”導き”を渡され

鈍く光る魔力の輝き
かつて求めたもの

それが余りに遠く……

「私には過ぎた代物です」
そっと返した





辛くなんかない







 一人で居ることなど辛いことではない。
 嫌悪されることなど常のことである。

 けれども。

 けれども一つ、とても耐えてはいられないことがある。





 ノールはグラド王都で加わった一人である。同じくレナックが王都で加わっていたが、彼はどうも始めからラーチェルのお供であったような印象が深い。
 エフラムのグラド進軍の中、アメリアのようにグラドに対して疑問を抱き、祖国を止めるべく参列した兵は他にも多数居たが、エフラムは王都を落とした後彼らの自由意志に任せた。
 任せる、というよりも直接的に「グラド復興のために尽力して欲しい」と言ったのである。それに頷きつつもこの戦いの結果を見届けたい、と言った4人のみが軍に残った。
 ”黒耀”のデュッセル、正義感熱きアメリア、竜騎兵クーガー、マクレガーの遺志を継ぐナターシャ。
 ……そして、そこに闇魔道士ノールが加わった。
 エフラムはこれからの魔物が出没する戦いに闇魔道士の知識が必要だろう、と言って特に参列してもらったと言った。総司令官の言葉に納得しながらも、あえてノールと接触を持とうとするものは少ない。
 闇魔道に対する何百年にも渡る忌避、またノール自身が他者を避けているような節がそれを助長させている。
 同じグラド出身と言っても彼の元を訪れるのはデュッセルくらいで、ナターシャはむしろ嫌悪しているかのような様子さえあった。
 そんな中、意外とノールと話す機会を持っているのはエフラムに随従するルネス騎士達である。エフラムがノールの元を訪れるのを、ノールを危険視して供をするためだった。
 ノールの黒い長衣はひっそりと闇に沈むものだったが、それを視認したのは、だから慣れもあったのだろう。



 ひっそりと、主の天幕に近づく影。
 カイルはそれを見て表情を険しくした。エフラムは今天幕にはいなかったが、もしかすると刺客かもしれない。
 一瞬躊躇した後影が天幕に入っていくのを見て取って、カイルは素早く後を追い天幕に踏み込んだ。
「エフラム様?」
 びくりとしたように主の名を呟き、振りかえる人影には見覚えがある。
「ノール、君か。……エフラム様は今こちらにはおられない。何の用事があったのだ?」
 青年は少し動転したようだったが、エフラム不在の言葉に安堵の気配を見せた。
「下賜の品を……私には勿体無いものですから、お返ししようと」
 ノールは懐から小さな袋を取り出すと、丁重に中のものを取り出した。それは指輪だった。ルーテと親交を結んでいるカイルには、それが導きの指輪と呼ばれる魔道士たちの力を強めるものだと認識できた。
「何故だ。エフラム様が君にお渡ししたのだろう」
 魔道士に”導き”を渡すというのは戦略上のことと関連する。そうでなくとも一度下賜された品を返還する、というのは骨の髄まで騎士であるカイルにとっては不敬なことと思えた。
「……ですが」
 ノールは瞳を伏せると指輪に視線を落とした。普段からまとった翳りが一層と深くなる。
「”導き”は……エフラム殿の買いかぶりだと、お伝えください……」
 ノールはそっと机の上に指輪を置いて長衣を翻した。
 カイルは訝しげにそれを見送った。



「ノールが?」
 エフラムは机の上に置かれていた指輪を見てカイルに聞くと、そういった返事が返ってきた。
「身に余ると言っておりました」
 置いていた外套を軽く引寄せると上に羽織る。エフラムは指輪を取って天幕から出て行く。
「少し出てくる」
「エフラム様は、ノールが……扱えるようになる、と?」

 エフラムは軽い動作でカイルを振り返った。
「できないと思えば、言いつけない」





「ノール」
 よく通る声に乗せられた自分の名。それに動揺しながら、やっとのことで振り返った。そこには碧を宿した若き総司令官の姿。
「……何か、御用でしょうかエフラム様」
 エフラムは軽く手の中の指輪を放り、受け止める。
「導きの指輪を、何故返した」
「私は・・・とても”導き”を受けられる器ではありません。どうぞ、他の方にお渡しになられますよう」
「俺は、お前に使えと言った」
「……」
 エフラムは指輪を放った。黙って見送れば指輪は地に落ちるだろう。エフラムは怒って今度こそ見切りをつけるかもしれない。
 そして魔殿へと向かう道程、後方で密やかに続いていって、リオンが逝ったのを悟ることも無く。
 終わってしまったと、グラドに帰って……。
 ノールは、手を差し出した。飛び込んでくるように”導き”が手のひらに収まる。
 凝視するように指輪を見つめた。
「返品は受け付けない」

 この人は、どうしてこうなのだろう。
 ノールは指輪を見た。
 かつて、ノールは導きを求めたことがあるのだ。研究に頓挫し道を求め、そっと導きの指輪を手にしたことがある。
 だがその時導きの指輪はノールには応えず、随分と落胆したものだった。

 研究が予知にまで及んで、災厄に気がついて、主君を追い詰めて。
 もう導きなどなくていいと思う今になって、どうしてこの人は自分に導きを差し出すのだろう。
 ……自問しながら、ノールは指輪を右手に嵌めた。

 導きが得られると思わない。
 癒しの杖など使いたくも無い。
 この先、己に先があるとも思えない――



 それでもどうしても。
 この人の失望の目に晒されるのは辛い気がした。
 他の何が辛くなくても。
 想像に過ぎないくせに。



(ああ、そうか)



 リオンはそれに耐えられなかった。










「……闇魔道士の極みは隠者と召喚士とに現在は分かれています。エフラム様は、私にどちらを志していただきたいのでしょうか」
「お前の好きにすればいい」

 だがグレイプニルを操れるようになれ。
 できるのが当然だと言っているような瞳で、続いた言葉にノールは言葉を失った。





(この瞳に失望がよぎって  ” もういい ”  と言われることには耐えられそうも無い)



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 (04/11/30)