”オルテガの遺児”




「オルテガが一子、アルテアにございます」

 謁見の間に進み、教わった通りに礼をする。
 王様の前に出るのだからと母から作法を教わったのだけど、どうにも身につきはしなかった。
 こういうものは個人差があるのだと思う。
 母はオルテガの妻として、随分と王室には出入りがあるらしく。
 実は貴族の出身だという噂も、あながち嘘ではなさそうな気品を持っていたりする。


「おお……!オルテガの息子……いや、娘だったか……」

 感無量といった国王の声は、だが途中で悲しそうなものに変わった。
 無理もないだろう。
 無念のうちに命を落とした勇者の忘れ形見となれば、精悍な息子であって欲しいだろうから。


「女の身でありながら、父の無念を晴らしたいというそなたの希望、確かに聞き届けた……!」

「ありがとうございます」

 深々と礼をつけて、私は顔を上げる。

「おお……オルテガの面影がある。凛々しい顔つきだ」

 国王の顔には喜びが浮かんだ。

「よく見せてくれぬか」

 そう言って、自ら玉座から降りてくる。
 側近たちがざわめいたけど、国王にはささやかなことだったようだ。
 私の顔をまじまじと見て、父の面影を見つけてはらりと涙をこぼした。


「……あれは、勇敢な男だった。
 世界のため、人々のため、愛する妻と子どものためにも、いち早く平和を取り戻したいと……。
 あれのおかげで、世界はバラモスの脅威を十年知らずに済んだ」


 もはや言葉にならぬ。そういう国王の声は、少なからず私の胸を痛ませる。

「……申し訳ありません」

 私は小さな声で詫びる。

「お待たせしてしまって」

 国王は小さく息を飲んだ。

「父に代わり。今度こそ、平和な世界になるよう努力します」

 にこりと笑ってみせると、国王は心底嬉しそうに笑ってくれた。

「勇者アルテア!そなたの前途を祈っておるぞ!」

 それから国王は一つのサークレットを取り出してくる。金装飾の、さほど派手ではない代物だ。
 戸惑う私に、国王は言った。


「そのサークレットはそなたの身分を保証する。アリアハンが後ろ盾となる勇者の証としてな。
 各国にはすでに通達を送った……必ずや、そのサークレットを見て協力してくれるだろう」


 サークレットは少し大きくて。髪の上から合わせるとぴたりとはまる。
 私の黒髪には少し目立ちすぎるかな、と思ったけど。
 国王がサークレットをした私を嬉しそうに見たので、良いことにした。


「頑張ってきます」

 私が言うと、国王は微笑んだ。

「世界を頼むぞ」




   ※※※




 私の名前は アルス=アル=ローダという。
 勇者と呼ばれ、世界に愛された男の娘だ。
 もっとも、オルテガの活躍を私自身はよく知らない。
 立派な男だった、と涙ながらに訴える人々のおかげで、立派だったのだろうと思うだけだ。
 精霊ルビスの加護篤きアルスの名前を子どもにつけるあたり相当な親馬鹿だったんじゃないかとも思う。
 幼いころには抱かれた覚えもある。けれど彼はもういない。
 ”世界を救うため”魔王と呼ばれる魔物に挑み、そして果てた。
 魔王の居城であるネクロゴンドの麓、火口までは迫ったというのだから、頑張った方だろう。
 惜しかったと思う。


 幼いころはずっとアルスと呼ばれて育ったのだけど、今の私はアルテアと呼ばれている。
 ちょっと女の子っぽい名前になったな、と思わないでもない。


 謁見の間での会見を済ませ、私は脇の部屋で待っていた。
 城の部屋はみんなこうなのか、やけに豪奢でセンスのいい部屋だった。
 大きなベッドがあって、寝室だろうなと思わせる。


 仲間の分の武具を用意するから、と大臣に言われたのが理由だ。
 謁見の間でずらーっと用意しても良かったらしいのだが。どんな仲間を連れる気かも分からないのに、武具だけ押しつけられても困る、というのと。謁見の時間を長引かせるわけにはいかなかったのだ。
 アリアハンはかつて大国だった名残から、各国からの使者が多い。
 ”勇者の旅立ち”というイベントも、各国にはあまり関係のない出来事なのだ。
 どうやら、各国は勇者がやってくるまではそれに気づかぬつもりでいるらしい。
 まあ、無理もない。いつ来るか分からない勇者を当てにされてもね?


「あれ?」

 がちゃりと扉を開ける音がして、私は振り返る。
 てっきり大臣か兵士だと思ったのに、入ってきたのは軽装の青年だった。
 旅人なのか、丈夫そうな服装に合わせて腰に短剣を下げている。
 珍しいことに、銀髪だ。城下では見たことのない色。


「君、誰?」

 それは私が知りたい。

「アルテア。あなたこそ誰?」

 私の名前を聞くと、彼は少し首を傾げ、「ああ」と小さく納得した声を上げた。
 そのまま私に近づいて、人好きのする笑顔を浮かべた。
 間近で見るとけっこう背の高い人だ。年は20才くらいだろうか。かなり、整った顔立ち。


「オルテガの娘さんだね?」

「知ってるの?」

「そりゃあ。有名人だしね」

 それは父の方だろうなぁ、と思いながら、私は笑った。

「大臣さんから聞いてない?私はここで待つように言われているんだけど」

 あっさりと部屋に入ってきたのは関係者だからだろうと察して私が言う。
 彼は「ん?」と少々意外そうな顔をした後、苦笑いする。


「ああ、うん。どうやら俺が部屋を間違えたみたいだ」

 ふと、彼の顔が張りついた笑みになる。

「でも、用件は済みそうだね」

 すっと彼が距離を詰めた。


 ガキッ……

 間近でぶつかった剣と短剣。火花を散らすほど”間一髪”。
 危なかった。
 この人……、速い。
 ぱっと距離をとり、私は両手に剣を持ち変える。
 正眼で彼を見据えながら、私は壁を背にする。
 短剣の使い手は足の移動が素晴らしく、油断するとすぐ後ろをとられる。
 部屋の作りは入った時に確認している。
 国王の間から通じるだけあって、ここの壁は貫けるほど薄くない。


「……驚いたな」

 彼は言った。構えには隙がない。
 スローモーションを思わせる仕草で短剣をしまい、元の笑顔を浮かべる。
 否、斬りつけてきた瞬間だって、彼は笑顔のままだった。


「手慣れてるのかい?」

「あいにくとね」

 私は言う。あまり自慢できることではないけれど。

「私の父親、有名人だから」

 それから、私は剣を下ろした。

「あなたの目的は?」

「うん。一緒に旅をしようかと思ってね」

「……え?」

 私は驚いた。さすがに、これは意表をつく展開だ。
 いきなり斬りかかってきたら、”目的はおまえの命だ……”とかっていうのがセオリーじゃないの?
 呆けたように顔を上げた私に、彼はちょっと困った顔をする。


「ルイーダの酒場に行けって言われなかった?」

 言われた。私はうなずく。
 それは、アリアハンが誇る人材登録所の名前だ。
 アリアハンが大国でなくなってからも各国からの冒険者たちが集まってくる場所だった。
 女店主は代々ルイーダという名前を継いでおり。彼女の目に適う者でなければ登録はできない。
 オルテガを亡くした哀しみの濃い国王は、どうしても一人旅はさせたくないらしい。
 そうでなくても、私も一人旅は勘弁願いたかった。
 バラモスに辿り着くまでどれだけかかるか分からないけど。
 たった一人で成し終えると思うほど、私もうぬぼれやではないつもりだ。


「登録者に君が会う前に、会っておきたかったんだよ」

 彼はにっこりと笑った。

「そのついでに、剣を振るうの?」

 さすがにちょっとやりすぎなんじゃない?と首を傾げる私に、彼は苦笑する。

「そうだね。
 ……でも、予想以上に危険だと判断したから」


 そうして、彼は背を向ける。入ってきた時のように、何気ない仕草で出ていこうとする。

「あ。ちょっと、待ってよ」
 
 声をかけた私に、彼は不思議そうに振り返る。


「名前はなんて言うの?」

「……え?」

「仲間になるのに、名前も名乗ってくれないの?」

 彼は今度こそ驚いた顔をした。

「……ヒース」

「ヒースね。出発は、正午にするつもりだから、外門まできてね」

「……ああ。了解した」

 ヒースは今度こそ笑った。まいった、とかつきそうな感じの笑い方で、どこか無邪気な笑みだった。
 妙に手慣れた印象を受ける笑みよりもこっちの方が自然な感じがする。


 彼がいなくなった後の部屋でのんびりして、さらに一時間。

「勇者さまっ!ここにいらしたんですかっ!?
 一階の奥の部屋だと申し上げましたでしょうに!
 ここは、姫さまの部屋ですっ!」


 駆けこんできた大臣の姿に、私は目を白黒させる。

 どうやら、部屋を間違えていたのは私の方らしい。




   ※※※




 国庫から支給された武具は、全部で四人分。
 長旅をするのに大人数だとまとまらず、かといって、これ以上少ないと不安だ、ということみたい。
 オルテガの旅がどうだったかは知らないけれど、火口に落ちた時のオルテガは一人だったと聞いている。
 四人ならば、役割分担もできて良いことだろう。
 例えば、戦い一つをとっても。私は剣が得意だけど、魔法はさほど得手ではない。
 一人で回復も攻撃をもこなすことなどできはしない。
 ああ、しまったな。ヒースが何を得意としてるのか、聞き損ねちゃった。
 短剣を持っていたし、前衛ってわけではないのかもしれない。


 一応、戦士と僧侶と魔法使いならバランスが良いだろうと思って、それ用の武具をもらっておいた。
 ヒースが必要なければ、売ろう。路銀の足しにはなるだろうから。
 
「ちょーっと、そこの方ーっ!」


 四人分の荷物を抱えてよろよろ歩いていると、女官と見える女性が駆けこんでくる。

「姫さま、ご覧になりませんでした!?」

 私は目をきょとんと見開く。

「いいえ。ここをお通りになったのです?」

 アリアハン国王には、一人娘がいる。金髪を高く結い上げ、豪奢なドレスを着た色の白い娘さんだ。
 数年前に王妃を亡くした国王は娘を溺愛していると聞いているし、式典のたびに顔を出す王女は、国民の人気者でもある。
 なんといっても、美人なのだ。年は確か、私と同じくらい。
 アリアハンには金髪の人は少ないのだけど、これは王妃の出自に由来するらしい。
 絵に描いたようなお姫さまっぷりが愛おしく、お姫さまファンクラブも存在する。


「そのはずなのです!ああ、もう、どこへ行かれたのかしら。
 あれほど、外に出てはいけないと申し上げているのに!」


 女官はイライラとした口調で叫び、頭にかぶった帽子ごと、髪をかきむしった。

「ええと……。探すの、手伝いましょうか?」

「そうしてくださる!?嬉しいわ、では、私は向こうを探しますから、あちらをお願い!」

 そう言って女官はもの凄いスピードで角を曲がっていった。
 「姫さまああ」と叫ぶ声は、おそらく城の外まで聞こえるだろう。
 姫さまも方向音痴とは、共感を覚える事実発見だ。
 さてどうしよう、と私は考え。大荷物はちょっと申し訳ないけど、脇に置いておくことにした。


 アリアハンの城は謁見の間に通じる大階段を囲うような作りになっている。
 右回りでも左回りでも、一階を回りきるにはかなりの時間がかかるのだ。
 一人で人捜しをしていたら、すれ違って仕方がないと思う。
 女官が右回りに走っていったので、私は左回りに探すことにした。


「姫さまー? どちらにおられますー?」

 はた、と私は気づいた。そう言えばアリアハンの姫さま、お名前はなんと言ったかな。
 姫さまとばかり有名だから、うっかりしてた。
 面識もないんだよね。顔、分かるかな?


「姫……っと?」

 視界は急に明るくなった。城内はライトがたくさん灯っていて明るいのだけど、ここはまた格別。
 どうやら中庭に出たようだ。
 穏やかな木々のざわめきと、水のせせらぎが聞こえてくる気持ちのいい中庭だ。
 日当たりもよく、手入れもしっかりしている。
 城にはいい庭師さんがいるらしい。
 外壁の中とは言え、ちゅんちゅんと鳥の声を聞き、私は嬉しくなって目を細める。
 平和だなあ。


 国王は魔王をバラモス、と呼んだ。
 おおよそ十数年前、突如現れた魔王の名前だ。
 バラモス出現により、ネクロゴンド国は滅び、近隣の街や村は絶滅した……と聞いている。
 だがそれ以上に人々が参っているのは、出現する魔物が増えたことだ。
 毎日の生活がひそかに脅かされている。
 それを統括する魔物がいるということを、人々はきちんと理解する暇がない。
 旅をする商人たちも、自衛のために剣をとる。
 これは、ちょっと悲しいことだ。


「あれ?あなた、知らない顔ね?」

 声をかけられた。
 金髪を高く結い上げた、飾り気の少ないドレス姿の女の子だ。私と同い年くらいだろうか。
 一瞬息を飲むような美貌の持ち主だった。


「知らないの?ここの中庭は、わたくしの許可なしでは立ち入ってはいけないのよ?」

 がーん、そうだったのか。

「ご、ごめんなさいっ!」

 あわてて頭を下げた私に、彼女はおかしそうに笑った。

「いいわ。許してさしあげる。迷ってしまったの?」

 はっ、と私は真顔になった。お姫さまを捜しに来て、迷ってしまったなど冗談にもならない。

「ええと、人捜しをしていて」

「あら、そうなの?ここには、探されてるような人は来なかったけど」

「そうですか……。んじゃ、別をあたってみます」

 私が言うと、彼女は楽しそうに笑い、それから、小さな袋を取り出した。

「なら、そのついでに、これの持ち主に会ったら渡してくださらないかしら?」

「これは?」

 古ぼけた袋だ。言っちゃ悪いけど、この女の子の綺麗な格好には違和感がありすぎる。

「銀髪の男の方がね、忘れていってしまったの」

 銀髪。ふと、私はヒースを思い出す。

「本当はわたくしの手で手渡したかったのだけど、彼はもうアリアハンを離れるというから」

 女の子は悲しそうに目を伏せる。

「……恋人さん?」

 私が聞くと、女の子はぱっと顔を赤らめた。

「そ、そそそ……そんなんじゃないのよ!
 わ、わたくしと彼は、けっして。違うわ。誤解しないでね?父さまには特に内緒よ?」


 彼女の狼狽っぷりといったらなかった。
 ぱたぱたと手を動かし、ぎゅっと袋を抱きしめ、赤くなったほおをぺちぺちと叩きながら照れている。
 かわいいなあ。


「銀髪の方に渡せばいいんですね?」

「え、ええ。そうなの。きっと旅に必要なものだと思うのよ」

「分かりました」

 私が言うと、女の子は嬉しそうに笑った。はにかんだ顔がまた可愛らしい。

「銀髪の人は珍しいから、すぐに見つかると思います」

 もしヒースなら、今日の昼には会うのだし。簡単なお使いだ。
 私が素直に引き受けたのが良かったのだろう。女の子は安心したように笑った。


「ええ。どうぞよろしくね、勇者さん」

「え?」

 私が驚いて目を見開くと、女の子は私のサークレットをつんと指差した。

「これこれ。あなた、勇者アルテアさんでしょ?」

 おお、と私はびっくりした。
 サークレットで身分が分かるってこういうことか。
 城にいる人には、すでに伝達されているってことなんだろう。
 さすがに国王、やることが早い。


「はい」

 私がうなずくと、彼女は優雅にドレスの端をつまんでお辞儀した。

「先ほどは失礼。わたくしはアリアハンの姫、ミリーナ。
 勇者さまが優しくて気さくな方で嬉しいわ」


 私は驚いて、目を見開く。
 考えてみれば、アリアハンの城にいる金髪の女の子って、他に可能性がなかったのかもしれない。



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