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ジルフェは精霊 風の精霊
きまぐれ 奔放 情はあつい
――ただ、少し冷たい
ジルフェのまどろみ
うん。『それ』たちが僕のいちばん始めに見たものだよ。 とうさんもかあさんも、夢を見ていたのだろうと言うけれど、僕は覚えてる。 僕は目も開いていなかったけれど、目の前に『それ』がいるのがわかった。 『それ』はきらきらと色彩に溢れていて、やがて目を開いてみるようになったものとは、どれも違った。 多分、あの色は匂いのようなもので、光の偏光で変わる色を捉えていたわけじゃないんだと思う。 『それ』たちの本質的な魂の香り。 そんなものを僕は感覚的に捉えていたんだ。
『それ』たちは僕を覗き込んで、きぃきぃとさざめいた。 歓迎されてなかったんだと思う。 けれど、『それ』たちはこの世に放りだされたばかりでおぎゃあおぎゃあと泣き喚くより他にない僕をしばらくこづきまわしたかと思うと、やがてさざめくのを止めて、僕に話しかけてきた。
(...は じ め ま し て)
僕はその時、『それ』たちをジルフェ……風の精霊と呼ぶんだということを知ったんだ。
それから、僕はとうさんやかあさんと居るよりもずっと、ジルフェと居たと思う。 普通はそれでジルフェに一番なかよしになるんだろうけど、僕の場合はちょっとちがった。 ジルフェはけして僕に親しくは話しかけなかったし、きぃきぃと啼いては僕をみはっているようなんだ。 僕がぼうっとしていると、そっと寄って来て僕を宙にさらおうとするんだ。 中空は風でいっぱい。いごこちが悪いわけじゃない。
悪いわけじゃ、ないけれど――。
でも、さらわれてしまったら、僕は僕じゃなくなってしまうのではないか。 僕はとても不安で、さらわれないように気をつける。 小さい頃はそれでもよくふわふわと漂ってしまって、とうさんとかあさんをびっくりさせてしまった。 寝ている時は僕の中にいるもうひとつ……。魂の色でいうと、青いものが僕を守ってくれる。 ジルフェと青いものはとっても仲が悪くて、僕は眠った気になれないんだ。 ずっとそれが普通なのかとかんがえていたけれど、どうやら違うようだった。 たまにお城にくるせてぃが、そんなことはないというのだもの。 せてぃはジルフェの匂いを濃くもっているから、きっとせてぃも同じだと思ったのに。 そういうと、せてぃは目をつめたくして、首をふる。
ジルフェはこのシレジアいっぱいにのびのびと飛んでいるんだ。 僕はジルフェがいると体調がいい一方で、とてもおちつかない。 ジルフェに委ねてしまおうか、と思うたびに今度は青いものがあばれだす。 僕はジルフェよりも青いものが好きだったけれど、こういうときは、ちょっと困る。 からだが言うことをきかなくてめまいがするし、胸が苦しくなるんだもの。 それでも、僕は誰かにたよることはできないんだ。 だってかあさんはずっと前にいなくなってしまった。ジルフェが言うには、死んでしまったのだ。 とうさんはお役目を抱えて、シレジアにいない。 僕は王子だから、弱いところを見せてはいけないもの。
でも一人でじっとがまんしていると、すごく寂しくなるんだ。 そういう時は、妹のことを思う。 かあさんはいなくなってしまってから、こどもを産んだのだって。 僕と同じ銀色のかみをした、とてもかわいい子なんだって。 それはとうぜんだ。僕の妹だもの。とびきりかわいいに決まってる。 名前も知ってる。ティニーっていうんだ。 ティニーはどうしているだろう?かあさんが死んでしまって、寂しくはない? シレジアから遠く離れて、苦しくはない?
会いたいなあ。僕が丈夫だったらきっと探しにいくのに。 きみが寂しがっていたら、ぎゅっと抱きしめてあげるのに。 一緒にいたら、きっと何だって乗り越えてしまうのに――。
「そうね。きっと逢えるわ」 黒髪の婦人がそう優しく言うと、少年は笑顔になった。 笑っているというのにどこか儚い、薄氷の笑みである。 「本当?」 「ええ。だからアーサーは身体を鍛えて元気になって、ティニーを迎えにいってあげてね」 「うん」 子供の笑顔。
喜ばしいものであるはずなのに、こんなにも悲しくなるのは何故だろうか。 アーサーを取り巻いた血の楔が哀しいからだろうか。 (この子には全く、関係のないことなのに) だがレヴィンとティルテュにだって、関係のないことだ。 問いだたされる必要なんてないし、彼らは本当に、想いあって結ばれたのだ。
「今度は、いつくるの?」 あどけない笑顔が問うてくる。 「そうね。帝国の人が尋ねてくるから、お出迎えが終ってからね」 「ていこくの人?」 アーサーのぽよっとした眉が寄せられる。 帝国の言葉が良いものを運んでこないことを、既に学んでいるのだ……。 「大丈夫よ、直ぐに終らせてしまいますからね」 「うん。おばあさま、気をつけてください」 「ありがとうアーサー」
ひょっとしたら、もうこの笑顔が見れないことが哀しいのかもしれない。 (どうかフォルセティ、あのこを守って) 帝国の持ち込む難題に向かうために、ラーナはセイレーンを発った。
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