”出会い”
ルイーダの酒場は、出会いと別れの酒場だと言われている。 冒険者たちが新しい出会いをし、あるいは別れる選択を選ぶ場所。 ここ、アリアハンのルイーダの酒場で登録した冒険者は、各国からの信頼を保証された冒険者ということになる。 逆を言えば、未登録で活動する冒険者の中には、ならず者と区別のつかない者も多いと言うことだ。 魔物が増えているから、それを退治する人々が必要で。だから、冒険者の需要自体は多いのだけど。 ルイーダの酒場で登録されている冒険者は、共通の身分証を持っている。 まず、仲間を探しにルイーダの酒場に行け、と言われたのはこのへんが理由だろう。
私の身分を保証するサークレットは、民間レベルには行き渡らない情報だから。 私に、まずは登録をしろということなのだ。
からん、とドアを開けた。 中はかなり広い。朝だというのにちょっと酒の匂いが残っている。 照明はさほど明るくないが、奥のカウンターに女性が座っているのが見えた。 あれが、女店主ルイーダなのだろう。
私が近づいていくと、彼女はくっと大人びた笑みを浮かべた。
「ようこそ。遅かったじゃないの、勇者ちゃん?」
「す、すみません。途中、いろいろあって」
武具を受け取ったり、お姫さまを捜したりしていたら、昼近くになってしまったのだ。 早いとこ仲間を見つけて外門に行かないと、ヒースが待ちくたびれてしまうだろう。 ルイーダと私は初対面だけど。やはりサークレットのせいでそれと分かるのだろうか。
「いいや、別に謝ることじゃあないけどね」
ルイーダはからかっただけらしく、笑って一冊の名簿を出してきた。
「これは?」
「この酒場に登録されている冒険者たちさ。あんたもここに登録されて一人前ってことだね」
なるほど。私がうなずいて名簿を受け取ろうとすると、ルイーダはその手をぱしんと叩いた。
「あの?」
「ここの規則は聞いてるだろう?まず、冒険者はあたしの目に適わなくちゃね。 例え勇者たって、例外じゃないよ」
それもそうか。私がうなずくと、ルイーダは呆れた顔をする。
「やけに素直だね。それとも世間知らずかい?勇者なのにと少しくらいごねるかと思ったのに」
「そんな」
私は首を振って否定する。
「勇者なんて言っても、私はまだ何もしていません。ここに登録されている方々よりも遥かに未熟者です。 それなのに、特別扱いなんて、その方がおかしいですから」
ルイーダは、私の言葉に小さく笑った。そして、ぱんと名簿を広げる。
「名前をお書き。通称でも問題ないが、一度書いた名前は取り消せないよ」
「はい」
アルテア。短く書いた名前が、私の名前。 職業欄と出身地、旅の目的に加え、性格欄が添えられている。
「せ、性格?」
「ああ、そこは書かなくていい。あたしが後で書いておくから。 長旅の仲間を探す時の目安みたいなもんだからね」
「そうですか……」
まぁ、性格って自己申請するもんじゃないよね。 私は納得して、それから職業欄を書くのをわずかに躊躇った。 勇者、ってこういうところに書くべき職業なんだろうか?でも、他の何かになるわけでもないし。 困ったまま、私は勇者と書き、出身地はアリアハン、旅の目的にはバラモス退治と書いた。 こう書くと、勇者っぽく見えなくもない。
「ありがと。名簿で探すんでもいいけど、なんなら、めぼしいやつと話してみるかい?」
ルイーダは言い、酒場の隅に集まっている人たちを指差した。
いろんな人がいる。 鎧で固めた戦士風、ローブを身につけた魔術師風、ターバンを巻いた商人にしか見えない人まで。 お互いに仲が良いのか、談笑している風でもあり、ギスギスした空気が漂っているようにも見える。 私が目をやると、向こうも私を見ていたらしい。 なぜか目が合う人が多くて不思議だった。
「勇者が旅に出るってんでね。ああして旅の同行志願者も多いのさ」
ルイーダは言う。
「同行志願?」
「何せ、ことは魔王退治だろう?うまくすれば名前を上げられるしね。 あの中には、魔物に恨みを持って冒険者をしているやつも少なくない。 世界を救い、魔王を倒そうって勇者なら、協力しようって人も多いわけだよ」 ふうん、と私は呟く。 なら、私を待つよりもいち早く旅に出た方が良かっただろうに。私の父のように……。 私は渡してもらった名簿をめくりながら、どんな能力が必要かと考えた。
私に出来ること。 剣を使うこと。魔物を切り裂くこと。少しなら魔法も使えるのだけど、これはまだまだ勉強中。
出来ないこと。 迷わず目的地に着くこと。怪我を癒すこと。
うわ、情けない。まず最初に来るのが方向音痴だなんて。 でも、事実だからなあ。 家からばっちり見える王城に行くのに、入り口まで母親が同伴しちゃうくらいだもの。 旅の仲間にはぜひ、方向感覚のしっかりした人が欲しい。
めくっていった名簿には、数名のメンバーがあったけど、ヒースの名前はなかった。 登録者じゃなかったんだろうか。 でも、彼の腕は私が自分で見ているし。少なくても短剣に慣れたようすは、頼りになりそうだった。 ああ、そうか。彼がいるんだから、後は魔法に長けた人がいいよね。 それに、私の他にもう一人くらい、腕っ節に自信があって、敵を殴り飛ばしてくれるような人が……
最後までめくり終わった私は、不思議な響きの名前に目を止めた。
レン。
短い発音だ。あまり人の名前じゃない気がする。変わっている。 備考には、武闘家とそっけなく書いてあった。出身地も目的も真っ白。
「ルイーダ、この人は?」
私が尋ねると、ルイーダは店の隅を指差した。
黒髪を一つに束ねた男の人だった。 壁を背にして、目を閉じている。 他の人たちが好奇の目を向けてきているのと対象的だ。何か思案しているようにも見える。 鋭い顔の輪郭と、逞しい体つきをしている青年だった。 見たところ、武具の類は一つもつけていない。
武闘家。……つまり。素手で相手を倒す武術を修めた人だということ。
「彼はあまり薦めないわよ。腕っ節はいいけど、一匹狼だから。旅の同伴者にはねえ」
ルイーダは言う。
「どのくらい?」
腕っ節のことだ。聞かれたルイーダはため息をついた。
「ここで一番の腕の戦士がね。腕相撲をけしかけて逆に腕を折られちゃったくらいよ」
……なんと。 私は目を見開き、絶句した。
「あんたに会わせたかった、忠義の心を持ったいい戦士だったんだけどねぇ」
「いったい、どうして喧嘩になったんです?」
「……彼が、勇者オルテガをバカにしたせいよ。 所詮、自分の身のほどをわきまえなかった愚かな勇者、死んだのは自業自得だって」
ルイーダは嫌そうに告げた。
私はもう一度彼を見やる。 そう思ってみれば、酒場にいる人たちは、みんな彼を遠巻きにしているようだった。 彼の半径数メートル内は、ぽっかり空洞が空いている。
「ルイーダ、私決めました」
ぱたんと名簿を閉じ、私は言う。
「え、何を……」
集まった人たちの間を抜けて、まっすぐに黒髪の持ち主の元に近づいた。 束ねた黒髪は艶やかで、アリアハンの人かとも思ったけれど。よく焼けた肌といい、国籍不明だ。
私が近づくと、彼はゆっくり瞳を開ける。あ、目は黒い。
「レンさんですね?」
間近で見ると、彼もかなり背が高かった。鍛えられた筋肉のせいで、しなやかに大きく見える。 こんな人に喧嘩を売った戦士はどうかしていると私は思った。 素手で戦う武闘家は、武器を使う戦士よりも、素手での力の入れ方を知っているのだから。
「いかにもそうだ」
「私の仲間になってください」
「……嫌だと言ったら?」
「承知してくれるまで粘ります」
私が言うと、彼は形のいい眉をぴくりと動かした。 驚いたな。 ヒースもかなりの二枚目だったけど、レンもまた精悍な顔立ちをしている。 こんな息子がオルテガの息子だったら、国王も手放しで喜んだんじゃないかな。
「おまえ、名前は?」
「アルテアと言います。職業は……勇者です」
ちょっと迷ったけど、こう告げた。相手の職業も分からずに、仲間になってくれるはずはないだろう。
「勇者だと?」
「はい。まだ未熟者ですけど」
「冗談はほどほどにしておけ。勇者ごっこにつき合う気はない」
「じゃあ、何ならつき合ってくれますか?」
私の問いに、男はまた眉根を寄せた。
「……おまえは何が目的だ?」
「魔王を倒します」
きっぱりと私は言った。
「……いいだろう。だが、おまえがそれに足る資格がないと思えば、いつでも離れる」
「はい」
私は笑った。
「出発は、今日の正午のつもりなんです。準備があれば、それまでに済ませて、西門に来てくれますか?」
私が言うと、彼は言う。
「俺の武器はこの身一つ。準備にいちいち手間取るようなことはありえない」 レンはそれから、一つだけ続けた。
「敬語は止めろ。反吐が出る」
「分かりま……え、えっと。分かった、よ。レン。よろしくねっ」
呆れたわ、とルイーダは言った。
「何が気に入ったの、あの男の?顔はいいけど無愛想だし、腕もいいけど、協調性ゼロよ?」
言いたい放題だなーと私は逆に笑ってしまった。
「身のほどをわきまえた人は、頼りになるじゃないですか。 私を勇者だって、実力以上に期待されても困りますし、現実を見てない人はもっと困るんです」
ルイーダは不思議そうで、けど、それ以上に楽しそうだった。
「少なくてもあんたは、あいつとうまくやっていけそうだね」
だといいなあ。
※※※
待ち合わせ時間までは後一時間。 最後の一人を決めるのに、私は少し困ってしまった。 私が勇者で、武闘家のレンとヒースだ。ヒースの得意技を聞いていなかったせいで、後一人に対する決めてってものに欠ける。 レンがまったく魔法と縁がないみたいだから、魔法が使える人がいいんだけど。 登録にあった魔法使いは、勝ち気な印象を受ける女の子で。 同じく登録にあった僧侶は、どこかおっとりとした印象のおじさんだったのだ。 どちらとも喋ってみたのだが、どうにもこうにも。
「あなたが勇者ね?ちょっとがっかり、てっきり男の人だと思ったのに。 でも、まあいいわ。あたし、この腕を振るう機会を探してたのよ。 魔王を倒すなら、やっぱ必要でしょ、この魔法の腕が。 勇者には勇者の使える魔法があるっていうけど、専門家には適わないわよー。 思いっきし腕を振るってあげるから安心してちょうだい。 ところで、あの武闘家のレンってかっこいいわよねえ。前からちょっと気になってたの。 勇者となれば恋愛は御法度でしょ?気に入ってるみたいだけど彼はあたしに譲ってね」
「あなたさまが勇者さまでいらっしゃいますね?お待ち申し上げておりました。 わたくし、ダーマ神殿からじきじきに命を受けて参りました、僧のニコライと申します。 勇者さまのためにこの命捧げさせていただきとうございます。 と言いますのも、わたくしの妻も子も、魔物に……。くう……。 憎きバラモスを倒すため、わたくしのこの命、存分にお使いくださいませ。 そして、必ずや世界をお救いください」
うーん、と私はうなる。 横で同じく話を聞いていたレンは、そっけなく言った。
「どちらでもそう変わりはしない。出しゃばりも従者気取りも、足手まといということでは変わらない」
うーん。
どうにも決められなかった私は、とりあえずヒースと合流しようと考えた。 まず、レンとヒースと会ってもらって、それから、ヒースに何が得意か聞いてみよう。
「ヒース……どこかで聞いた名だな」
レンは言う。
「そうなの?」
「俺が覚えているということは、ロクでもないことで名前を売ったに違いないが」
うわー。凄いこと言ってる。
西門に続く道は、ルイーダの酒場と私の家の真ん中。 小さいころから、実はちょくちょく抜け出て、外門の外で遊んでいたというのは秘密の話。 外壁の中は剣の練習や魔法の練習に向いていないからだ。 おかげで、スライムやおおがらすくらいなら、一撃で落とせる自信がある。 「あ、いた。ヒースーっ!」
大きく手を振り、私は叫ぶ。門のところでのんびりと壁にもたれていたのは銀髪の青年だ。 思わずこっそり比べてみたが、ヒースとレンとは、やはり顔のいい度ではいい勝負。タイプが違うけど。
ヒースは私の声に気づくと、ひょいと片手を上げて答える。
「おや、一人だけ?」
「うん……もう一人はちょっと決めかねてて。こちらはレン。武闘家だよ」
「そうか。どうぞよろしくな。おれはヒースと呼ばれてる」
そう言ってヒースは片手を差し出したけど、レンは視線を向けただけで握手を返さなかった。
「無愛想だねえ、君」
「無駄に愛想を振りまくつもりはない」
あらら。どうやらタイプは、真逆だったんだろうか。 私がどきどきしながら見やると、ヒースは「そうそう」と言葉を返した。
「アルテア、君、ホイミは使えないよね?」
「え?」
ホイミというのは回復魔法だ。もっとも初期の魔法の一つだけど、私はまだ使えない。 首を振ると、彼は困ったねと言った。
「実は行き倒れを拾ってね。死にかけてるんだけど」
「先に言って!!」
※※※
ヒースが言ったのは、外門の外で倒れた女の人だった。年齢はたぶん、私よりも上。 僧侶の法衣に身を包んでいるけれど、やけにボロボロだ。 ホイミは使えないけど、旅用に薬草を買いだめてあったので、さっそく煎じて飲ませた。 美しい紫がかった髪が、ほつれていて気の毒だ。 薬草を水で流しこむと彼女はすぐに回復したようで、ほっとした。 怪我の原因はどうやら魔物に襲われたせいのようだ。 これは放っておけまいと、ひとまず外壁内へと運びこむ。
「この人、どこに倒れていたの?」
ヒースに尋ねると、彼は肩をすくめて見せる。
「レーベからここに向かう街道。倒れてたんで、ここの兵士と一緒に見つけたんだ。 小さな子どもを抱えて倒れてたんで、親子か姉弟かと思ったんだけどね」
「子どもの方は?」
「兵士に付き添わせて、レーベの村に届けさせたよ。そっちの出身だと言うから。 でも、こっちの娘さんは旅人らしかったからさ。それなら、サポートは王城の方がいいだろう?」 驚いて目を丸める。 私がヒースと別れてから、たったの数時間。 ルイーダの酒場に寄ったりしている間に、そんなことがあったなんて。
「薬草持ってなかったの?」
「それがねえ。そういうの入った方の荷物、どこかに忘れてきたみたいで。 正午までじゃ、買い足してる時間がなかったんだよ」
ああ、そういえば。その荷物、私が預かってたからか。
「間が抜けているな」
レンは言った。 どっちに言ってるんだろう……。
「申し訳ありません……ご迷惑をおかけしました」
彼女は深々と頭を下げ、私に言う。 服装はボロだけど、相当綺麗な女の人だ。 紫がかった長い髪を僧侶の帽子の中にまとめていて、瞳も同じ色。 こんな人、街にいたら評判になっているに決まっている。ってことは、やはり旅人なのだろう。
「ううん、とんでもないよ。間に合って良かった。 それに、お礼はこちらのヒースに言ってね。見つけたのは、彼だから」
「え、おれ?」
きょとんとして、ヒースはちょっと決まり悪い顔をする。どうしてだろう。
「いや、おれは別に……。それに、助けたわけじゃないし」
「謙遜はおいといて。それより……どうしたの、こんなところで? 外門の外は魔物が出るから、外出時には護衛を連れるようにってお触れ聞かなかった?」
これは事実だ。少なくてもアリアハンでは、短い旅でも護衛を連れるようにと言われている。 こっそり外門外で修行とかしてる私が言うことではないけど。
「いえ……その。わたしはレーベからこちらに来る途中で」
ああ、なるほどと私はうなずいた。
「もしかして、外大陸の人?お触れ知らなかったの?」
こくりと彼女はうなずいた。
アリアハンはちょっと特殊な構造を持つ国だ。 海に囲まれた国でありながら、海流が激しく船を寄せることのできる港がほとんどない。 数少ない港は、国の管理下に置かれた貿易船や連絡船だけ。それも年に数便のみ。 そのため、旅人の多くは旅の扉と呼ばれる道を通ってやってくる。 でも最近、旅の扉を通って魔物がやってくるなんてことがあったせいで、大部分が封鎖されている。 彼女は珍しい例になるだろう。 「なるほど。次からは気をつけてね。アリアハンは他よりも魔物が弱いって言われてるけど……。 それでも、出ないわけじゃないから」
アリアハンに強い魔物が出ないのは、国家のフォローとオルテガのおかげだと言われている。 アリアハン侵攻の先兵が国王を狙ったのを見事打ち倒したことが効き、魔王群の侵攻が後回しになっているのだとか。実際は攻め方を変えただけみたいだけど、まあいいよね。 「あの……もしかして、あなたは……アルスさまではありませんか?」
私はちょっとぎょっとした。 アルスの名前は、知られていないはずなんだけどな……。
「え、えーと。アルテアって言うんだけど?」
私の驚きを人違いのせいだと思ったらしい。彼女はぱっと顔を赤らめ、「すみません」と詫びた。
「ううん、構わないよ。それよか、どうしてこんなところに?」
「船を、探しているんです。どうしても行きたい場所があって」
「……船……?」
今度こそ私は戸惑った。 先も言った通り、アリアハンの船は国の船だ。滅多なことでは一般人は乗れない。
「個人船なら、ポルトガだ。アリアハンは見当違いだな」
レンがそっけなく言う。
「詳しいね?」
「俺は大陸から来たからな」
「なるほどー。それでか。じゃあ、大陸についてはけっこういろいろ知ってるんだ?」
「人並みにはな」
そっけないが、レンはなかなか親切だ。私は自分の目に狂いがなかったことに満足した。 「ねえ、あなた僧侶?」
「え?あ、はい。そうです。まだ未熟者で、初歩の回復魔法が使える程度ですが……」
「倒れてた時には、使う余裕がなかったの?」
「使えるだけ、使いきってたんだよ。魔法はけっこう精神力を必要とするから」
フォローを入れたのはヒースだった。彼女はうなずく。
「ヒースさん、ありがとうございます。あのままでは、わたしもあの子も……」
「いえいえ。あの子、弟ってわけじゃないんだね?」
「はい、村の子で……」
「行方不明になったんで探しに出たとか?」
今度は私が尋ねる。なんか聞いてばっかりだ。 彼女も忙しく顔を動かす。話をする時には相手の顔を見るのがくせになっているんだろう。
「少し違います。こちらに向かう途中、迷子になって泣いているのを偶然見つけて……。 村まで送ろうとしているところを、襲われたのです。 必死に逃げたのですが……魔法を使いきってしまって、にっちもさっちもいかず」
彼女は悔しそうに視線を落とした。
「本当にありがとうございます。おかげで助かりました」
ううん、と私は首を振る。
「ねえ、それよりも。あなた、私たちの仲間にならない?」
「……え?」
「へ?」
「何?」
驚きの声は、彼女からだけじゃなくて、ヒースやレンからも出た。
「あなた僧侶なんでしょう?私たちね、魔法使いか僧侶に加わって欲しいなって思ってたんだ。 旅していれば、いずれ船に乗る機会もあると思うし。 行きたいってとこ、巡回船が出るようなとこじゃないんでしょ? じゃなきゃそれこそポルトガとか、ロマリアとか行くよね」
「え……?え?で、でも? アルテアさんは、どちらかに旅する途中なのでは?」
「うん。魔王退治に行くんだ」
私が笑うと、彼女ははっきりと青ざめた。 魔王が怖いとか、冗談だろうとか、そういった雰囲気じゃない。 言葉の意味を理解して、その上で青ざめたといった風だった。
「魔王……?バラモスを倒しに行くと……?」
「うん。冗談だと思う?」
彼女は少しの間、青ざめたまま考えていた。私の目をまっすぐに見やり、そして首を振る。
「いいえ。アルテアさんは嘘をついたりする方ではありません。 まだお会いしたばかりですが……分かります。 こんなところで、魔王退治を志す方に出会えるなんて、神に感謝したい気持ちです」
彼女は言い、私の手をそっととった。
「こちらからお願いします。ぜひ、私も同行させてください。 魔王バラモスを退治するための、力とならせてください!」
「……本気?」
ヒースが一言だけ尋ねる。彼女はこっくりとうなずいた。
「わたしはポーラと申します。どうぞよろしくお願いします」
※※※
四人となった”勇者パーティ”なのだけど。 残念ながら出発は明日の朝ということになった。 いろいろあって夕刻近くになった上、ポーラが精神力空っぽだというからだ。 三人を連れて家に帰ったら、母はちょっとだけ呆れていた。 だからって「道に迷ったの?」はないよねえ。
なお、国王からの援助武具は、予想通り大部分が路銀に変わった。 |