けもの道 アリス様
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「落ち着いた?」 「ああ」 随分長いこと泣いていた気がする。 「無様なところを見られたものだ」 「何のこと?」
何かあったっけ?と、ルーティはとぼけてみせる。
「あたしは、何も見てないわよ」 「ふん」
此処が暗がりで良かった。明かりの下だったら、きっと酷い顔をしているだろう。 リオンが照れ隠しついでに、辺りに異常がないか見渡す。
「おい。そろそろ体勢を立て直せ」 「………そうね。団体さんのお出迎え?随分遅いじゃない」 「遠慮したい出迎えだな」
木の中にいるのに、木の根とおぼしき触手が二人の方へとにじり寄る。 リオンが立ち上がり、一分の隙もなくシャルティエを構える。 剣と一体化したように、鋭い気配が彼を取り巻く。 ルーティは、戦闘態勢に入ったリオンの姿が好きだった。 戦神の彫刻のように凛とした彼の気配と、厳しいその表情が。 憧れに似た思いを抱きながらアトワイトを構え、ちらりとリオンを見る。 視線がぶつかる。
「ルーティ」 「ん?」 「こいつはあくまで樹木が元だ。体内の水を凍らせてやれ」 凍った水は膨張し、木の細胞を破壊する。 そうすれば、此処から脱出することも可能だろう。 水を凍らせるのは、アトワイトの得意分野だ。
「成る程。あったま良いじゃない」 「お前が悪すぎるんだ」 「あーもう!折角誉めてあげてるのに!」 「五月蠅い!良いからさっさと晶術を使え!」
外野から見るとかなり微笑ましいやりとりを交わしつつ、 襲い来る触手を次々と切り落とす。 「でも、こんなに多いんじゃ唱えてる暇なんて無いわ」
ルーティも返す刀で応戦する。 二人が背中合わせで何とか持ちこたえている状態だ。 これではとても晶術の詠唱など出来ない。
「僕がフォローしてやる。お前は詠唱に集中しろ」 「でも!こんなに多いのよ?!」 「良いから!スズメの涙程度の集中力しかないんだから、せいぜい振り絞れ!」 「あんたひとこと多いのよ!いちいち!」
悪態を吐きながらもルーティはアトワイトと精神を重ね合わせる。
『清澄なる水の流れよ、我が意志に従い賜え』
無防備なルーティの心臓目掛けて、触手の尖った先端が突進してくる。 「させるか!」 リオンが周りの数本もろとも切り落とし、更に剣圧で奥まで攻撃を仕掛ける。 「魔神剣!!」 だが、その瞬間、隙の出来たリオンの身体が触手に絡め取られる。 すぐ傍にあった気配が消えたのを感じ、ルーティが顔を上げた。 「リオンっ!」 「馬鹿、続けろ!」
ルーティが詠唱を中断し、リオンの身体を締め上げていた触手を切り落とした。 ふらつきもせずに着地すると、相変わらず迫り来る触手を斬りながら、 リオンはルーティを怒鳴りつける。
「馬鹿者!何のために僕がフォローしたと思ってるんだ!」 「だって!あんた、危なかったじゃない!」 「あれくらい一人で何とかできた!僕の足を引っ張るな!」
「だったら!ちゃんと此処に居なさいよ!あんたが死んだら、何の意味もないでしょ!」
意外な言葉を意外な人物から聞いて、リオンの身体が一瞬固まる。 「フォローしてくれるって事は、守ってくれるんでしょ?自分の命も守れなきゃ、 誰かの事なんて守れないわよ!」
横目でリオンを見ながら、いつもの勝ち誇ったような、鮮やかな微笑み。 リオンが片眉を上げて、唇を歪ませる。 「お前に説教されるなんて、僕もヤキが回ったもんだ」 「んじゃしっかりしてよね、天才剣士さん。任せたわよ」 「分かってる。今度は最後まで唱えろよ」
そのリオンの声と被って、呪文の続きが唱えられる。 雨霰の如く、四方八方から飛んでくる触手を切り落とす。 かわしきれなかったものがリオンの腕を掠め、ルーティの頬を切り裂いた。 つうっと血が流れるが、ルーティは其れを意に介さず、詠唱を続ける。 むしろ、逆上したのはリオンだった。
「この…………っ!!」 魔神剣で切り開いた先に、触手の発生源が見えた。 あれが本体か。恐らく寄生して生きている、寄宿生物の一種だろう。 モンスターの内部に寄生し、取り込んだ獲物を消化する。 その栄養の一部を宿主に送り、自分は体内に匿って貰う…そんな関係だろうと、 リオンは考えを巡らせた。
『我を守り、我を癒せし水よ。今ひとたび我を守る鎧となり、我が手に宿りて剣と成れ!』
ルーティとアトワイトを中心として光の環が弾ける。 大樹が吸い上げていた水が瞬時に冷たくなり、一気に氷の壁となる。
『アイスウォールっ!!』 「虎牙破斬っ!!」 氷の壁がモンスターの体内を覆い、氷に閉じこめられた寄宿生物が シャルティエで砕かれる。もといた場所に着地したリオンは、 そのままシャルティエに気を圧縮していく。
「目障りだ!」
闇属性の剣圧が神速の突きと共に放たれ、凍り付いた壁が一気に砕け散った。 開かれた穴から光が射し込み、氷の欠片が煌々と反射している。 「行くぞ」 ルーティに声を掛けたが、返事がない。 振り向いてみると、晶術を唱えたために精神力を使い果たしたのだろう、 ぐったりとした彼女が膝を突いていた。 リオンはひとつ舌打ちをすると、ルーティの手からアトワイトを取り上げて鞘に収め、 彼女を横抱きにして抱え上げた。
「重いな」 「……失礼ね……」 悪態に応じてこれるなら充分だ。リオンは少しだけ笑い、 改めてルーティを抱え直すと、開いた風穴から脱出した。
「リオン!ルーティ!」 モンスターの中から出ていくと、真っ先に声を掛けたのはスタンだった。 フィリアやマリーも駆け寄ってくる。 「モンスターがいきなり凍ったから、もしかしたらって、待ってたんだ」
言われて背後にいるモンスターを振り仰ぐ。 其れは、アトワイトの晶力で見事な氷の彫像と化した大樹だった。 部分的に凍らせるのが難しかったのだろう。元々樹木はそう凍るようなものではない。 大樹全体を凍らせるには、相当な晶力と、其れを操る精神力が必要になる。
「成る程、此処までしなければああも簡単に砕けなかっただろうな。 ………其れでか、こいつが倒れたのは」 ぽつりと呟いて、腕の中にいるルーティの顔を見る。 疲弊しきった表情は、何処か安堵したように穏やかだった。
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