「あたしがリーフさまに杖を教えてあげる」
サラにとって、リーフは月だ。太陽のように眩しくはなく、瞳に納めることはできるのに、手に入れることはできない月。白い光はどうしても焦がれて、心惹かれて仕方がない。 サラはリーフに必要な存在であったと知っている。そしてリーフがそれに深く感謝していることも。サラの出自を知っても、そのためにサラを嫌うことがないことも。 彼女が何もしなくとも、幸せにしてあげたい存在として認識されていることもだ。
だが、だからこそサラはリーフを助けたいし、リーフを助けることができるのがとても嬉しい。 リーフがマスターを目指すのだ、と言った時、だからサラは自分が杖を教える、と言った。 彼女の魔力は膨大で、神秘の力に長けている。それは攻撃の魔にも如何なく力を発揮するが、もっとも効用をもたらすのは杖にである。 「始め、杖の形で魔道を操ることは闇が始めたのよ」 唄うようにサラは言い、杖を教わるのはサラにだけ、という確約をリーフに取り付けた。 サラが杖を教えるのはリーフにだけ、と約束しなかったことが悔やまれる。 リーフは一緒に、雷の娘を連れてきた。
「杖には、指向性が設置されているの。魔力を引き出すことができれば、どんな魔力を行使するのか難しく考える必要はないわ。ただし高位の杖ほど難しいの」 リーフがティニーを一緒に連れてきたことに、サラは大変憤慨した。もともと人馴れしているわけでもないから第三者がいる、ということが嫌でたまらない。 けれどもティニーを拒絶して、リーフがサラの見ていないところで杖についてティニーと話すというのも癪であるし、なによりそんなの子供っぽい。 勘気を収めてサラはライブの杖を示した。解放軍に参画するリーフについてきてから身につけているヴェールは被ったままだ。 「例えばライブは怪我を治す、レストは身体の異常を取り除く、といったようにね」 リーフとティニーは真面目に聞き入っている。目の前に置かれたライブの杖に、触れることは先生が許可してから、とでも言う様子だ。
「はい、じゃあ試してみて」 サラがライブの杖を指差したので、二人は目を丸くした。 「サラ?」 「リーフさま、魔道の契約は支障なくできたんでしょう。大丈夫、杖もそう変わったものじゃないわ」 「あの、対象は……?」 「そっち」 おずおずと問うティニーにサラが指差した方にはくたりと首をもたげた鉢植えの花が置かれている。 杖の修練に一々人を連れてくるのは賢くない。大概は集中のための水晶や、もしくは今回のように植物が使われるのであった。 「杖は女の方が向いている、っていうの。リーフさまは手間取るわね」 サラの言うとおりであった。
幾度目かの魔力が攪拌していったのを見て取って、サラは二人の様子を見やった。ティニーの前の花はぴかぴかと元気な様子を見せているが、リーフの花はくったりと元気がない。 杖とリーフの魔力は正しく呼応しているが、引き出す寸前で散っていく。明らかに原因は、リーフの心因であった。
そしてサラは、その理由がよくわかっている。
ティニーが心配そうにリーフを見ている。そろそろ、口出しする頃だろう。 「リーフさま、休憩しようよ」 「私はまだ、大丈夫だよ」 杖から視線を外して訴えるリーフにサラはもう一度繰り返した。 「休憩しようよ。あたしも疲れちゃった」 甘えるような声音に、リーフはサラの気遣いを汲み取った。そうだね、と杖を降ろすところに、サラはきゅう、と飛びつく。座り込まされたリーフが、優しくサラの頭を撫でた。 サラはちらりとティニーの様子を振り返る。雷の娘はきょとん、と瞳を丸くして驚いているようだった。
何の、澱みもない。
サラは口をへの字に曲げて、億劫げにティニーに手招きした。 「ティニーも、休憩したら?」 おずおずと近寄ってサラの横に座ったティニーを、サラは引っ張り込む。短い悲鳴があがってティニーが倒れこむと、サラの意地悪げな、リーフの喉を鳴らすような笑い声に迎えられる。 ティニーは強張った眉を緩めると、くすくす笑った。
そろそろか、とサラは思ってまどろみから抜け出した。まさかリーフやティニーがまどろんでいたとは思わないが、突然立ち上がったサラに二人は目を丸くしている。 部屋のテーブルの上に置かれたリーフの佩剣に手を伸ばすと、サラはゆるりと剣を抜く。曇りのない刀身は魔法の一品だ。 腕に置いて、引いた。
「サラ!」 ぱあっと香る血の匂いにリーフが飛び起きる。傍らに転がっていた杖をひっつかんで駆け寄った。 集中より先に、杖が灯る。ティニーが息を呑んだ。
「……どうして、サラ。こんなことを」 あっさりと訪れた発動に、リーフは眉を寄せた。聞かなくともわかっている。わかってはいるが――。 「リーフさまは、最近考えすぎよ」 傷跡も失せた腕を見つめて、サラは密やかに笑った。
この人のために、あたしにはまだできることがある。
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