”導き”を私にほうりなげた意思はどこにあるのか
私情はないのか 皮肉の発露か
……だが、そんなことで物資を放る方ではない
信頼されているのか 単なる事務か
「私を、魔殿にお連れしてください」 後生だ、と言った男の言葉をエフラムは聞いていた。闇の樹海に入る前のことだ。 エフラムはただ、自分を見下ろしている。 これは義務だと思った。 率先してリオンに闇魔道を伝え、年若き皇子の才能に歓び、崖の上まで連れて行ってしまったことの。 既に魔王に喰われたリオンの心への、望みに報いるための。 お願いします、と跪く姿に対し、エフラムは冷たい目線をくれている。 「私に、お怒りなのは承知です……ですが、我々の所業の結末を見届けたいのです」 それが終わったら。 この命、如何様にされても構いませんから。 エフラムの瞳に怒気が混じった。こうして頭を下げていてさえそれを感じる。
碧い炎のような人だ、と思うのはこういった時だ。
額をつけんばかりに身をかがめる姿に、エフラムは名を呼ぶ。 「ノール」 棘のある言葉だった。余人であればその声一つで恐ろしさに震えたことだろう。だがノールは責められるためにこの場に訪れていた。 「お前の命が、代償になるとでも思っているのか?」
……流石に震えた。
「話は終わりだ。天幕に戻れ、明日は闇の樹海だ」 「お待ちください……」 ノールは許しなく顔をあげるが、エフラムは既に設えられた机へと目線を投げていた。この人は、忙しい人だ。形式の咎による罰を構わないエフラムは、ノールが顔をあげたことに対して特に気にしていないようである。
「どうか、お願いします。リオン様が……本当に、リオン様ではないのか」 エフラムは眉を動かした。何か吐き出そうとする。 だが言葉は途中で飲み込まれ、瞳の怒気が強まるに留まった。 「私は」
「ゼト、外に出せ」 ノールが天幕にやってきた際、静かに部屋の隅で控えていた騎士がその動きで動いた。丁寧だが異議を許さない動きでノールを外に連れ出そうとする。 「失礼します、ノール殿」 「待ってください……エフラム様」 「くどい」
まだ、あと一言言っていないのに。
ノールはそれを告げようとしたがその前にゼトに連れ出される。 「どうか……どうかゼト殿、私は魔殿に……」 「それは、エフラム様がお決めになることです」 ノールは項垂れた。解っている、だからデュッセルに仲介を頼むことなく直接ここにやってきたのだ。 「……申し訳ありません……困らせてしまいました」 グレイプニルを操れるようになれといった言葉は、己を魔殿に連れてくれるということではないのか。それともグラドに伝わる聖なる闇具を扱わせることで、私に己が罪業を味あわせたかったのか。 頼めば頷いてくれると、いつのまにか思っていたのだ。 何て思いあがりもはなただしい。 諦観に見舞われてノールはよろりと動き出した。ゼトの腕を外し、己にあてがわれた天幕へと向かう。 ゼトは、それに何か声をかけようとしたが何も言わずエフラムの天幕へと戻った。
「戻りました」 「ご苦労」 羊皮紙を開き、エフラムは眼を外さない。あの闇魔道士に対してどのように思っているのだろう?ゼトは不思議に思った。エフラムはあまり、他者に拘りがない。使える者は使う、そういう人だ。 自ら”導きの指輪”を下賜しに行くほどだから、ノールに対しても私情などないように思っていた。魔殿は未知なる場所。闇魔道に通じたサモナーであるノールの知識は、エフラムの役に立つはずだった。 「ゼト、お前も休んでいろ。魔殿へはお前も人員に数えている」 「はっ。光栄です」 臣下であるゼトに、エフラムの思考に立ち入る権利は無い。ただ年若き主のために諫言を入れることがあるだけだ。 天幕を揺らしてゼトは立ち去る。 エフラムは、インク壷にペン先を浸した。
ノールは、一つ間違えている。 そしてそれは、エフラムが伝えなければ一生気がつくことはないだろう。 それでもいいと思っている。あえて伝えたいことでなはなかった。伝えたいことでは……なかった。 羊皮紙にインクが乗せられる。
あとたった一言。それで何かは変わるかも。
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