誰に嫉妬してるの?
何が気に食わないの?








嫉妬





 私には、数日前に知り合った、変な相棒がいる

 変なのになんで相棒かって思う人もいるかもしれないけど、
 実際私も、なんでそんなこと言ってしまったのか、自分で理解できないでいる。
 その「相棒」って言うのは、まあ綺麗な奴だった。
 綺麗な赤紫がかった銀髪を無造作に伸ばして、長い前髪の中から真っ赤な瞳を覗かせる。
 わりと長身だけど細い体で、シレジアで育った者特有の白い肌をしている。けど、正真正銘の男だ。
 声だけは、声変わりが終わって低い声をしているから、すぐにわかる。


 とはいっても、その紅い瞳は最近私の目の前にはない。
 解放軍に入ってから、天馬に乗れる私と徒歩のアーサーじゃ、全然戦場で会うことなんてなかったんだから。















「フィー!スカサハを見なかった!?」
 残りの兵がいないかどうか見回って、戻ってきた私に、ラクチェが呼びかけた。
 常に、双子の兄とともに前線を形成する彼女がこうして動いているということは、もう制圧も終わったんだろう。
 見上げると、先ほどまで上がっていた、帝国軍の旗が降ろされて、解放軍の青い旗があがっていた。
「ダナン王はどうなったの?」
 反対に聞き返すと、ラクチェは軽く目を伏せて首を振った。
 たぶん、死んだんだろう。ここまで暴政を行った彼を、誇り高いイザークの民が許すとは思えない。
 たとえ生かそうと思っても、周りが許さない。ダナン王の息子達を解放軍に取り込んだときも、反感があったそうだ。
 ただ、ラクチェが沈んでる理由がわからなかった。確か凄くダナン王を嫌っていたのに。


「あ、そうじゃなくてスカサハ、見なかった?」
 ラクチェがもう一度質問を繰り返す。
 理由を聞きたかったけど、聞いて欲しくなさそうだったので、私もそれ以上聞くのはやめにした。


「見なかったけど…セリス様のところにいるんじゃないの?」
 確かスカサハは、ラクチェとともにセリス様の護衛的役割りを担ってたと思うし。
 ここに入って間もない私でも、彼が参謀的な位置にいるのが見て取れた。
 もちろん軍師みたいな役をする訳じゃないし、セリス様の選択を冷静に見て誘ったり、諌めたりするみたいなものだった。
 制圧したとはいえ、特に理由がない限り、戦場ではセリス様のそばにいるはずだ。


 そう思っていうと、ラクチェはまた首を振って、
「制圧した後、出てったのよ。レヴィン様がトラキア半島から帰ってきたから」
相変わらず魔法コンプレックスあるみたいで…
 そう続けるラクチェの声が、遠く聞こえた。


 今、彼女はなんていった!?

 シレジアに、レヴィンという名前は珍しくない。けれど、ラクチェはその名称に、確かに「様」という敬称をつけた。
「…ああレヴィン様って言うのは、解放軍の軍師なの。今回の戦いがスムーズに行ったのもその人の指示ね。
昔から神出鬼没で、そのレヴィン様にスカサハを探してこいって言われたんだけど…」
 ラクチェの言葉を聞き終わるより先に、私は城に走り出していた。











 レヴィン、風と雪と天馬の国シレジアの王
 国民から慕われ、あのバーハラの戦いの後、正式に王位につく
 帝国との交戦時、内戦のとき疲弊した兵力を補うために、自ら前線にたつ
 神器フォルセティを自在に操る王へ、誰一人立ち向かえる者はいなかった
 ・・・が、その戦いを制したのは、一人の女将軍と、人質にとられた子供
 交渉の中、シレジアは帝国の属国となりはしたものの、王の元、誰一人、自分たちが負けたと思ったものはなく、
 それを、帝国の女将軍も認めていた
 その拮抗が崩れたのは、女将軍の謎の死。子供狩りが始まる中、国は恐怖の渦に巻き込まれた
 王家はトーヴェに、逃げられた国民はセイレーンに逃げ、
 ザクソンから、シレジアの国民は、暗黒教団の支配下におかれた…
 シレジアを滅ぼしたのは、帝国ではなく王の優しさだと、国民の心は、今も屈しはしていないという





 母はよく自分たちに話して聞かせた。
「レヴィン様はね、世界中の人を、闇から守ろうとなさっているの。そのために今は準備をなさっているのよ。
だから、寂しくなんてないわ。寂しくなんか…」
 嘘吐きなお母様。
 いつも夜中に空を見上げて泣いていたのに。
 私たちはいつも、神出鬼没に帰ってくるお父様を待ちわびてた。
















 王座の前の扉を開ける前に、ひとりでに扉が開いた。
 奥は血が飛び散っていたけれど、すでにダナン王の体は片付けられていて、代わりにセリス様の姿があった。
 そして、私の目の前には、お父様がいた。数年前セティお兄ちゃんにフォルセティを渡した、お父様の姿そのままに。
 口元がわななく。手が震える。
 あんなにも切望したお父様が、目の前にいる。
 胸の中に熱いものがこみ上げてきて、手を伸ばそうとした。



 お父様は、あっさりと私の横を通り過ぎた。


 室内だというのに、すっと風が通り抜けて、私の髪が軽くゆれた。
「フィー?どうしたんだい」
 セリス様が近づいてきて、私に聞いてくる。でもその言葉さえ私には聞こえない。
 涙が頬を伝っていくのを感じながら、私は冷たい床にぺたりと座り込んでいた。



















 アーサーの声が聞こえる
 ちょっと前まで、後ろでばかり聞こえた声が、少し遠くから聞こえてくるのは何か新鮮だった。
 そういえばこの数日、その声を聞いてなかったのを思い出す。
 その楽観的な笑顔が懐かしくて、私は声の方向に方向転換した。中庭のほうだ…
 次の瞬間聞こえた声に、私はぎくりとした。
 音を立てないようにそっと近づく。帝国兵と合間見えるときより緊張している自分が、なんだか滑稽だった。


 お父様だ

 アーサーとお父様が会話している。
 一方的にアーサーが話しているようで、お父様時々口をはさむという様子だったけれど、
 私はアーサーが余り自分から話さない事を知ってた。
 以前からの知り合い?…でも私は聞いたことがない。


 アーサーは、肩口がばっさりやられていて、まだ血がぱたぱたと落ちてくる。
 空から彼の戦う様子を見たことがあった。
 魔道士なんだから、奥から魔法をかければいいのに、彼は前線に出て来るんだ。
 攻撃するときは、確かに反撃を食らわないような位置にいるけど、相手がその気になればあっさり近づける位置。
 いつも大体一発ぐらい食らってる。でもその後、普通なら動きが鈍るだろうに、かえって動きが精密になるんだ。
 剣も持ってない、手負いのアーサーに仕掛けてくる敵兵は、みんなあっさり倒れていった。




 お父様はその怪我を気にしてもいないアーサーに向かって、呆れたようなため息をつく。 手をかざした。
 見る見るうちにアーサーの傷が癒えていく。
 お父様は、杖なんて持っていたっけ?
 お父様の持っていた杖は、みんなお兄ちゃんが持っていった。
 でも、お父様から受け取った訳じゃない、お母様が渡したんだ。その頃にはもうお父様は旅に出ていた。





 お父様からフォルセティをもらったセティ
 フォルセティしかもらえなかったセティ
 …凄くうらやましかった





 アーサーが、ぺこりと頭を下げて礼を言う。懐かしそうに笑うしぐさは、私が見たことがない、子供っぽい顔だった。
 そういえば、アーサーは私と同い年なんだっけ。そう知って、凄く驚いたんだ。
 今は、16歳になったばかりの、年相応の顔をしてた。
 何か言われて、ごそごそと何か取り出す。取り出したのは、ウィンドの魔道書。
 シレジア出身の魔道士なら、風の魔道書は基本ステータスだ。
 …炎の中位魔法がつかえるくせに、雷の魔法のほうが得意なくせに
 どうしてわざわざウィンド?


 「軽いし」とか言ってたのを思い出す。
 無意識に手に力がこもってたらしく、じっとりと汗ばんだ手がうっとおしい。
 足を横に移動させたら、小石を蹴って、ことんという小さな音がした。


「あれ、フィー?」
 アーサーが振り向いたのを見て、私ははじかれたようにその場を離れた。





 イライラする
 きっとお父様とアーサーが話をしているせいだ。
 娘の私に、一瞥もくれないお父様が。



 あのウィンド、お父様にもらったもの。
 シルフの声は聞こえないけど伝わる。
 普通の魔道書より力が強いのを感じた。どちらかというと防御の力。魔法を使うとき発生する魔力防壁、力は魔道書によってさまざま。
 あの魔道書、使い手を守るようにって言う思いがこめられてる。
 そんなことができる人なんてそうはいない。
 そう、それこそ、神器を継ぐような人でもないと。



 私はきっと、アーサーが羨ましいんだ。
 そうに決まってる。














 むちゃくちゃに走っていったら、城の裏のほうに出てしまった。息を切らしながら、呼吸を整える。
 何をやってるんだろう
 私は…あの人の娘、なのに
 風神フォルセティの化身とまで言われた、お父様の娘なのに
 聖戦士セティの血を引く、シレジアの王女なのに
 このもやもやと渦巻く気持ちは何なんだろう




 木々の向こうから剣が空を切る音が聞こえる。
 私はその音が、私のこの取っ掛かりを切り払ってくれるような気がして、その音のほうに近づいていった。
「誰だ」
 まだ視界には入っていないのに、突然呼びかけられた。びっくりして、意識が覚醒する。この声はスカサハだ…
 そういえばラクチェが探してたっけ。
「私よスカサハ。剣の鍛錬?」
 別に隠れる必要もなかったので、スカサハのほうに歩いていく。私の姿を認めて、スカサハは構えた剣をおろした。
「フィーか、どうしたんだ。アーサーは?」
 …アーサーと一セットにでも思われてるんだろうか。彼の名前を聞いて私の中で何かがうごめく。


「…さあ、どこかで治療でもしてもらってるんじゃない」
 私がそういうとスカサハは、そういえばざくっと入ってたなあと、ぽりぽりと頭をかいた。
 …一瞬疑惑の目を私に向けたのには、気がつかなかったフリをする。


「そういえばスカサハ、ラクチェが探してた…」
「あ、いた。スカサハ!」
 私の声と、もう一人の声とが重なった。私はぎくりと体をこわばらせる。
「噂すればなんとやらか」
 スカサハが軽く上げた手に、ひらひらと手を振りながら答えて、歩いてきたのは・・・アーサーだった。


「肩はちゃんと治療してもらったのか?」
「ん、もうぜんぜん平気」
「治る前も全然平気な風に動いてたけどな…。あともう一太刀同じところに入ってたら、腕落ちてたんじゃないのか?」
 手をぐるぐる回してみせるアーサーに、疲れたようなスカサハの声がかかる。
 なんだかまたいやな感じだ。
「・・・スカサハ、魔法コンプレックスあるんだって?ラクチェが言ってた」
 なんだかまるで会話を妨害してるみたいだった。
「え、そうなのかスカサハ、じゃあ実は俺も苦手?」
 さも意外そうにアーサーが聞くと、スカサハが手を軽く振る。
「いや…俺は、魔法のにおいが何か苦手なんだ。…なんというか、得体が知れない気がする。アーサーは平気だよ
得体は知れないけど、何考えてるかわからないっていう印象は受けないしな」
「ふーん、俺はどっちかって言うと、剣士のほうが苦手だけどな。速いから、魔法使う前にやられる
でも、別に、仲間内まで苦手な訳じゃないけど。
…っと、用を忘れるとこだった。スカサハ、レヴィン様が呼んでるぞ」


 私はまたその名前に反応した。確かラクチェもお父様が探してるって言っていた気がする。
 スカサハはスカサハで、その名前を聞いて、眉を寄せた。
「レヴィン様が…?ラクチェはそれで俺を探してたのか。・・・わかった。すぐ行く」
 スカサハがいなくなると、アーサーが私のほうへ向き直った。
 いやだ。逃げたい。


「どうかしたのか?フィー」
 アーサーが、いつもの笑顔を見せる。どこか年齢不詳的で、それでいて子供っぽいような。
 ああ、そうか・・・
 ずいぶんと久しぶりに、この紅い瞳を見たような気がする。実際にはたったの数日振りなのに
 なんだか私は、その瞳を見たら、私が今まで抱え込んだこの原因不明の気持ちの正体に気づいてしまった。
 私は、嫉妬してたんだ。




















「ああ。この魔道書はレヴィン様からもらったんだよ。俺はあの人から魔法の使い方を習ったんだ」
 後でアーサーにそれを聞いたら、そんな答えが返ってきた。
「俺にとって、レヴィン様は二人目の父さんみたいなもんなんだ」
 そういいながら、アーサーは逆に私に聞いてきた。
「そうだフィー、ひょっとして…フィーの兄さんってセティって名前だとか?」
 私がそうだと答えると、とたんにアーサーは嫌そうな顔になった。
 何で知ってるのか聞いてみたら、アーサーからは引きつった笑みがかえってきた。
 結局そのことについて、それ以上は聞けなかったけど。


「なあフィー、レヴィンさまがフィーを無視するって言うけどさ。きっと、あの人なりの理由があるはずだよ。
だって、フィーの父さんなんだろ?」
 そう言って笑ったアーサーの顔は、私が今まで見た中じゃ、一番綺麗だったと思う。
 いや、妹さんのこと話してるときにしてたような気もするけど。


 でも悔しいから、このとき感じた気持ちの名前は、当分言ってやらない。
 アーサーから言ってくるまで、絶対教えてなんてあげない。



「覚悟しなさいよ!相棒!」
 そう言って、思いっきりアーサーの背中をたたくと、傷跡にあたったらしく、大げさな悲鳴が返ってきた。















(00/09/10)