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三番目の聖痕〔３・スカサハ〕
東藤和稀さま
ラクチェの顔がひどく歪む。
スカサハは遠目でありながらそれがよく分かった。
（ヨハルヴァ・・・）
哀れに思った。
にがにがしい、やりきれない思いがしてくる。
ここで死ぬのが運命であったとは思えない。
それでもこれが戦争だとスカサハには分かっていた。
分かっては、いた。
「ヨハルヴァ・・・」
同時刻呟いたセリスには別の感慨があった。
間に合ったかも知れなかったのだ・・・あの油断さえなければ。
何事かが城の方で起きた。
そして、ヨハルヴァ率いる全てのソファラ兵は水が退くようにいなくなってしまったのだ。
事態を想像するのは容易であった。
城に何か・・・おそらく敵・・・があったのだ。
だが、何者だろう。自軍は全てセリスの指揮下にある。
説得の手はずにあるものの城を攻め、
「降伏させる」のを好まない結果がこの行動であると分かっているはずだ。
味方か、それとも敵が一枚岩でなく、新たな敵であるのか。
「オイフェ！」
セリスの声はどこにいても彼に届く。
オイフェはすぐさま馬を駆けた。
「セリス様、どうなされました！？」
解放軍の影の功労者にしてセリスの育ての親である。
誰よりもセリスに忠誠を誓い、また協力してくれる。
「オイフェ、リボー城から援軍が向かっているかも知れない・・・
そっちの指揮を頼みたい」
セリスの意図を図り、オイフェは瞬間的に辺りを見回した。
レスターとデルムッド・・・そしてヨハンは騎馬、スカサハとラクチェは歩兵、ラナとユリアは回復要因である。
「スカサハ、ラクチェ、セリス様と行動してくれ」
セリスが驚くより先にスカサハは顔を上げた。
オイフェの表情を見、頷く。
「わ、わたしも行かせて下さい！」
名乗りを上げたのはユリアだった。
これには誰もが驚いた。一足先に言われてしまい、別の思いを抱えたラナ以外は。
セリスは説得のための口を開こうとした。
危険かも知れないから行こうというのに、
どうして「守る」と宣言した少女を連れていくというのか。
反対されるだろうと、ユリアは分かっているのだろう。
スカサハの目にはそう見える。
必死に言っているそばから、必死に何かに耐えている。
「ソファラ城を見に行かれるのでしたら・・・回復役も必要だと思います」
スカサハの言葉にユリアは驚いて見やった。
セリスは溜め息をつく。
「・・・危険だよ？」
セリスの言葉にユリアはぱあっと明るい表情をした。
「僕が守ろう、・・・そばから離れないようにね」
真っ直ぐな瞳でそう言うのだ、セリスは。
ユリアが顔を赤らめる。
ラナがひどくショックを受けた顔をするのにスカサハは気づいていた。
ショックだろう・・・それは。
「セリス様は誰にでもああ言うんだ・・・わかってるだろ？」
回復しに来ていたラナに声をかけた。
ラナはショックを受けていた顔に瞬時に怒りを広げる。
「・・・スカサハこそ！
わたしの気持ち知ってるなら、協力してくれたらいいじゃない！！」
ライブをかけ終わり、どしどしと歩いていく姿にスカサハは苦笑した。
「ラクチェ一人を行かせるわけには行かない。セリス公子、私も行かせて下さい」
馬の鼻先をセリスに向けてヨハンが言った。
じりじりと圧力をかけるように近づく。
「セリス公子」
セリスは微笑んだ。
「みんなを頼むね、ヨハン」
ヨハンは顔を歪めた。
「ラクチェ！私と一緒に行きたいだろう？」
ヨハンは馬から下りながら、ラクチェの間近で囁いた。
ラクチェの長い指を、すくい上げるようにして触れる。
「ああ、ラクチェ・・・美しい指先はまるで天使のささやきのようだ」
がすっ！
とりあえずヨハンは、その美しい手で殴られた。
「・・・えっと。騎馬のきみには、ぜひリボー隊の方をお願いしたいんだ。
ソファラを見に行くのは、私のわがままのようなものだから」
聞いてるとは思わなかったがセリスはそう告げた。
「気を付けて下さいね」
ラナはライブの杖を抱え直しながら心配げだった。真っ直ぐにセリスを見る。
「ラナ、すまないけど、ヨハンを回復しておいてくれる？」
セリスが言う。ラナは困ったような笑いを浮かべて応じた。
こういうときのセリスはつかみ所がない。はぐらかしているのか、気づいていないのか。
＊
スカサハ、ラクチェ、ユリアの三人はセリスと共に部隊を離れた。
ソファラ城はヨハルヴァによって支配を受ける地であった。
進行する四人を阻む残党がいてもおかしくない。
慎重に進む。
「いないな」
ソファラの姿が見えるころになってスカサハが呟いた。
「ええ。・・・ヨハルヴァで最後だったの・・・？」
ラクチェの表情は晴れない。
「城辺りに、気配があります」
ユリアがセリスを見上げる。
「・・・敵か？」
「それは分からないですけど・・・」
セリスが見返したことに、少しほっとしたように表情を和らげた。
「スカサハ！あれ・・・！」
ラクチェが思わず声を上げた。
上空を指さしたのを見て、スカサハは自分の注意深さを呪う。
上からやってくる敵は今までいなかったのだ！
瞬時に避ける体勢になり、見上げる。
上空に白い影。
「ペガサスナイト！？」
それは白い翼を持った天馬。
＊
「アーサー、見つけたわ！」
はるか上空に位置したまま、ペガサスを駆る少女は叫んだ。
村を助けた後、他に襲われた村はないかとペガサスの上から探していたのだ。
フィーの声は正確には青年に届いていない。
空間と風が邪魔をしていた。
フィーが見つけたのは四人の人影である。
戦場になっていたと思われる東の方から、警戒しながら歩いてくるのが見えた。
上空から見るフィーには丸見えだったのだが、一応隠れているつもりらしい。
ソファラの者かと臨戦の体勢に入ろうとしたが、うち一人が青い髪をしているのを見てやめた。
ペガサスの体勢を変え、もっとよく見てみる。
青年だが、２０才になっているとは思えない。
青い髪に青いマント。腰にしている剣が銀の剣であることまでフィーには分かった。
ペガサスを駆る者は視力が命だ。
フィー自身常人よりも眼が良いことには自信があった。
「あれが・・・セリス様」
フィーには確信があった。
かつて母から聞いた話だと、セリスの父は青い髪をしていたそうだ。
セリスの母は銀に近い髪の色だったそうだが、
生まれたばかりのセリスは父譲りの青い髪だったと言う。
フィーの母は先の戦いの途中セリスを見ているから情報は正確だ。
そしてここ、イザークの民は通常黒髪をしており、支配者となったドズル家と部下たちは濃い茶色の髪をしている。
髪の色を染めている可能性はあるとしても、あれがセリスである可能性の方が高い。
「・・・きっと、セリス様よ！」
フィーは真っ直ぐに急降下する。
＊
城内にいたアーサーは、ペガサスの高度が落ちるのを見てギョッとした。
「フィー！？」
残党を捜しているときに見つけた魔導書を、思わず取り落とす。
窓から見える限りでは、向こうにかすんで見える人影に向かっているらしい。
相手は四人、とアーサーは判断した。
手にいた得物から考えて、剣士が三人に僧侶が一人。
弓を持っている者はいない。しかし・・・
「多勢に無勢って言うんだぞ！？」
アーサーは慌てて駆け出した。
アーサーの格好は走るには向いていない。
マージ特有と言ってもいいローブはマントの形にしてあるが、魔導書を持ちながら全力疾走できる者をアーサーは知らない。
「父さんには悪いけどね・・・」
父の形見であるエルファイヤーの魔導書をウィンドに持ち変える。
風の守護がアーサーの背を後押しした。
アーサーは足を速める。
「・・・三人ともソード・ファイターというのは勘弁してもらいたいね」
アーサーは冷静に呟いた。
＊
上空に見えた天馬騎士は真っ直ぐ下降してきた。
スカサハはセリスの盾になる形で銀の大剣を構える。ラクチェも並ぶ。
相手の得物がなにか、スカサハには分からない。
この攻め方ならおそらくは槍だろう。
それが何であっても、簡単に斬られてやる気はしない。
このまま降りて来るつもりなら、望み通り切り捨てる。
ひどく凶悪な気分になったところで、ふいに相手が少女であることに気づいた。
「ストップ、スカサハ」
セリスが早口で言う。
そのまま前に出る。
「セリス様！？」
ラクチェの声には微笑みまで見せた。
「あの子は敵ではないように思う・・・話をしたい」
後悔は一回で十分だ、と心の中で呟く。
セリスの眼が真剣であることに三人は気づいた。
スカサハとラクチェは武器を下ろす。
「セリス様ですか！」
会話が出来るほどの地点まで降りてきた少女は、武器をおさめていた。
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