夢をみた

御伽噺が、思い出の語りが
懐かしい血に導かれるままに

きっと未来を掴んだら





夢をみた






「それで、フィンに謝れたのか」
「うん」
「よかったよかった」
「おざなりだよアレス」
「当然だ。他人事なんだから」
「わあ、酷い」

 馬上から言い合いを繰り広げる親友二人を見て、セリスは溜息をついた。リーフの耳がぴくりと動いて、ぐるりとセリスを振り返る。
「どうかしましたか、セリス?」
「リーフは私には相談してくれないなあ、と思って」
 悲しい。大袈裟に溜息をつくと少年は慌てたように手を振る。
「そんなことありません!あの、その。セリス様は昔から憧れで。こんなことでお心を煩わせてしまったらと!」
「様ってつけた」
「わーっ!」
「馬鹿、離すな」
 本格的にぐるぐるとしてきたリーフに、馬は敏感に反応する。途端騒がしくなった馬上に少し慌てた顔色でアレスが手綱を操った。
「お前もからかうな。と、いうかもっと真面目にやれ!」
 はあい先生、と気の抜けた返事をセリスが返すと、全く、とアレスが鼻息を荒くする。

 地面の上で武器を振るうことと、馬上でそうすることには雲泥の差がある。まして騎士が主に使うのが槍というのは、馬上で剣を振るうのが馬上の利を殺しているからに他ならない。
 ユグドラルでも正統な決闘には槍が使われるし、馬上の剣を伝えるのは難しい。
 セリスとアレスは、剣の血統だ。馬上にあってもまず剣を使え、と言うのが血脈の訴える本能である。だがリーフは。

 難しいことを考えるのに、自分は全く向いていない。アレスは首をごきりと鳴らして二人の生徒に視線を戻した。










 セリスにとってリーフとは、親友と呼ぶには何かが違う。リーフにとって親友と呼ぶのは確かにセリスとアレスだろう。彼にはずっと、その身分に相応しい友達と言うものがいなかった。
(どちらかというと、持たなかったのほうが、正しい)
 リーフは最初から「親友」の座を空けておき、そうしてセリスとアレスとの出会いを迎えた。そういう気がして仕方がない。
 大地の色をした髪に、赤い柘榴色をした瞳。裏のない感情はまるで弟を見守るような気分にさせる。
(だから、リーフに他意はない)
 自然にそうなったとしか、言いようがない。何一つ自覚せず、息をするように王になっていく。望まれているように。
 セリスとは全く違う道を辿りながら。

 アレスにとってリーフとは、手のかかるガキに他ならない。甘ったれの子供のようだと思っていたら驚くような見識を見せたり、馬に乗って剣も振るえないくせに魔法を使うのだという。
 全く厄介で、気まぐれで、何をしても仕方がないなあ、という気分にさせる。まさしく子供だ。
 アレスはリーフが相談相手に自分を選ぶ理由が全くわからない。それほど親しくしているわけでもないように思うのに、リーフは始めから自分を「親友」にすることに決めていたようだった。
 頼られれば、好かれれば。悪い気はしない。
 結果アレスは親友にリーフを置くことに同意した。違和感を持たなかったのだ。





「剣は、今更教えるようなことはないだろう」
 馬だって、普通にしていれば乗れる。ただ馬上で戦うには今ひとつだ。
「まずは馬を自在に操ることから覚えるんだな」
 そういうアレスは傭兵育ちで、馬に揺られながら睡眠をとる術だって心得ているらしい。
「教わること、ないかな」
 手綱を握ったリーフがぽつりというのでアレスはどうしたのだろう、と視線を向ける。
「例えば私とアレスが剣を交わして、私はアレスに勝てるだろうか」
「俺が勝つに決まっている」
 リーフはむっと頬を膨らませたが、だがそうだね、と続けて視線を外した。

 ――厄介なことだ。
 セリスは冷静な一面でそう思う。
 リーフに澱む負の感情を、セリスもアレスもどうすることだってできない。
 脈々と人々に根付いた伝説。二人はそれを利用して聖戦を終らせねばならないのだ。リーフの戦争とは、一線を隔した場所で。
 それが隔絶を続けたトラキアを背負うリーフの宿命だと言い捨てればそうだし、弟のようなリーフをそんな言葉だけで切り捨てたくもなかった。

「リーフ」

 柔らかな声音にガーネットと視線が合う。
「私とリーフが鉄の剣で試合ったら、多分互角くらいじゃないかな」
 そして俺の一人勝ち、とカラカラ笑うアレスに肘を入れながらセリスは笑った。リーフも笑った。
「ありがとうございます、セリス」

 ……本当に、厄介なことだ。
 それはセリスの中に潜む隔壁の撤去という願望と同じくらいの高さで、セリスにもリーフにも越えられない。





 叶えば、などと。
 夢を見るようなものだ。



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(07/03/04)