10:「すき、死にそうなくらい」



笑顔を装うことはそう難しいことじゃない
十日間の滞在の、別れを告げるに相応しい笑顔を
昨日のことなど忘れたように

――なに、そう難しいことじゃない



10:「すき、死にそうなくらい」



「それでは、失礼しますわ」

簡素にも優雅に、聖王女の振る舞いをもって別れを告げた
だがこの男はわたくしの完璧な笑顔にも不思議そうな顔をしている
なんて配慮のない男

踵を返して、背を向けて
ああ、この男の顔を見続けたくはない

どうしてそんな顔をしているのか
わたくしがこうして去るのがそんなに不思議だろうか?



(しあわせになるなら)



そんな言葉にわたくしが、舞い上がっているとでも思ったの
笑わせないで、わたくしもまた王となる身
子供の拙い誓いあいなど、本気にはできない

わたくしの心さえも、素直にはなれない



(しあわせになるなら、きみとが)



だから忘れてしまえ
それが、貴方にもわたくしにも最善の方法

だから、いっそ嫌いと告げてしまおう

この男は呆れるほど素直に言葉を取るから
嫌いだと告げればわたくしが貴方を嫌っていると信じるでしょう?
(それはつまり反対でもそうなのだ)



10:「すき、死にそうなくらい」



なにを。



わたくしはまだ何も言ってない
貴方はわたくしの顔すら見えていない
なにを、知っているというの
だがその短い言葉は呆れるほどわたくしの胸の内をざわめかせた

空気の擦れる音
振り返らないのに、エフラムが片手を差し伸べたのに気がついた
槍を振るい、書類を繰り
羞恥にけして、取ることのできなかったその大きな手のひら



10:「すき、死にそうなくらい」



何たる卑怯者!

わたくしはその手の体温に縋りながら叫んだ
淑女に先に言わせるなんて最低な男

わたくしの取り澄ました笑顔は台無し
謁見の間で一体どんな所業?
ちょっとエフラム、少しは動揺するなり興奮するなりしたらどうですの
わたくしばかり掻き乱し、貴方は涼しい顔なんて
ああ悔しい!
このわたくしの白魚のような指先に片手を取られて、心穏やかにいるなんて認めません




ああ全く、この男ときたら!

そんなに嬉しそうな顔をするくらいなら、早く求婚してくださいな

(わたくしは、イエスの答えしか知らないのですから)



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(05/09/09)