”導き”を得ました、と報告したときだった
傷を作ることが多いこの人 どうしてそんなところを怪我するのか、と思う
怪我を、と伸ばした指先が額に触れた
拒絶の色で振り払ったその人が 一番 ”しまった” という顔をしていた
ゼトはその場に出くわしたことを非常に”しまった”と感じた。 あと少し近づけば、気配に聡い己の主君は自分に気がつくだろう、勿論何かいうわけではないが主君にそのような気詰まりを感じさせてしまうことはゼトの本意ではない。ただでさえ様々な苦悩に晒されている人だ。 主君は、エフラムは凍りついたように動きを止めていた。差し伸べられた手を振り払ったそのままに。 エフラムが動かないので、ノールもまた動けない。 すみません、とか失礼を、とかそういう風に動かそうとしている口元だけが喘ぐ。 主君の動きは依然凍りついたままだった。この様子をゼトは見たことがある。どうしようか、どうすればいいか、と悩んでいると彼はこういった仕草になる。それも長年騎士として王家に仕えていて、エフラムの成長を見続けていたからに他ならない。 時が動き始めたのかのようにエフラムが動いた。ゼトの止めていた呼吸も再開された。 この双子は揃って無表情な時はビスクドールのように静謐で器物めいた感がある。特にエフラムは感情の揺れ動きが激しいからたまに見せるそんな様子は困惑してならないものだ。 エフラムは、動いた。 振り払いかけた腕で空気を薙ぎ、瞳に怒声を込めた。 まさにそれは怒れる戦神の絵画だとゼトは一人脳内で考える。
「お前なんかが、気にすることじゃない」
ノールはすみません、と項垂れてその場を立ち去った。憤然とエフラムも視線をそらしその場を立ち去ろうとするが、その顔に浮かんでいたのは”やってしまった”という感慨である。
「エフラム様」 声をかけると主君は素早く自分に視線を向ける。
しまった、とか。 困った、とか。 どうしよう……とか。
多分エフラムも自分やフォルデ、カイル……それにオルソンにしか見せない顔だ。 早くに母親が亡くなったエフラムが、甘えを潜ませた我侭をいうのは我々にだけ。
エフラムはバツの悪げな表情で、少し瞳を伏せた。呟く。
「理不尽なやつあたりだと、わかっているのだが」
親友への責め句を告げられない。 諌めるべきなその声音に、けれどもゼトは瞳を閉じた。
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