「あなたにずっと、槍を教えてきましたが」
フィンにとって、リーフは主君であり、心にひっそりとしまっていることでは、畏れ多くも息子のように思う存在である。 唯一と仰いだキュアンに預けられた、フィンの仕える二人目の主。思い出も残らぬ年頃に両親を、祖父母を、国を失い。守り続けてきた王子だ。 リーフは幼くして両親の仇撃ちを、故国の奪還を、そしてトラキア半島の統一を託された。聖痕を継がぬという謗りと共に。
何一つリーフのせいじゃない。 だがフィンもまた、リーフにそれを求めることを止められはしないのだ。
「フィン、僕はどうして槍が上手くないんだろう」 かつてリーフは、フィンにそう言った。 逃亡の身では馬を駆り槍を振るうというのもままならない。エスリンの残した光の剣が持ち手の幸福力を高めるという力を備えていたこともあり、フィンは第一に、リーフに剣を教えた。 当然槍もまた、教えるつもりだった。 だって、レンスターは槍騎士の国だ。その王子であるリーフが槍が苦手なわけがない。リーフ自身も、また彼に仕える臣下たちもそう考えていただろう。 彼の大地色をした髪は、キュアンのそれと同じだ。夢を見たい。例えその瞳が剣の国から嫁いだエスリンと酷似していても。 誰かに、何か言われたのだろうか。フィンはリーフの心を悩ませた愚臣に苛立ちを感じながら、優しい声音でリーフに言った。 「修練を積めば、いまに一番の槍使いにおなりです」 「……うん」
「頑張るよ、フィン」
リーフはマスターを目指すという。
リーフがマスターの修行を始めて、フィンはまざまざと思い知ったことがある。 剣、斧、弓。そのどれだって、槍ほど不得手ではない。 本当なら、槍が一番得意でおかしくはないのに。フィンは槍の教授には殊更気をつけていたし、リーフもまた、槍技には時間をとっていた。 そうしてリーフは努力によって一流と呼んで差し支えのない槍技を手に入れたが、それでもフィンのどこかは疑問を抱くのだ。 (足りない) その疑問が脳裏をよぎるたび、リーフの表情はひきつって、頼りないものになる。 リーフはそれほど心の機微に聡いほうではない。フィンもまた、感情が表面に出るほうではないのだけれど。
「大変な上達ぶりですね」 槍の修練を終え、フィンはそういった。本心だ。 汗を拭うリーフは未だ若く身体が完成されていない。そのため力ではフィンに劣りはするが、持ち前の敏捷性にはもはや敵うものではない。 技術が追いつけば、あっという間に越えていくだろう。 (誰を) 「ミーズを落とすことになって、トラキアが、トラバントが出てくるかもしれない」 リーフは槍を地に挿して、似合わない淡白な声音で続けた。 「今出てこなくとも。いずれ刃を交えることになる。その時私は……槍をもって向かいたいんだ」
フィンの心に、歓喜が芽生えた。
「リーフ様ならば、必ず達成なされます」 「過分な評価は嫌だよ?なんといっても、トラバントは天槍グングニルの継承者なんだ、槍でもって相対するなんて、戦術違いだってことはわかってる」 「いいえ」 いいえ。 「リーフ様ならば、トラバントを制することがおできになります」 「聖痕がないのに」 「そんなものがなくとも、リーフ様は決起し、レンスターを取り戻したではありませんか」
熱の篭もったフィンの口調とは裏腹に、リーフの表情はみるみる冷えていくようだった。 常の主ではない、と思った瞬間には既に遅く、フィン、と名を呼ばれて繋ぎ止められる。
「お前がいうのか、それを、いま」
リーフは柘榴の色をした瞳を深く眇め、がらがら声で囁いた。意識を惹きつけて止まぬ彼の声ではない。王ではなく、人である領域に留まるような声音で。 「フィン」 一晩、泣き腫らした後かのようだ。フィンはリーフがかつて、こんな声をあげた朝のことを覚えている。 「お前は、どっちがいいんだ」 キュアンか、もしくは生きていると望みが見えたアルテナか?そのどちらへも正しい答えをフィンは知っている。返答を、と開きかけた口をだがリーフは遮った。
「 」
フィンは凍りついた。少年は鈍い赤色を浮かべて嘲うと、答えなくていい、と言う。 リーフは軽やかに立ち上がると、フィンを置いて去っていく。時間が惜しいのだというように、最近のリーフは訓練ばかりしているのだ。 (急いている間は、何も考えないから?) フィンは罪悪に慄き、去った主を追おうと背中を追った。だが既に視線からは少年の姿は消え追う事もままならぬ。
すぐに、答えるべきだった。 答えるべきだったのに。
「――――聖痕のある私と今の私。どちらがよかった」
レンスターを解放し、マンスターに進んで。 ……セリスの軍は、リーフをその問いから逃さない。
だって、それこそ多数派なのだ!
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