それは、鏡の中の戦争だ



「姉さん、兄さん。二人は、僕の誇りです」
あどけなく笑う、紅の瞳の少年

「だって、あの子一人行かせたら、悪いこと覚えたら大変じゃない」
薬指に指輪。漆黒の髪に紅蓮の瞳をした女

「あたしには、難しいことは解らない。でも、反逆者なんて…嘘だよ」
真っ直ぐと貫く雷精の香り。

「お前達は、囚われていたのだろう?」
不器用で冷たい、家族を思う男



…歯車がずれたのはいつだ?





「…どういうことなの?アルヴィス」
心が凍り付いていく音が聞こえる
ヒルダはそれを振り払いながら問いただした
その足元には、ぐったりと倒れた弟がいる
父を失い、兄に責められ、裏切りの中惑乱する義妹
目の前には恐ろしいほど冷たい瞳をした男がいる
末の弟には、優しかった
そのはずなのに、彼は炎を向けたのだ

「シグルドは反逆者だ。そして、姉上とアゼル、ティルテュ公女が人質に取られていた」
「シグルド公子は叛逆なんかしないよ!」
声を荒げるヒルダに、アルヴィスは疲れたように首を振った
右手を、挙げる
アゼルに向けた炎とは違う
ヒルダは背筋を走る冷たいものに、炎で目くらましをしかけた
そのまま、脇目も振らずに走る

アゼルとティルテュを撃つほどに、堕ちてはいないはずだ
そう願いながら走った

「ヒルダ!」
「ブルーム。あんたは信じてくれるでしょう?アルヴィスの言うことより、あたしの言葉を」
「……」
ブルームの表情に困惑がのぼった
この男にとって、真実に近いのはアルヴィスの言葉なのだ
失望を抱えながらヒルダは瞳を歪める
俯いて走り去ろうとしたヒルダを、ブルームの声が呼び止めた

「ヒルダ。父が死に、君とティルテュは反逆者に囚われたと聞いて、エスニャの行方も知れない。何を信じればいいのか、私には解らない、だが」
ヒルダとブルームは視線を交わせた
二人の薬指にはまるものは、二人の想いの証だった
「私が君を愛し、君が私を愛している。それだけは解っている」
「……うん」
ブルームは隠し手に持っていたワープをヒルダの手に押し付けた
ヒルダが魔法陣に包まれるのを見届け、ブルームは喧騒へと目を向ける

「何事だ?囚われていた私の妃がこちらに来ていると聞いたのだが……」





「どうして、こんなことになったの」
ティルテュは溢れる涙を拭いながら、アゼルに縋りついた
アゼルの目は見えない
ティルテュはアゼルを置いて逃げることなんて考えられない
授かった命が彼女の救いで、それがやっとこの帝国で過ごすことを許していた
「ティルテュ」
手探りで、彼女の頭を撫で、アゼルは優しく囁いた
「今はまだ、僕らは情勢を見極めなければ。……何が、兄さんとディアドラ様の元に起こったのかを」





雪降り積もるシレジア
密かに訪れる夫の去った後、現れた黒い影
「後をつければ……やはり……ね。ブルーム公、これは手酷い裏切りでしょうか?それとも反逆者を見つけてくださったのか」
黒いローブの聖職者
「あたしが、ブルームを利用したんだよ!」
ヒルダは瞳を真っ赤に燃やし、ボルガノンの詠唱を始める

「母様?」
トールハンマーに、反応する少女
「神器の使い手……娘に継承されていたか。好都合」
「イシュタルから、離れっ」
「イシュトー兄さまぁぁっ!」
視界を埋める紅

「そうそう。ヒルダ殿にはお一つお伝えしなければ」
ヒルダは憎々しげにマンフロイを見つめた

「アゼル様とティルテュ様は、亡くなられましたよ」

ひゅ、と呼吸が止まったように思えた



「……母さま、私、私は、絶対復讐します。皇帝アルヴィス……!!」





一方、バーハラの王宮では二人の子供がすくすくと育っていた
「ねえにいさま、どうして私達にはかあさまもとうさまもいないの?ユリアとディアドラ様はどこにいったの?」
幼い妹の髪を梳き、兄は答えられない
「ティニー、ユリウス。お前達は絶対に、俺が守るから――」





敵が誰だか、あの時は、知らなかった

あやふやで朧げな
鏡の向こう



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