夢を見ていた
幼いころのわたし、ユリウスさま、そしてアーサー
恋を知らず、憎しみを知らず、哀しみを知らなかった
それなのに、想い出は輝くように残っている
けして幸せとは言えなかったはずなのに、私は確かにあの頃を愛していた
私たちは共に遊び、駆け、喧嘩をして、怒って
広がる光の空間は心地よく、永遠の遊戯を繰り返しているかのよう
幼い私がふとよそを見ると、白い衣を着た大きなアーサーがいる
アーサーは手を広げると、ユリウス様と幼いアーサーが歓声をあげて飛び込んでいく
待っていて
すぐ、私もそこにゆくわ
けれど走ってもアーサーは遠ざかり、一向に近づけない
アーサーはまどろみに落ちた幼いユリウス様を抱き上げると、私に向かって口を開いた
唇が、動く
待って
なんといったの?
もう一度教えて
手を伸ばしては遠ざかり、アーサーは笑って何も答えない――
「ねえさま」
頬を、涙が伝っていることに気づいた
横ではユリア様が優しく笑い、壊れた杖をそっと置く
ティニーが泣き腫らした目で私を見つめ、放り出されていた手を握り締めた
部屋の隅では魔力を使い果たした様子で眠っているラナとナンナと、フィー
目覚めたという言葉を聞いて、部屋の扉がそっと開く
たちまち賑やかな空気をパティが広げて
ラクチェとリーンが水を取り替え、空気を入れ替え、と忙しく動き回る
私は、なんと幸福だろうか
このあたたかな温もりこそが、私が今まで見ることを拒否してきたものであり
アーサーがユリウス様を選ぶために、切捨てていったものなのだ
「様子はどう?」
セリス公子が代表だ、と言って小さな花束を持って入ってくる
「白いのが私、青いのがリーフ、赤がアレスで……」
この、黄色いのをわざわざ鉢に植え替えてるのがファバル
お見舞いに鉢植えは間違ってるのにね
「それとセティの」
一度部屋の外に出て、白い薔薇の花束
パティが吹きだしたのを皮切りに、部屋中が笑いに溢れた
フィーは呆れたように肩を落としてる
私はくすくすと笑うと、傍で涙を浮かせて笑うティニーを見た
「きっと、リーフ王子は怒るわね。貴方にさせてしまったことを」
何を、と彼女は言わなかったがティニーは微笑んで首を振った
「ねえさまに迷いがなかったことを、私も、リーフ様もご存知です」
にいさまは、とても強かったですね
ええ、とても強かった
姉妹は笑顔を交し合い、花の香りに気持ちを委ねた
「アーサーに逢ったわ。夢の中で」
「にいさまに、ですか?」
「幼いころの夢だったのかしら。花畑で遊んでいたのだけれど、ユリウス様を連れて、どこかに行ってしまうの」
呼び止めても、追いかけても
笑って、待ってはくれなくて
「私を怒っていたのかしら……」
「いいえ。いいえ、ねえさま」
ティニーは手を握る力を強めて囁いた
「それはきっとにいさまが、ねえさまを助けてくれたんです」
だってにいさまは、ねえさまのことをとても愛してらした
従妹の横ではユリア様がそっと頷き微笑んだ
「きっと、そうだわ」
鏡を覗くと、銀色の髪をした私が見える
鏡の中の私はふとした瞬間に、私じゃないように笑う
ねえ?
私はこれから生きていく
大人になり、恋をして、子供をたくさん産むわ
たくさんの子供と、たくさんの孫達に囲まれて
やがて私も逝くでしょう
その時は天上で私を迎えてね
私がどれだけ幸せに生きたか
たくさん たくさん話すから
どうかずっと、聞いて頂戴
大好きよ、もう一人の兄上
鏡の向こうのあなた
END
後日談の、後日談