<白虹>
ひらひらと娘の後を追う白い影。 掠れた唄声が流れる後ろを、子供達の歓声と白い影が痕を引く。
幕府の役人を一撃で下した、あれ以来鬼哭村の村人達は違和感なく龍音を受け入れたようだった。悲しみも嘆きも憎しみも口にしない娘を、鬼が。 龍音は負に表情を染めはしなかったが、笑いもしない。 辺りを跳ね回る子供達にもそれは同じであったけれど、龍音様、と手を引かれて子供のあそびを教わる姿は穏やかな気配があった。 特に切支丹たちの崇拝の目には困惑を覚えたらしい龍音、見回り途中にそんな彼女が子供達と居るところを見た。 大人は仕事があるが、ここは子供達を自由に遊ばせられることができない。そんなに安全ではないのだ。 いつもは奔放に遊びまわる子供らだが、今は龍音の周りに集まっている。当の彼女は、そんなに言葉が上手くならないというのに。 憎しみのない氣に惹かれるのだろうか、と天戒は自嘲した。
「天戒」
穏やかに顔をもたげて龍音が天戒を見る。紅蓮の髪をした男はさざめく子供達に微笑みを見せた。 ひらり、と龍音の傍から飛んできたのは白い蝶。龍音は子供達と別れると、蝶の後を追うように天戒の傍へと近づく。 「散歩か」 「見回りだ。……どうした、子供が鬼の村で笑っているのが珍しいか?」 龍音は不思議そうに見やってくるだけだ。 「子供が生まれるのが、どうして珍しい」 ああ、でも飢饉になれば珍しいかもしれないなと続ける龍音。 何が珍しいことがある。 子供が生まれなければ人は増えない。 子供が育たなければ意思は継がれない。 己がこうして復讐の牙を研ぐこともなかろうに。 「けれども、不思議に思った」 視線を外し、龍音。 「こんなにも一生懸命に生きている村は始めてみる。けれども、死に歓声をあげるのだ」
ここは、そんな村だ。
嫌悪も悲哀も含むことなく、娘は不思議そうに繰り返した。 「不思議に、思う」 ひらひら舞う蝶。
「……見慣れぬ蝶だな」 「白虹。私の式だ」 天戒は瞳を細めてしたり顔に笑った。 「凶兆の象徴か」 「綺麗だろう」 天戒はひらりひらりと龍音の周りを飛び回る胡蝶に視線を向ける。 白い燐粉がさらさらと落ち、龍音の真黒の艶やかな髪が紗を被る。凪いだ瞳が天戒の赤を映していた。
「ああ、美しいな」
白い虹がかかる。黄泉への案内役か現世の地獄へと導くか。 美しいと思うのは――鬼ゆえか。 当の胡蝶は幻惑するように舞い続けるのみである。
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