時計
              アリス様



 ぎりぎりぎりぎりぎりぎり・・・・・ガコン。

 僕のすぐ側にある歯車が動く。
 大きな木製の歯車。
 一つ歯車が回るたびに他の歯車が回り出す。

 ぎりぎりぎりぎりぎりぎり・・・・・ガコン・・・

 遠くでスタンの声がする。モンスターでも現れたのだろう。
 クレメンテの晶術が時計塔を揺らす。

 ・・ルーティの声がしない。何故か聞こえない。
 噛み合っては離れ、離れては噛み合う歯車の群。

 ぎりぎりぎりぎりぎりぎり・・・・・ガコン。

 エレベーターのスイッチを任された僕はひたすら、此処で待つ。
 来ない筈が無い。
 あいつらの行動くらい分かり切っている。
 あいつらは莫迦だから、発信器が付いていなくても僕を置いて行く事は無い。
 きっと・・・・。

『坊っちゃん・・・?』
「大丈夫だ」

 大丈夫。
 必ず来る。
 分かっているのに、どうして、こんなに不安なんだ?

 ルーティ・・・・。

 ルーティが側に居ない。
 僕の目の届く範囲に居ない。
 其れだけの事が、僕を非道く不安にさせる。

 ルーティ・・・・。

 何時も側に置いておきたい。
 側に居たい。
 離したくない。
 離れたくない。
 あの声を聞きたい。

 戯れに抱かれた肩。
 今も鮮明に思い出せる手のひらの温もり。

 ルーティ・・・・

 また、スタンの声。
 其れにかぶる様に 再び歯車が回り出す。

 ぎりぎりぎりぎりぎりぎり・・・・・ガコ・・

「アイストーネード!!」

 凛とした、ルーティの声。
 歯車達の声を、耳鳴りがしそうな静寂を撃ち破る、玻璃の声。

「!!」

 声は、すぐ側から降ってきた。
 振り仰げば、其処には待ちわびた人の姿。

 ルーティ・・・・!

 馬鹿馬鹿しい程、一人の女に心乱されている。
 あいつの姿が見えただけで、体を戒めていた冷たい想いが溶けてゆく。
 玻璃の声に撃ち抜かれて、闇にとろけそうになっていた自我を引き剥がす。

 何時か、僕の心臓を動かす歯車が止まったとしても。
 おまえの記憶を構成する歯車の一つとして、僕の存在は残るだろうか?

「遅い!!」
「悪い」

 怒鳴りながら、ほんの少しだけ、顔がほころぶ。
 何時から、こんな風に笑えるように?
 どうして、こんなに穏やかになれた?

「ほんのちょっと待っただけでしょ。そんなにカリカリしないの、坊や」
「誰が坊やだ!!大体、どれだけ待ったと思ってる!時間もわからんのか?!」
「あーもう!うるっさいわねえ此のクソガキ!!幾ら時計塔の中でもあたしは時計持ってないの!
時間分からなくて当然でしょ!!」
「どうせ時間にルーズなタイプだろう、ガサツ女」
「ぬうあんですってえええええええええええ?!!泣かすわよ此のガキャア!!!
今すぐ此処から突き落とされたい?!なんならすまきにして差し上げてよリオン坊っちゃん?」

 喚くルーティの顔も見ず、懐を探る。
 出てきたのはアンティークの懐中時計。
 近衛兵になって、初めての給料で買ったもの。
 古めかしい銀細工を少し眺めて、ルーティに向けて放る。

「っと・・・・」

 かしゃん。

「何・・?・・年代物ね、これ。・・ふうん・・?」
「持ってろ」

 何時か僕の心臓が動くのを止めても。
 其の時計は動き続ける。
 其れは、僕の一部。
 僕という存在をおまえの記憶の中に構築する歯車。
 だから、おまえに持っていて欲しい。

「これで、時間を守れって?」
 くつくつと嗤う、柔らかな声。
 あの玻璃の声と同じ物とは思えない、声。
 唯一僕を狂わせる、紅い声。

 振り返って、呟く様に。

「無くすなよ」
 僕の、蒼い声。
「あら残念。売っ払ってやろうと思ってたのに」
 玻璃の、紅い、声。

 そんな事を言いながらも、銀時計はルーティのレンズ用革袋へ。
 落とさぬよう、ベルトに留め金を固定して。
 時計は其処で、時を刻む。

 ぎりぎりぎりぎりぎりぎり・・・・・ガコン。

 チッ・・・チッ・・・チッ・・・チッ・・・チッ・・・
 時計が時を刻む。
 銀色の、針で。透明な、時を。


 静かに動き続ける銀時計。

「いやあっ・・・リオン!!リオン!!」

 チッ・・・チッ・・・チッ・・・チッ・・・チッ・・・
 まだ、時計は動いている。

「いや、いや!・・・何で・・戻って来てよぉ・・リオン・・・・!!」

 島が沈む。紅い炎を高く吹き上げて。
 ルーティが泣き叫ぶ。たった一人の弟を求めて。
 紅い玻璃の声は、ずたずたになってもなお、応える事の無い蒼い声を呼ぶ。
 手摺りを越えかねない狂乱を、スタンが押さえる。
 ルーティの指先は、初めて愛した少年を捜して。
 虚しく空を掻きむしる、かつて戯れに彼の肩を抱いた、細い指先。

「さよなら・・・・姉さん」
 蒼い声が、最後の時を呟く。

 チッ・・・チッ・・・チッ・・・チッ・・・・・・・・。

 リオンの心臓が止まったその時。
 革袋の中で、銀時計は時を刻むのを止めた。

 此は僕の一部。
 此は僕の存在をおまえの中に構築するための歯車。
 だから、忘れないで。

 ルーティの瞳に映る、壊れた銀時計。
 もう、時を刻むこともない。
 かたく、かたく、時計を握りしめる。
 リオンの命を刻み続けた時計を、抱きしめる。

「リオン・・・・・・・」

 此はあんたの命だったのね。
 此はあんたの存在をあたしの中に構築するための歯車。   
 だから・・・・・・忘れない。

 紅い玻璃の誓いが、土に覆われた空へと散っていった。
 もう二度と応えない、蒼い声のための誓い。





END