セリノスは灰色だった
「リアーネ」
灰色の空。灰色の大地。灰色の森。黒いネサラ。 「リアーネ」 隠れ鬼をすると、リアーネは直ぐに見つかる。第一、見つからない場所を選ばないのだ。 いつだって、ネサラが直ぐに見つけてしまうところに。 いつだっていたのに。 「リーリア、ラフィエル……」 詠うように微笑み、舞うように飛ぶ。白い友人達。 「リアーネ……」 灰色の風。灰色のセリノス。
(白の王子を見つけたとき、王子の周囲には何人ものベオクの死体がありました)
ネサラは呆然と中空にとどまった。
リュシオンに、リュシオンに、リュシオンに。
俺は、ひとを殺させた。 目の前が真っ暗で、君が見つからない。 記憶の中だけでリアーネが、ネサラにそっぽを向いている。
フェニキスで行われるラグズの会合の前に、ネサラは火急の件があるから、とフェニキスを離れた。セリノスに行くのだと思われたのだろう、ティバーンは憐れんだ顔で見送った。 馬鹿なティバーン、お前の希望は半分以上間違っている。 ネサラは帝都に入るよりかなり距離をとって地上に降りた。ベグニオンは喪に沈黙している。
(神使に花を捧げたいのだが、どのような花がいいのか) 店中の花が消えた花屋に求めても無駄かと思ったが、花屋はぼろりと大粒の涙を零して奥から真っ白な花を一輪もってきて包んでくれた。 常は白く清げな帝都は喪の黒に包まれ、真っ黒なネサラもまるで皇帝の死を悼む臣民のようである。
ルカンの神殿は、静粛な喪に伏していた。帝国中が喪に落ちて、元老院は例に見ぬ忙しさである。それでもルカンの様子は神使の喪失に動揺と哀しみが拭えない、そういった様子を見事に描ききっていた。 「東の仕事の報告に。それとこの度はご愁傷さまでしたね」 薄く妖しげに微笑んで白い花を振るネサラに、ルカンは共犯者の笑みを返して見せた。 「全く。貴きお方が崩御されて私も忙しくてならない。半獣たちの様子はどうだ」 面として半獣と嘯かれても、ネサラは眉一つ動かさぬ。それは勿論、憤激していますよ。他人事のような言い方だった。 「動きそうかな?」 いっそ期待を覗かせたぎらりとした瞳に、ネサラはいいえ、と答える。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ まさか、動かしてなるものか!!
艶めいた笑顔を浮かべたネサラはまた白い花を振った。綺麗にしておきましょうか? ルカンは嫌な笑顔で告げる。そうしておけ。
――言質には満たぬが、確信はとった。 だが、それはネサラにとっては全く意味のないことだ! ルカンが失脚しようがなんだ。 ミサハの死因がわかろうとなんだ。 孫娘の行方がわかろうとなんだ。 たとえ、セリノスがリュシオンの手に戻ろうと、なんだというのか!
たった二人になった鷺が、セリノスで生きていくことなどはできない。 謝罪があろうとリアーネは、リーリアはラフィエルは鷺たちは生き返りはしない。 帝国ベグニオンがそれで崩壊して、契約が瓦解することなどありはしない!
ネサラに急務であることは権力をミサハより奪い返したルカンに取り入り、キルヴァスの立場を弱めないこと。ベグニオンが交戦状態に入らぬよう努めること。ましてラグズ国家が同胞の復讐だ、と牙と爪を揃わせぬようにすることだ。 三番目がかなり悪い。大神殿に向かいながら冷たい血がぐるぐると巡る。 傭兵としてニンゲンの戦いを食い物にするどころではない。その時こそキルヴァスは滅亡の道しか残されない。
大神殿はミサハへ捧げる献花で埋まり、立ち入りを禁じられているのが彼女が死んだ場所だという。 ネサラは花の墓場に握ったままの花を放ると、足早に奥へと立ち去った。
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