後方で癒すことに集中する人と 前線で癒すことに奔走する人と
戦場の癒し手は二種類います
どちらも戦争には必要です どちらが欠けても、誰かの命が消えるでしょう (戦争なんてするはずでない人ばかりでしょうが)
あたしの守る人は、きっと前者であるべきでした
無手の癒し手
空気を切るような音がする。 後方にいる人ごとサウルを倒して、ドロシーは音の方に向き直った。向いた時には矢をつがえ終っている。 ドロシーの放った矢は敵の足をとらえた。 鎧で守られているとはいえ、関節はその限りではない。布が巻かれて補強されているその部分を強力な矢が射抜いて「敵」は倒れこんだ。 持っていた弓を取り落としたその敵をほおって(すぐにはかかってこれないだろうと思った)ドロシーは後方を振り返った。 とっさに庇ったサウルの無事を確認する為だ。 振り返ったドロシーとすれ違うように、槍をもった騎士が敏捷に馬に飛び乗って駆けて行く。 「感謝します、神父様!」 サウルは騎士に加護を願うような言葉を一言二言呟いて、倒れた身体を急いで起こした。きょろきょろと周囲を見渡して、ある一点に目を止める。 「次に行きますよドロシー」 サウルに怪我は無い。 立ち上がったサウルの直ぐ横に突き刺さっていた矢にぞっとしながらドロシーは「はい、神父様」と返事をした。 返事をするのはいいことだ。返事が返らないと、人はとても不安になる。一人きりになったような気にさえなる。サウルはいつでも、呼んだら返事をかえしてくれたのだ。 ドロシーは駆け出すサウルを追い出した。そうしながら周囲に気を配る。怪我人の場所はサウルが知っている。ドロシーはサウルの周囲に気を回せばよかった。
ふと、視界に入ったものがある。
先程ドロシーが足を射抜いた敵兵は、手槍に貫かれて絶命していた。 ぐ、と喉の奥で持ち上がるものがあって、ドロシーは頭を振った。 ここは戦場だった。リキアとオスティア反乱軍……ベルンに組みする軍との。 どうしてこんなことになってしまったのだろうと自問自答する。悩んでいるのに、それでもきらりと光った金属の輝きに夢中で矢を放った。 前を走っていくサウルは、ドロシーのほうを振り返りもしない。 そうするということを聞かされていた。だから、自分とサウルとを守り抜きなさいと言われた。 ……殺される前に殺しなさいとは、言われなかった。 それでもドロシーは思っている。きっとこうして戦力を削ぐだけではなく、いつか確実に仕留めようとすることを。そうでなければ、目の前の人を守れない。 傷つくのは怖いことだし、死ぬのは恐ろしい。それを与える側になるなんて、考えるだに憂鬱である。だけれども、目の前の人の白い法衣が赤く汚れることはもっと怖かった。 この人は、小さな村をゆくときに女性に声をかけてドロシーに怒られているぐらいがいい。 その姿しか知らなかったから、サウルが今までどうしてきたかなど知らなかったからだけれど、ドロシーは切に願った。 前線で、怪我人を癒す為に戦場を駆けていくサウル。
神様お願いします。
この人が死にませんように。
「どうしてですか!?」 軍議の後、サウルとドロシーはそれに参加しない。あくまでファイアーエムブレムを見守るエリミーヌ教代表、という立場をとっているからだ。 だから、何事も全て決められた後に軍議で決定したことは伝えられてくる。今日の軍議もまたしかり、であった。 それは単に作戦の大まかなものであったり救護隊の進軍方法であったりするはずだ。二人は軍に参加しているというよりも、あくまで観察者……(ドロシーにその自覚はないだろうが)なのだから。 「いつでも癒し手というものには渇望していますからね」 穏やかに答えたサウルにドロシーは声を大きくした。 聞きたいのは、その口から聞きたいのはそういうことではない。 「だって、神父様弱いのに!」 「おまえね……」 「神父様は馬にだって乗れないのに、前線なんて無理ですよ!」
前線での癒し手の役割。
それが今回彼に伝えられた軍命だ。 軍に参加しているとはいえないとしても、身をおいているのが軍である以上一定の特殊な状況が発生している。普通ならそれは断れることではない。 「幸い私は素早さには自信がありますしね。それに前線に身を置く女性の傷をほおっておくことは出来ないでしょう」 戦場に出る女性は皆無ではないが、リキア軍において絶対数は少ない。ドロシーは納得できなそうに首を振った。 「でも!前線に行ったらもっと危険が増えます。あたしが必ずしもお守りできるとは限らないんですよ」 サウルは微笑を崩さなかった。再度言い募ろうとしたドロシーをやんわりと止める。 「私はお前を信頼していますから」 ……ドロシーはそれ以上、言う事が出来なかった。
「私と自身とを守りなさい。……守ることだけ、考えていなさい」
でも神父様。
ドロシーは弓を引き絞った。その直後には矢を放す。ひゅんと空気を切る音と共に矢が飛んでいく。 (神父様はずるいです) 矢はぷつっという軽い音と共に深く敵兵へと突き刺さった。足を止めればそれでいい。生死も確認せずドロシーは次の矢を手に取る。 (言ってしまって、よかったんです) 再度放たれた矢は正確に眉間へと吸い込まれていった。確認する必要はない。死んでいる。 (敵兵を、殺しなさいと……言ってしまってもあたしは良かったんです) 自分はとても怖がっただろうが。そして悩むだろうが。何故、と苦しむだろうが。
殺されたくない人がいる。 死なせたくない人がいる。
(あたしは、それでも弓をとるんです)
この弓が人を守るのだ、と言ったのはサウルだった。始めて人を殺した時に。 手元は血に汚れる訳も無いが、その手が赤く染まったようで震えていた自分に。 優しく体温を伝えてくれた人。 弓だけがあって守るのではなく、それを振るうドロシーが守るのだと。
ドロシーは新しい矢を取った。つがえる。 それを解き放った後、サウルを振り返った。サウルはリライブの杖を放り投げていた。ドロシーは駆け寄って予備にと持っていたライブの杖を渡す。 「ありがとうございます」 微笑んだサウル。そしてすぐさま動き始めた。 ドロシーは、ふと気が付いた。サウルの白い法衣が、血に汚れている。でもサウルの血ではないのだと感覚が教える。
彼の血では、ないのだ。彼の法衣を濡らすものは、これからも多分ずっと。
真白い法衣にこびりついた澱んだ赤に、ドロシーはこみ上げてくるものを感じた。必死にこらえた。 法衣に巻かれた赤い布。赤は、血の象徴だ。 ・ ・ ・ ・ その布がどす黒く色を変えているのを見て、ドロシーは堪らなくなった。 敵兵の動きを察知するのだと自分に言って目をそらした。
ああ、泣きたい。
エリミーヌ様、どうかこの人が死にませんように。
煙のたつこの戦場で、何も持たずにいるこの人が。
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