思い出した。有名人だ」
知らないよーっ?
※※※
ヒースに聞くと、あっさり答えは返ってきた。
「ああ。ナジミの塔なら、入り口はたくさんあるからね」
「何で何で何で、そんなこと知ってるの?アリアハン出身の私が知らないのに」
「元々見張り塔だろ?入れなかったら意味ないし。 それに、緊急時の脱出経路も兼ねてるんだよ。だから、王城からだって行ける」
し、知らなかった……。 絶句する私の横で、ポーラが感心した顔をする。
「凄いですね。わたし、そんなに凝った作りのお城は始めてです」
「しかし、ナジミの塔か。確かに、ここで三日間のんびりしてるよりはいいかもしれない」
「鍛練になるって言ってたよね。どうして?」
「モンスターが出るんだよ、あそこ」
見張り塔のくせに!? 私の驚きが分かったのだろう、ヒースは苦笑した。
「見張り塔として機能してるのは頂上だけだし、魔法使いは頂上に直接転移……ルーラできるからね。 結界を抜けてやってくる雑魚程度なら、放っておいてもいいって判断だろうと思うよ」
いいのかなあ、それ……。
「うーん。 じゃあ、明日はさっそくナジミの塔に向かうってことでいい?ヒース、道案内お願いできる?」
「構わないけど。三日以内って言うなら、近道しようか」
「できるならよろしく」
「道具は用意しといてね。特に、薬草や毒消し草は」
「あ、それは旅に出る前に用意したから平気。それに、ポーラがホイミ使えるもんね」
私が言うと、ポーラは嬉しそうにうなずいた。
「お役に立てるよう頑張ります」
「頑張るのでなく、役に立ってもらわなければ困る」
さっそく盛り下げるのはレンだ。ヒースが笑ってチャチャ入れする。
「手きびしーねー、レン」
「甘やかして先に進んでも死ぬだけだ。厳しいのが嫌ならば今のうちに帰れ」
「嫌です! それに、レンさんに言われる筋合いはありません。決定権は勇者であるアルテアさんにあるんですから」 うわー、ここで矛先向けてくるかっ。 三人の目が集まってきて、私は愛想笑いを浮かべて一歩身を引く。
「お互いにいいこと言ってるし、参考にするってことでいいでしょ? 仲間なんだから、喧嘩にならない程度にほどほどに。 そ、そうだ。明日は出発早いから、ちゃんと寝てね?」
言いつくろった言葉は、あっさりとバレてしまったらしい。
「ま、アルテアもこう言ってるし、寝ましょうか?」
結局取りなしてくれたのはヒースだった。
※※※
レーベを出たのは早朝だ。まだ明けやらぬ……空が白んでない時分。 街道に面したところには、こんな時間から見張り番の兵士がいた。
「もう出発するんですか?」
「はい。ナジミの塔に行ってくる予定です」
「お気をつけて」
軽く挨拶をする。見張りの兵士は硬い表情で見送りの言葉をくれた。 大変なのは彼の方だな、と私は思う。
交通の要所であるということは、誰にとっても重要な場所にあるということだ。 レーベの防備は王城に比べれば、吹けば飛ぶ程度のものでしかない。 そのくせ、大きさはかなりのものになる。 彼は、いつ襲われても不思議のないレーベの村を、こうして一人で見張っているのだ。 夜通し起きていたのだろう、目の下にはクマが見えた。 兵士は交替で何人もいるんだろうけど。それだってまかないきれるとは思わない。 でも、頑張らなくてはいけない。
イスター少年のような子どもが出ないように。
街道に差しかかったところで、大きな声が聞こえてきた。
「勇者さまーーっ!ポーラおねえちゃあーんっ!」
イスター少年の声だ。 ぱっと振り返った私とポーラは、村の入り口のところで兵士に抑えられている少年を見つける。 金の髪が、夜明け前の暗さの中できらきらしていた。
「ボク、がんばるから!きっとりっぱな商人になるからねーーっ!」
ぶんぶんと手を振って少年が言う。 ポーラが嬉しそうに手を振り返した。
イスター少年の横には、いつのまにか金髪の男性と日に焼けた茶色い髪の女の人がいて。 嬉しそうに私たちを見送っている。 その姿が射しこんできた明るさの中、薄くなっていく。 朝日が昇ってきたのだと気づいた時には、二人の姿は溶け入るように消えてしまった。
私も、嬉しくなって手を振った。
彼はきっと大丈夫だ。 |