けもの道 アリス様
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鬱蒼と木々の生い茂る密林。まだ陽も高いというのに薄暗く、 微かに靄がかかって数メートル先は白く煙っている。 スタンとリオンが邪魔な小枝を薙ぎ払って、道を切り開く。 いつ、どこからモンスターが飛び出してくるか分からないので、 後続の女性陣もソーディアンを抜いて気を配る。
「ねえ、まだ抜けないの?」 本来なら心地良い筈の森の空気が厭に肌にまとわりつく、 この森独特の雰囲気に苛ついたルーティが、先頭の二人に声を掛ける。
「もう少しだ」 リオンが手元の地図とコンパスで現在地を確認しながら答える。 「一時間もしない内に抜けられるだろう」 「あ〜もう、早くシャワー浴びたいわ」 「そうですね……」 相槌を打つフィリアのローブは、木々から滴る露とぬかるみの泥で酷く汚れている。 この森を抜けることは、潔癖性の彼女が一番願っていることだろう。
「みんな、気を付けろ」 不意にマリーの声が鋭く尖る。背後に向けて剣を構えると、 彼女の背中からちりちりと緊迫した、殺気混じりの空気が発せられる。 「モンスターか」 マリーに習い、それぞれが戦闘態勢に入る。 森の中にいれば、人間とて生態系の一部。 狩るばかりではなく、狩られることもある。 可視範囲内の茂みから、幾つかの殺気。フィリアが静かに晶術を唱える。 やがて、緊張がピークに達した。
「来るぞ!」 「空襲剣!」
マリーが叫ぶ。リオンが剣を構え直し、 茂みから飛び出してきたモンスターに向かって走り出す。 其れにルーティが続き、クレメンテのコアクリスタルが輝く。
「スナイプエア!」 リオンと同じ動きで大型のモンスターを同時に刺し貫く。 空中で一転し、ほぼ同時に着地すると、互いの背中を一瞬合わせて再び走り出す。
「あの二人、口喧嘩する割に息合ってるよな」 スタンがディムロスを振りながら呟く。 苦笑いを含んだ声で、ディムロスが答えた。 『ああいうのを似たもの同士って言うんだろう』
次々とモンスターを倒し、残るのは大樹がレンズを取り込んだモンスターのみだった。
「さーあ、観念してあたしのためにレンズを吐き出して頂戴」
ルーティが軽口を叩いて舌なめずりなどしつつ、正面から突進していく。
「左だッ!」 鋭いリオンの声。 はっとしてルーティがその方向に目をやると、 意志を持った木の根が自分目掛けて大きくしなっていた。 「きゃあッ!」 ばしん、と激しく打たれ、ルーティの華奢な身体が軽々と吹っ飛ばされる。 その衝撃で、ルーティはアトワイトを落としてしまった。
「ルーティ!」 スタンが慌てて駆け寄ろうとしたが、木の根は跳ね飛ばした彼女を持ち上げ、 本体の幹へと素早い動きで引きずっていく。
「ちっ」 リオンがひとつ舌打ちし、シャルティエを持っているのとは逆の手で 地面に落ちたアトワイトを拾い上げ、モンスターの、否、ルーティの方へ駆け出した。 だが、彼が木の根を切断するより早く、もう一つの木の根が彼を捕らえる。
「しまった!」 「リオン!今助ける!」 スタンがディムロスを構え、晶術の詠唱に入ろうとした。 「馬鹿者!火の晶術では僕たちまで被害が及ぶ!」 リオンがそう言うと、スタンは其処で詠唱をやめた。そして、目を見開く。 「っ…ルーティ?!」 はっとしてリオンもルーティの方を見ると、 木の幹が黒々と口を開けて、彼女を飲み込もうとして居るところだった。 「ルーティ!!ルーティ!!」 まだ意識が戻っていないのだろう。ぐったりとしたままのルーティが 頭から飲み込まれていく。養分にするつもりなのか。 其れを見たリオンは明らかに狼狽していた。
「ルーティっ!!」 伸ばしたところで手が届くわけでもない。 其れでも、アトワイトを掴んでいる手を、必死にルーティが飲み込まれた幹へと伸ばす。 声を限りに叫び、もがきながら。
「ルーティ!ルーティ!」 ルーティを飲み込んだ木は、そのままリオンも飲み込もうと根を引き寄せる。 スタンはさせまいと斬りかかろうとした。 「リオン!!」 「お前達はこいつを見張れ!見失うなよ!」 「え?えっ?」 とっさに、リオンが身体を捻ってスタンを見、叫ぶ。 内部に取り込まれたルーティを助けるには、自分も中に入ればいい。 再び視線を戻すと、リオンの目の前にその大きな穴がぱっくりと口を開けていた。
スタン達はリオンの小さな身体がするりとモンスターに飲み込まれていったのを 呆然と見届ける事しかできなかった。
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