”導き”を頂いた時戸惑った
私は導きに足るのだろうか
あの時どんなに求めても あの時どんなに過信しても
あの時は、これが人を救うと信じていて
それでも得られなかった”導き”を
リオンが死んだ。
魔殿にエフラムはノールを連れて行ったのだった。意外なことに。 優しく笑うリオンの動作は一年前に見たままで、ノールは息を呑んだ。 「エフラム、来たね」 リオンの瞳にはノールは映っていないようだった。やはり既に正気ではない。……だが、リオンだった。 動じることなく、どこか懐かしげな瞳でリオンに話しかけるエフラム。 この人が怖れていたものがわかった。 魔王に喰われた様子を演じていたリオン。それは親友達に蔑まれたくないというリオンの思いが混じっていたが、同時にそれは二人を思ってのことだ。 ルネスの双子は、絶対傷つく。それは付き合いの浅いノールでさえ確信することだった。 リオンが魔王に喰われてしまっていたら。 二人は悲しむだろう、だがリオンの思い出を、一生揺らがせること無くこれからを支えただろう。
リオンが、この道を選んだと知ったなら。 きっと、傷つくだろうから。
「ノール」 もうじきグラドにたどり着く頃合に、ノールの天幕を訪れた人が居た。エフラムである。 それを迎えながら、ノールはどこか不思議に思う。 「思えば、貴方こそがもっとも私を憎んでいるというのに……この軍で、一番話したのがエフラム様であったように思います」 不思議ですね、と呟くノールの姿はどこか穏やかで、エフラムは瞳を眇める。 「あれが望みだったのか」 問いかけもまた不思議だった。確認ではなく、どこか迷っているような物言いだったからだ。 「はい。……リオン様は魔王に心を喰われていました、けれども……リオン様の、心は残っていた」 だとすればやはり、リオンは災厄を止めたかったのだろう。その思いこそが世の中を混沌に陥れてしまったとしても。だとすれば、ノールのすることはその災厄からグラドの人々を守ることであり、復興に力を貸す事なのだ。 それとも。 「闇は……人の手には余るものかもしれません。けれども、人は闇を掌握することが出来る。それがわかったことで・・・充分です」 結局それなのだ、と思う。人の力となることが本当の趣旨ではなかったから報いがきたのだ。 なんて勝手な人間なのだろう。
「エフラム様、貴方は私の身勝手な願いに応えてくださいました」 ノールは穏やかだった。本当に、これで終わりでもよかったと思えた。
「お約束通り、この命差し上げて構いません」
瞑目。
ガン、と脳が揺らされて気づくとノールは地に伏していた。頬がズキズキと痛い。この軍事行動中は随分と自分も丈夫になったと思っていたが。 「寝惚けたことを、言うな」 エフラムの瞳に炎が宿っている。怒っている。 自分は本当にこの人を怒らせてばかりだ。 「俺とたくさん話しただと?それはそうに違いあるまいな。俺はお前に話しかけにいったのだからな」 胸倉を掴みあげられて、ノールは息が詰まった。 私を責めるためにでしょう、と言おうとして止める。
自分は、始めエフラムは自分の目を見ないといったが。 自分は、エフラムの目を見ようとしていただろうか?
「……もう、いない……リオン、っ」
リオンが実は辛いもの好きだとか。 酒に強くて底なしだとか。 研究に没頭すると食事を忘れて、倒れるから大変だとか。 凄く優しい奴だったんだ、とか。
そんな、そんな他愛もない。
「その、思い出話など……他の誰に話せるものか……っ」
「……私が、疎ましかったのでしょう?」 「そうだとも」 「……私が、憎らしかったでしょう?」 「ああ」
「……それでも、私に話しかけにきましたね」
気がつかなかったのか、莫迦。
「泣かないで下さい、エフラム様……すみません。泣かないで……」
涙を止める闇魔道はないのだろうか。 どこが得体の知れない術なんだろう。こんなに何もできないのに。
私の始めの”導き”はリオン様でした。 あの方は闇魔道の可能性を示し、闇魔道を誇ることを教えてくださいました。 誰かの役に立つ道を開いてくださいました。
私の二度目の”導き”は貴方でした。 貴方は、人間こそが最も驚くべき力を持つことを教えてくださいました。 ちっぽけな人が集まることが、どれだけ偉大かを見せてくださいました。
花の咲かせ方を研究してみよう。荒れ果てた大地に咲く花を。 横で一緒に笑ったら、きっと幸せが咲くでしょう。
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