<因果3>

「何で俺と同じ部屋なんですか!?」
「緋勇は村に来たばかりだ、一人部屋では勝手もわからぬだろう。……緋勇はそれで構わぬか?」
「ああ」
「頷くなよ!」
 他に部屋がないわけじゃ、と風祭は言い募る。
「坊やは滅多に部屋にいないからね。二人で使って丁度いいんじゃないかい?」
「澳継は雨でも外にいるからな。……新入りに、色々教えてやれ」
「だって……あ、はいっ!わかりました!こいつの好きにはさせません!ばっちり俺が監視します!」
 監視対象の目の前で公言したら意味がないだろう、と龍音は小さく笑った。
 
 風祭が緋勇の里に訪れた時を、龍音はあまり覚えていない。おそらく風祭も同じだろう。それほど幼かったのであるし、それから様々なことがありすぎた。
 だが風祭は当時からこんなように目まぐるしく表情が変わる少年だったように思う。
(お前なんかに絶対負けないからな!)
 指さして高らかに宣言する姿は物珍しく、だから記憶に残っていたのだろう。
 陰龍の温い氣が心地よく、思い出は遠い。


「雨の中歩いてきたんだから、湯をつかいな」
 桔梗にそう言われ湯殿へと案内される。着替えにと渡されたのは白い夜着だった。身長がほとんど同じだから、と風祭のものである。
 湯殿まで屋敷内にあるとは見事なものだ。一年ぶりに見た湯気立ち上る水面に、龍音はほっと吐息をつき湯殿に沈んだ。


 言い渡された部屋にたどり着くと、既にそこでは風祭が大の字を描いて眠りに落ちている。
 これでは監視もままなるまいな、と龍音は笑って布団を敷いた。
 屋敷で寝るのは、どれほどぶりだろうか。


 捜し求めて一年を放浪に費やし、一人でいるのに慣れていた。
 あの人はどこにいるのだろうか。


(唄え、たつと)

 今では全ては思い出だ。

「敵襲――っ!」
 風祭は布団を跳ね除け飛び起きた。眠りにつくのも早ければ、起きるのも早い。身支度を整えようと部屋を横断しようとすると、丁度身体を起こした物体に蹴躓く。
「っだ!?」
 見ると同じく起きようとしていた龍音が風祭に躓かれやはりバランスを崩していた。
「邪魔だっ!!そんなトコでぼーっとしてんじゃねぇよっ!!」
 長く構ってはいられない。手早く身支度を整え、手甲をはめたところで、龍音もまた帯を締めなおしたところだった。ボロの服は湯殿から出たとき無くなっていた。聞くと軽く「汚れてたから捨てちまったよ」と返ってきたのだ。
 多少乱れた夜着を整えて、走り出す風祭に続く。
「ついてくんなよっ!」
「どうして」
「どうしてもだっ!」
 龍音は仲間になるのだと桔梗は言っていた。ならば村のために戦うのは当然だ。敵襲と声高に叫ばれた今こそその時ではあったが、風祭は龍音がついてくるのが気に入らない。
「風祭様!」
「何の騒ぎだ!」
「幕府の兵が大門を破り、村の中に侵入を……見張りは弓で射殺されました」
 龍音は報告を聞く風祭を置いて駆け出した。それを見やって風祭は小さく舌打ちをする。
「御屋形様は既に向かわれました」
「わかった。お前は桔梗を起こして出ろ」
「はっ!」
 
 前を駆ける龍音に、風祭は睨みつけるように叫んだ。
「おい、龍音――」
「何だ、澳継」
 走っているというのに落ち着いた声音。それがまた苛立たしく風祭は罵る。
「徳川のクソったれだ。……復讐したくないなんて、甘ったれたことを言ってられるのも今のうちだぜ」
 龍音がちらりと振り返る。そこに何の感情も浮かんでいない様子をみて風祭は少々気おされた。
「あいつらは、腐ってんだ。行けば徳川の現状がわかる」
 それきり、走る二人に会話は無かった。


 広場は騒然としていた。篝火に照らされ、騎馬の男に率いられた複数の侍の姿。村人達を背後に庇い、それと対峙する九角の姿がある。
 大敵に面しながら村人達の姿に動揺はない。紅蓮の髪をした男の姿に、全幅の信頼を置いているようだった。
 侍は高らかに己の功績を讃え、鬼の首魁を前に幕府へ逆らう愚かさを述べていた。
 それを、どこか怜悧な表情で見据える九角とはまるで役者が違う。


「この場所を知るのはお前のみか」
「ふん、当たり前だ」
「兵も率いるそれだけか」
「お前等などこの数で十分よ」


 そうか、と呟く九角は安堵している。
 龍音は小袖の男が言ったことを思い返している。危なくなったら逃げればよい、と男は言っていた。
 だがそれは間違いだ。ここが本拠であるならば彼らは絶対に逃がすわけにはいかない。幕府の大軍を前にこのような村は、それこそ儚く消える。
 九角は、この村にたどり着かせるわけにはいかないと言う。


 たどり着いたならば、殺さねばなるまい。

 九角は、殺さねばならぬ者が愚かな圧政者であることに安堵している。
「ここを見つけなければ、もうすこし長生きできたものを」
「貴様……お上に逆らう気か」
 愚かな質問だ、と言いたげに九角は薄く笑った。逆らう気がなければ、とうにこんな生き方を止めていただろう。


「緋勇か。お前は見ていろ、これが幕府の姿……」
 風祭の横に居た龍音を見て取り、九角は刀にそっと手をかける。
「見せてやろう、俺の外法だ」


 見ていろ、と言われて風祭が駆け出すのを見送る。
 九角達は数において圧倒的に劣勢ではあったが、優れた力量をもって連携して戦っている。戦況は見る間に傾いた。
 金雇いの侍を瞬く間に倒されて、馬上の侍は焦りを見せる。白い夜着をまとい、頼りなく広場に立っていた龍音と目があった。
 九角と桔梗は村人達を背後にやってきたが、風祭と龍音は側面から駆けつけた。龍音の後方には開かれた大門があり、そこが突破口にも思えたのだろう。どけ、と声高に叫びながら侍が馬を向けさせる。
 僅か龍音は瞑目し、軽く構えた。
 走る馬に対して、拳を打ち込むのは賢くない……。
 大地の氣を瞬に練り上げ、半眼で侍を見上げた。かかげた腕を僅か下げる。
 打ち出された勁術は、暗闇を一瞬光に染めつくし、次の瞬間には男を落馬させていた。


 しん、と静まった辺りの空気に、九角が一歩踏み寄る。
 龍音は白い夜着を少しも乱さずその場に立っている。篝火に半歩近づいた姿は勁力の残りか淡く光に囲まれていた。ボロを着ていたころよりも、すっきりと見える全身に、九角が少々目を見開く。
「天戒、私は怪我人を見る」
 掠れた呟きにぎょっとしたのは桔梗と風祭であった。よりにもよって九角の名を呼び捨てた。
 ぺたぺたと地面の上を裸足で歩き、村人達のほうへと歩いていく。
 九角は同じく驚きを見せていたが、少し含んだ笑いと共に是認した。
 それは、悪くないだろう。
「龍音……お前、女子だったか」
「都合が悪いか」
「いいや」
 これから九角は命乞いを続ける侍に止めを刺すのだろう。そして、それは他の誰がやってもいけないのだった。
 龍音はいきものを殺すことに頓着がない。殺してしまえば死ぬのだし、そうでないなら生かしていい。死ねば終いだ。だからなるべく殺さないようにはしているが、それは感傷のせいではなかった。
「龍さん、じゃあ坊やと同室ってのは悪かったかね」
 同じく怪我人を見ながら桔梗が言う。龍音の力は強いものではないから、重傷なものは桔梗の方に連れて行くようにと村人に言い置いた。
「澳継の部屋がいい」
 小さく首を振って言う龍音に桔梗が目を丸くし、風祭は嫌そうな顔をした。
 あんな温い氣はそうない。この一年で始めてと言える位深く寝入った。
 龍音は木に近づいて、木に断ると数枚葉を千切る。


 ざん、という音と共に歓声。村人達が勝利に謡う中、九角が龍音を見やる。
「破壊されたところは直ぐに修理を、死者は手厚く埋葬せよ。怪我が酷いものは……」


 龍音は、怪我人達の上にはらはらと葉を降りそいだ。
「森羅万象のはらからよ、我が言霊もって呪とならん」
 掠れた声が唄うのは、他愛もない農耕の歌だった。


伸びよ育め、育み実をならせ。
おてんと様の恵みを示せ。
今年も豊作でありますように、と祈る歌。


 葉は龍脈の氣を注がれ淡く燈る。
 大地の生命の力は無限であるが、人には大きすぎる。故に強く癒せぬその唄は、だが多くの小さな怪我をそっとふさいだ。
 淡い光に包まれながら、龍音の瞳が金色に変じる。
 だが葉の光に気を取られ、それを見た者は誰も居ない。


「龍音、見るがいい。この村を」
 破壊の拳を振るった後で、癒しの唄を唄う娘に九角は呼びかける。歓声に包まれるにはあまりに悲しい顔をして。
「聞くがいい、この歓声を――」
 龍音は唄を途切れさせ、九角を見上げた。返り血を浴び髪ならず着物も赤く染めた男を。
 赤を背負うにはあまりに優しすぎ、あまりに人を慈しむこの男。だが片手に刀を携えながら、もう片方に選んだのは鬼の面であった。
「俺はこの者たちの思いに背を向けることは出来ん。俺を突き動かしているのはこの者たちの怨嗟の想い。徳川が滅ぶその日まで、俺たちは闘い続ける。それが俺たち鬼道衆の歩む修羅の道だとしても──」
 龍音は、ついてきたことは間違いではない、と思う。
 山へと踏み込んだ人間達への扱いも、罵声を轟かせる大敵への憂いも、鬼を名乗るには優しすぎた。
 こんなにも優しい修羅の道は、きっと他にはないだろう。
「この村に留まり、考えるが良い。徳川と我ら、どちらに義があるのか。その答えによってはおまえを斬ることになるかも知れぬ」
 そうでなければいけない。
 九角がその時龍音を斬る事が出来る限り、この村の安息は続くだろう。
 だがそれは、悲しいことだ。
「一つだけ」
「何だ」
「傍ら、人探しをしてもいいだろうか」
「そんなことを言っていたな……良かろう。俺にも手伝えることはあるか?」
「天戒は忙しい。気持ちは貰う」
「探しているのは、天戒様のような紅蓮の髪をしているそうなんです」
 桔梗の言葉に、龍音は瞳を伏せる。
「始めは、似てると思った。でも、天戒は全然似ていない」
 九角は、興味を持ったようだった。
「ほう?どんな男なのだ」


「柳生宗崇」

 呟く龍音の黒い瞳は、哀切に満ちていた。

「天戒と違って、優しくない男だ」

 どうして、どうしてと幾度名を呼んでも現われてくれない。
 血の紅が泣きたいくらい似合う、龍音の探している男。




戻る   進む

(11/03/20)