せつなさと憧憬〔1〕
                  東藤和稀さま




彼女に出会ったのが僕の運命の始まり。
彼女に出会ったのが僕の運命の終わり。

ああ、分かっていたんだ。
ああ、分かっているんだ。
あれは手に入らない。
僕にはないもの。
僕とは違うもの。
ただ、それが苦しいだけ。


<1>

 「神の眼」を目指して、スタンたちは旅を続けていた。
 スタン、ルーティ、マリー、そしてリオン。
 目的地まではそう遠くないはずだ。
 途中で、厄介事を拾ったりしなければ。

「おーっ。これ、ベラの実だー♪」
 スタンの声にリオンはぴくりと眉を上げた。
 今に始まったことではないが、この男は本当に緊張感を感じさせない。
 案の定、スタンは二・三個の実をもぎ取ると、一つをリオンに寄こした。
「うまいぞーっ」
「……」
 リオンはスタンを睨み、怒りを抑えて言った。
「僕たちは急がなくてはいけない途中だ、何度言ったら分かる?」
 スタンは笑顔で対応する。
「分かってるって。でも、息抜きしなきゃ倒れちゃうよ」

「旨いのか?」
 ふいに、マリーの声が挟まる。
 ベラの実に興味があるらしく、スタンの手の中と木になっている実とを交互に見つめた。
「ええ、マリーさんもどうぞ」
 スタンは手に取ったもう一つをマリーに渡す。
 まじまじと見て、ほいっと口に放り込んだ。
「うむ。これは旨いな」
 無造作に、次の実を採ろうと手を伸ばした。
「あたしにもくれる?、マリー」
 高いヒールの靴を履いているが、あいにくルーティには手が届かない位置に実はなっていた。
 マリーは頷くとルーティに実を寄こす。

「食べないのか?」
 不思議そうに聞いてくるスタンに、どうにも形容しがたい思いがする。
(どうしてこいつらは、こう……)
 自分はこうしている間に「神の眼」が奪われると、気のはやる思いがするのに、何故こうもマイペースでいられるのだろう。
 自分たちが望んだ行動ではないと言えば、そうだろう。
 だがこの行動で額に付けられた戒めを外せるとなれば、もっと、こう、しかるべき行動というものがないだろうか?

「へー!美味しいじゃないの!」
 ルーティが歓声を上げる。
「そうだろ?」
 スタンは得意げに言った。
 その嬉しそうな様子が、妙にかんに障る。
「あんたもさー、食べてみれば?美味しいわよ、ホント」
 珍しくルーティの言葉が好意的だった。
 機嫌がいいらしい。
「こんな事で時間を食っている暇はないんだ。いい加減にしろ」
 いつものように、リオンは答える。
 素直じゃないと、分かっていた。
 だが素直になる義理などないのだ。
 こいつらは、ただ今だけの同行者なのだから。

 リオンはベラの実を、そのままルーティに投げた。
「食べたいのなら歩きながらにしろ。ここで止まっている時間は惜しい」
 ルーティは瞬間的に表情を変える。
「あ、あんったねー!!」
 滝のように続く言葉を、リオンは聞かなかった。
「行くぞ、電撃喰らいたいのろまは置いていく」
 道を踏みしめ、そして足を止めた。 
「……あれは?」
 見つめる先に、人影があった。

<2>

「ついてない」
 何度目になるのか、ルーティが呟いた。さすがに疲れているらしく声に元気がない。
 空を見上げても高いばかりで、森の木々に覆われてしまっている。
 壁はむき出しの土壁で所々崩れかけていた。

 リオンはもう少し取っかかりになるところはないかと注意深く見ていたが、土壁は、小柄な二人であっても体重に耐えるという保証はなかった。
(シャル、何か方法はないかな)
 腰に差した剣に語りかける。
 鈍い光を保つ青い刀身。インテリジェント・ソード。ソーディアンである。
『坊ちゃん、僕の力では無理だよ』
 剣<シャルティエ>が答えた。
 リオンの持つこのソーディアンの属性は土。穴を掘り進めることなら出来るかも知れなかった。
『ここの土じゃ崩れちゃう』
 道理だ、とリオンは考えた。
 取っかかりにするだけで崩れるのでは穴を掘ってはおそらく生き埋めになる。
 縄でも持っていれば良かったが、あいにくと持ち合わせがない。
「ふう」
 救助を待つぐらいしかないのだろうか。あるいはシャルティエで土を固められはしないか。

 眉間にしわを寄せてリオンが考え込む横でルーティは座り込んでいた。
 膝を抱え込んで目を伏せる。
 体力の消耗は命に関わるのだ。ましてここには新たな食料を調達する術がない。
 ルーティはレンズ・ハンターである。
 生きることに関しては、並の軍人よりも長けていた。

 ルーティとリオンがいるのは崖下だった。
 地面の裂け目と言った方が正しいだろう。
 残り二人はいない。
 別行動中だったのだ。
 つい先程の話だった。

<3>

 リオンが見つけたのは一人の少女だった。
 栗色の髪を二つに結んでいる。
 少々野暮ったいがかわいらしい顔立ちだった。
「気を失っているようだ」
 少女の様子を見て、マリーが呟く。
 一番に駆け出していったスタンはそんな器用な真似が出来ないので、
 邪魔だと言われ省かれていた。

「……」
「無視しろって言っても無駄よ」
 口を開きかけたリオンに先んじて、ルーティが口を挟む。
 口ぱくのリオンにひょいっと肩を竦めてみせた。
「あたしだって無視したいけど。お人好しなんだもん、二人とも」
(嫌がっているようには見えないな)
 おまえだってお人好しではないか、と思う。口に出すのは憚られた。
 普段の彼女は「お人好し」とは言えない。

「……う」
 少女が呻く。
「……逃げ、て……母さん…」
 かすかに声になった言葉に四人は顔色を変えた。

 少女はアナリスと名乗った。
 少女と言いきれるか微妙な年のようだった。ひどく怯え、そして急いでいた。
 四人が剣を所持しているのを見て、急に話し始めた。
「母さんが!大変なの。私を逃がして、それで」
 要領を得ない。
「落ちついて、順序立って話せ」
 リオンはいつも通りの口調で言った。
 少女はどう見てもリオンより年が上だったが、少し怯えて口を閉ざした。
「お、おい、リオン、その言い方は」
 フォローに入るスタンを、リオンは無視した。
「話してくれ」
 マリーの言葉に頷き、深呼吸してからアナリスは続けた。

「わたしと、母さんは、キヨミズの花が咲くので、森に取りに来たのよ。
 途中、ベらの実の密集地があって、そこでお昼にした。
 わたし、欲張って持っていったの。そしたら巨大蜂の一団が来て」
「なるほどな、襲われて逃げてきたんだ。巨大蜂はベラの実の汁を食べちゃうから」
 納得がいったとスタンは首を縦に振った。
「へー、詳しいこと知ってんのね、さずが田舎者」
 感心!と声を上げるルーティ。スタンは疲れた声を返した。
「誉めてんのかよ、それ?」
「あの、続けていい?」
 脱線しがちな会話に、おずおずとアナリスが言った。
 スタンを軽くあしらってルーティが「どうぞ」と手で示す。

「それで?」
 リオンの促しで、今度は堰を切ったような勢いだ。
「母さんが!!わたしが囮になるって言って!
 助けを呼んでこいって、ああ、どうしよう!母さんが!
 あなた達、剣が使えるんでしょう?
 お願いよ、母さんを助けて!!」
 四人は誰とはなしに目を合わせた。
 スタンが頷く。
 マリーも同様だ。
 ルーティはマリーにあわせるつもりらしく、仕方ないわねといった顔を見せた。
 リオンは。
「場所はどこだ?話せ」
 一番に言い出したのが彼であったことにルーティは正直言って驚いていた。
 反対しそうなものだと、思っていたのだ。

 メンバーの他の誰も知らないが、リオンは母がいない。
 同じく母のないスタン、ルーティと、似たような思いがおそらくあったのだと。
 後日、知ることになったが。

「場所は、案内できるわ。けど、でも、今そこにいるかは…」
 蜂に襲われている者がいつまでもその場にいるとは限らない。
 今回などは、食べ物を放棄すればおそらく襲われない、既に場所を離れているだろう。
「でも、そこから逃げてきたんだろ?」
 戻ればいいじゃないかとスタンが言う。
 アナリスは首を振った。
「そこに行くには、二通り道があるから」

 メンバーは一時二つに別れることになった。

<4>

 ルーティとリオンが組んだことに大きな意味はなかった。
 ティアラを外しそうな人物を監視下から外さないとしただけだ。
 スタンとマリーは、まだ信用におけるとリオンは判断した。

(考えてみれば)
 何故、自分はあの少女を助けようと思ってしまったのだ。
 厄介ごとはたくさんなのに。自分は急いでいたのに。
 リオンはふいにばかばかしくなった。
 その結果、こんな裂け目の底だ、気まぐれが起こす事なんてろくなものじゃない。
 頭がくらくらした。
 何だかどうでも良くなっている。
(くそっ)
 座り込んでしまうことを特に疑問には思わなかった。

 ルーティがそれに気づいたのは、その後だった。
 顔を上げ、辺りに目をやる。
(アトワイト、あんた、分かる?)
 一応、確認のため、剣に語りかける。
 剣の返答前に確信していた。
『…ルーティ、その通りよ』
 頭に響く女の声。
 やっぱりだ。
 ルーティは蒼白になって立ち上がった。
(この割れ目は新しすぎるのよ、……だから。……酸素が不足している!)

 レンズ・ハンターには初歩のことだった。外気に触れた土は酸素を取り込むのだ。
 深く真新しい穴は、そのため急激に酸素を奪われる。
 ずっといるならば、窒息は避けられない。
「リオン!出るわよ!」

 それと同時にリオンは崩れるように倒れた。




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