酷く異質な存在だ 確かなフリージの流れとして 風に流れる紫銀の髪
けれど、その髪はむしろ
緋
緋の華
「フリージの?」 リーフ王子が合流したイザーク軍。セリス公子の解放軍にはティニー様やリンダ様がいらっしゃる。 それは既に聞いていたことだったが、ティニー様に申し上げたいことがあると探していた私は寄り添うように共に居た少年を見て酷く驚いたのだ。 銀色の……フリージを象徴する髪をもっていたから。
それからいくつかの話を聞いて、彼がティニー様の兄上……ティルテュ公女の第一子であることがわかった。 すこし、胸が痛む。 解放軍に属していたその方は、ティニー様がアルスター軍としてやってきた時決死の説得をしたという。それは私と兄上を思い出させた。 比べるのは間違っているが、私は兄を思い出してならない。 けれど、その方がティルテュ公女の第一子であると言うならば、私たちフリージの騎士が仕えるべくはその方だということだ。 私はフレッドやアマルダとも相談し、リーフ王子に願ってその旨を伝えるべく席を設けてもらった。 ティルテュ公女の第一子――アーサー公子と。
リーフ王子に連れられてやって来たその方は、酷く迷惑そうな顔をしていた。風に躍る長髪をそのままに、控えていた私たちに無造作に声をかける。 「顔あげてくれよ。そんなにかしこまる必要なんてない」 シレジアでひっそりと暮らしていたというその方は、士官学校で学んだ私としてはとてもぞんざいな口調だと思えた。 どうしようか・・・とても頼りない気がする。 けれど、その方が光の道に身を置き、帝国に立ち向かおうとしている方であることは事実。心がしっかりとしている方なのだ。学べば身につくことが今身についていないからと責める道理は無いだろう。 私はそう思いながら、命に従い顔をあげた。
……驚いた……。
まず視界に飛び込んできたのはその髪じゃない。鮮烈な紅だ。フリージにあるまじき真っ赤な瞳。それはいつか兄上に連れられ出向いたバーハラで見たアルヴィス皇帝の肖像画を思い出させた。 同時に、この方が本当にフリージの血統なのか疑った。 確かに髪は紫銀の色だ、だがそこから受け取るイメージはむしろ…… 瞳が紅だというならば、その髪は緋。 銀のはずの髪は、何故か私に緋色を見せる。
ティニー様を、見たことがある。 リンダ様や、ミランダ王女を。 フリージの血の流れるその方々と何故か異質なように感じてならない。銀色の少年から感じる一面のあか。 一度見たら目をそらせないような。 そうだ、この方には華があるんだと、今更ながら気が付いた。 イシュタル王女とはまた違う、苛烈な華が。
「公子、お初にお目にかかります。私はフリージのマージナイト、オルエンと申します」 「アマルダと申します」 「同じく、フレッドと申します」 「フリージの名において、アーサー公子に忠誠を」 再び頭を下げる私たちに公子は面食らったようだった。しかしそのまま何の声もかけられないので次第に私は困惑が募ってきた。 「アーサー……」 リーフ王子の促すような困惑した声。私は許されていないというのに密かに顔をあげてしまった。
「っ!」 目の前でさらりと銀糸が流れる。 顔をあげたその間近に公子の顔を確認して、私はらしくないほど狼狽してしまった。 兄上の傍で育ってきたからか、私は単なる美形には全く心が動かないほど整った人と言うものには慣れてしまっていたが、これは度が違う。 恐ろしいほど繊細な造作、作り物めいた美しさ。雪にも精霊がいるというのなら、まさにそんな姿だ。 そこに浮かんだ……言ってしまっていいのか、凄く迷惑そうな顔。 (アンバランスだわ) もう少し非現実めいた表情さえ浮かべていれば、私は公子が人間だとはとても思えなかったかもしれない。 人格抜きに美貌で声を失ったのは、イシュタル王女に兄づてにお会いして以来だ。
「えーっと、オルエンだっけ?」 「は、はいっ」 何たる失態、声が浮いた。フレッドはさぞや冷や冷やしているだろう。 「フリージの、騎士なんだよな」 「はい。現在のフリージの方針とは理想を違え、解放軍に参加しておりますがその忠誠はフリージにあります」 言下に公子に、という意味を含ませて私は答えた。 公子の瞳が冷たさを宿した。 「覚悟の上か?」 「はい?」
「イシュトーとブルームを殺したのは俺だ。フリージは俺の復讐の対象。 あんた等に恨みは無いけど、フリージへの復讐は、俺は必ず遂げてみせる。 ……その俺についてくる覚悟あっての上で、忠誠を誓うと言うんだな?」
笑顔だ。 公子の口元には微笑みが刻まれている。 けれどその瞳は冷たく、また冷たいのに私を焼き尽くしてしまいそうだ。 「はい」 言葉を紡ぐだけで圧迫感が身を包む。公子は神器の使い手ではないと聞いてはいるけれど、それに値する程大気が揺らぐ。 紅い瞳に見据えられて、私はそこに火精がいるような気がした。 「誤りの道を進んだフリージを、公子が正しになるのをお助けいたします。この、聖なる剣に誓って」 背中を汗が一筋流れる。
公子は面倒そうな顔をした。
腰の剣を抜き放ち、ぴたりと私の肩に置く。 酷く迷惑げな色は失われることはなく、神妙そうな顔は一つも浮かべてはくださらなかったけれど、その手つきは幾度も手馴れたかのように鮮やかだった。 私達の二度目の騎士叙勲の儀式は、そんな風に終った。
「イザークから来る間に何人か魔道士も解放軍に参加してるんだけど、一応俺が統率することになってたんだ。 数は少ないけど、それはオルエンに任せる」 細身の剣を収めながら公子が言った。 「アマルダは自分の部隊があるそうだから引き続きそっちを統率してくれ」 魔道士部隊と言うことは、基本は後方からの進軍となる。私はマージナイトだし、副官のフレッドはパラディンだ。それでは充分に力が発揮できないのでは、とアマルダが公子に尋ねた。 「隊には、ティニーとリンダがいる。守ってやって欲しいんだ。オルエンには悪いけど魔法を主とする戦いをしてくれ」 主にフレッドを見て公子は言った。つまりフレッドには護衛役を務めて欲しいと言うことなのだろう。公子がティニー様をそれは大事にしていることは周知の事実。フレッドは一瞬見せた不満そうな顔をかき消して真摯な顔で承諾した。 けれど、守って欲しいと言うことは……。 「公子は、どうなさるのですか」 幾分緊張のこもった声音でアマルダが再度訪ねた。それは私も気になっていたことだ。 「俺?」 公子はきょとんとした顔をして(するとひどく幼い顔になった)それから笑った。 「俺の戦い方は、ついてくるには難しすぎるよ」 公子は最前線で血にまみれながら魔法を放つのだと、後で知った時には血が引く思いがしたものだ。 「それじゃ、後でティニーとリンダに紹介するよ」 公子はあっさりと身を翻し、テントを去った。リーフ王子もその後に出て行った。
緊張が、やっと途切れた。私はぺたりと床に座り込む。 「お、オルエン様。どうなさいました」 フレッドが慌てて駆け寄ってくる。いいわねフレッド。直であの瞳に睨みつけられなかったんだから。 あれが、聖戦士の血と言うものなのか。 私は自問自答しながら体勢を崩した。固まった身体が限界だ。 そういえば、とアマルダを見上げた。彼女は珍しく緊張していたようだった。 「アマルダ将軍、とても緊張していたようだったけれど……どうしたの?」 「えっ?……あ、いえ。……皇帝陛下に、似ていたように思えたのです」 アマルダが皇帝を尊敬していることは私も知っている。なるほどそれなら緊張もするかもしれない。かくゆう私も、そんな気がしたのだ。 「アーサー公子か……」 あの方の戦いは復讐かもしれない。でも、そこに正義を願う公子の思いがあると、私たちはそう信じるしかないのだ。 公子の行いが間違っていると思えば私はきっと諌めなければならない。でも、それを斬り捨てるような方ではないと、直感のように感じた。
公子はとても異質。 雪のように美しく、火のように苛烈だ。 でもティルテュ様の遺品だと言うトローンを操る時、公子の姿は雷精のよう。 雷精は青いというのに、公子と来たらそんな時も異質なのだ。
血にまみれて。 緋の髪を翻し。 紅い瞳で敵兵を見据える。
緋色の雷精。
「公子!ヴェルトマーに行かれると言うのは本当ですか!?」 バーハラでの戦いの後、やっと捕まえた公子は私の言葉にあっさりと頷いた。 「ああ。炎の紋章は俺が受け継ぐ」 なんてこと。言葉を続けようとする私を公子が制した。
「言っただろ。……ティニーを守ってやって欲しいんだって」 悪戯っぽく笑う。今更ながら私は知った。 公子は、始めからフリージに帰る気がなかったのだと。だから私たちをにずっとティニー様を守らせていたのだ。
未来の主君を、守らせる為に。
「オルエンは真面目だからな。ティニーを助けてやってくれよ」 公子はまた笑った。相変わらずの緋の髪が風に躍る。もうじき切ってしまうつもりなのだと、私は密かに知っていた。 公子はとてもあかい人だけど、ヴェルトマーに行ったらその銀紫の髪はまた異質になるんだろう。どこにいても異質な人だ。
あの時の苛烈さも。 今の暖かさも。
今にして思えば、炎のようなこの人には全く異質なことではないのかもしれない。 どこか吹っ切れたような明るい笑顔は、私にいつか見たものを思い出させた。 冷たさの中で、それは人を惹きつけて魅了する。
あか この人だけの、緋の華。
|