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デカチビ１０題（乱菊→日番谷）
２．納得がいかないこと
松本乱菊は十番隊に所属している。
入隊直後の所属が十番隊だっただけで、特別な思い入れがあるわけではない。
他隊に比べ、特出した特徴のない隊だが、一つだけ奇妙なことがある。
十番隊は隊長の死亡率が高い。
一人の隊長が長く着任していることがない。
任務中、あるいは病気、さまざまなケースがあるが。十番隊隊長は着任途中に死亡する率が高いのだ。
前任の隊長が死亡して以来、十番隊隊長は空席だった。
「どうしてかしらね。別に、隊長一人で危険任務に就いてるわけじゃないんだけど」
酒を酌み交わしながら乱菊は首をかしげた。
瀞霊廷内部、隊舎近くにある行きつけの飲み屋である。
席には乱菊の他に、十一番隊の斑目一角と綾瀬川弓親、阿散井恋次がいた。
隣隊の十一番隊とは仲がよく、任務後の打ち上げでよく顔をあわせるのだ。
飲み会として乱菊から誘うことはないが、飲み屋で一緒になれば同席する。その程度には親しい。
「たいしたことじゃねえだろ。その隊長が弱かった、そんだけだ」
「あら。じゃあ、あんたが次の隊長になる？あたしが『隊長ーｖ』って言ってあげる」
「げっ、乱菊さんが、一角さんに……？」
乱菊がふふふと笑って見せると、一角は嫌な顔をした。想像したらしい恋次が目をむく。
その隣でさらに顔をしかめて、弓親が眉を吊り上げる。
「冗談でしょ。乱菊サンが一角の副隊長？ この僕を差し置いて許さないよ」
「あんたねぇ、少しは自重したらどうよ、五席」
「ふんっ、だいたい、一角が隊長だったら乱菊サンに副隊長要請なんてあるわけないでしょ。
仕事しないの分かってるし」
「仕事しないって？乱菊さん、今だって副隊長じゃないですか」
「知らない？ 有名だよ、十番隊副隊長の絶妙な手の抜き方は」
「テメーらなぁ。俺が隊長になるわけねえだろ。卍解だってできねえのに」
「まあ、そうねえ。
それに別に期待してないから心配しなくていいわよ。一角に膝を折るなんて、ぞっとするし」
「…オイ、そこまで言うこたねえだろが」
どっかりと席に腰を預けて、乱菊は杯を飲み干した。
「新しい隊長になったら、たぶん、あたしは解任になるわね」
乱菊は十番隊の副隊長だ。
前任の隊長就任時には席次も下だったが、現在は前任の副隊長の後を継いで副隊長を務めている。
より正確に言えば十番隊隊長代行だ。滅多にないケースだが例がないわけではない。
適任者でなければ、護廷隊の隊長格にはなれないのだ。
まだ乱菊は一度も隊長を迎えたことがない。
「八番隊隊長みたいな親父だったら、むしろ喜んで副隊長に据えるんじゃねえか？」
「あら。京楽隊長ならいいけど、『みたいな』エロ親父だったらあたしの方からお断りするわよ」
そっけなく言ってさらに酒を注文しようとした時だ。
店の戸口が開き、見覚えのある人物が入ってきた。七番隊副隊長射場鉄左衛門だ。
最初に気づいた弓親が声をかけた。恋次が頭を下げる。
「鉄サンも呑みに？」
「おー、いや、違ごぉてな。ここにおったんか、松本」
「え？あたし？」
「おう。次期十番隊隊長に、候補者が出たっちゅぅてな。教えたれっちゅぅ話じゃ」
「……！」
狛村隊長からの伝言じゃ、と射場は告げた。
「狛村隊長の話じゃあ、今ごろ隊首試験をやっとるはずじゃが、合格確実っちゅぅ話じゃけぇ。
隊に戻って準備しとったほうがええっちゅぅことじゃげな」
「へぇ。誰だか知らねえが、なかなか豪胆なヤローじゃねぇか」
「よかったですね、乱菊さん」
「そうね。お引越し準備しなくちゃ。あたし、先に戻るわ。呑み代よろしくねー」
「え！？オイ、松本！ふざけんな、呑んだのテメーだろが！」
「無駄だよ、一角。払う気ないんだからね、あの人は」
「俺、この呑みの席に誘われたの始めてなんスけど。乱菊さんていつもああなんスか？」
「ええのう。次からは儂も誘わんかい」
ひらひらと手を振り、乱菊はさっとその場を立ち去る。
隊舎に向かい、足早に駆けながら、乱菊は純粋に驚いていた。
（隊長が、就く。十番隊に隊長が）
射場と一角の言葉も耳に入らない。
胸騒ぎのようなふしぎな感覚が乱菊の足を急がせている。
（ああ、そっか。そうよね。あたりまえだわ）
隊舎に向かいながら、乱菊は笑っていた。
（変化って、怖いものなのよね）
死亡率が高いことで知られる十番隊隊長。
その隊長職を引き受けようとする、誰か。
（新しい隊長はどんな人かしら）
弾むような足取りで、乱菊は空を駆けた。
新隊長の情報が入ってきたのは三日後だった。
十番隊隊舎は始終落ち着かず、ただ隊首室を整えたり、鍛錬をしたりして過ごしていた。
『日番谷冬獅郎』
それが、新しい隊長の名前だ。
真央霊術院を主席で卒業し、一番隊に配属になってまだ数年。副隊長就任経験なしという異例の早さ。
神童の呼び名の高い、天才児。
「子供、なの？いくら十番隊の隊長職になり手がいないからって、そんな……」
「どんな人だろうな。才覚の方は確からしいが……」
「副隊長には、松本副隊長をそのまま着任させるっていう話らしいけど」
「隊長就任時、すでに副隊長が就任している場合、そのまま継続させる例は多いから、なんとも」
「松本副隊長に子守をさせようってことじゃないだろうな……」
噂ばかりが飛び交い、乱菊は苦笑するばかりだ。
「あんたたち、実物見もしないで噂しないの。それより、今日の任務は終わったの？」
「あっ、すっ、すみません！」
「新隊長の前で格好悪いトコ見せたくないでしょ。終わったら執務室にもってきてちょうだい」
「はい！」
十番隊の隊士たちは、基本的に真面目だ。
書類仕事の苦手な乱菊に代わり、よく務めてくれている。
だが、乱菊のすぐ手を抜きたがる性質が伝染しているのか、集中力に欠ける面が多い。
一番噂が気になっているのは乱菊自身だ。
実のところ、副隊長仲間にあれこれ情報を聞きに行きたい気持ちでいっぱいだった。
必要なのは上に立つ人物なのだ。どんなに優秀でも、子供に隊長は務まらない。
（何を考えてるのかしら、総隊長は……）
思い悩みながら執務室の扉を開いた先に、見覚えのない後姿があった。
乱菊の胸あたりまでしかない小柄な姿。
黒い死覇装の上に、袖を落とした白い隊長羽織。背に染め抜かれた十の文字。
周囲には冷涼な氷のような霊気が漂う。
銀色の髪をした少年が、執務室を開いた乱菊の方を振り返る。
「……あ……」
見覚えがあった。
数年前流魂街で会ったことがある。”強い”霊力を持った子供。
どうしてここにいるのか。瞬間、頭の中が真っ白になった。
「あんた、いつかの……」
「あんた、か。まあ無理もねえだろうが」
振り返った子供は、苦い表情を浮かべて乱菊を見上げた。
身に着けた羽織を暗に示しながら告げる。
「聞いてるだろ、松本副隊長」
「……失礼、いたしました、日番谷隊長。就任は明日からだと伺っておりましたので」
わざとらしく隊長と呼んで、にっこりと乱菊は微笑んだ。
「ああ。そうだろうな。そう思って、顔を出したんだ」
「え？」
「子供が隊長職に就くことについて、おまえらの本音を聞いておきたいと思ったんでな。
本音がどうあれ、明日からは俺に従ってもらうが。今日くらいは存分に言っていいぞ」
「存分に、って、なにをです？」
「……いろいろ、あんだろ？子供が上司だぜ？」
日番谷はわずかに言いづらそうに告げた。
その様子が、どこか人付き合いに慣れていない者のしぐさに見えて、乱菊は目をぱちくりさせた。
自分の胸あたりしかない背を見下ろしながら乱菊は微笑んだ。
「まずは、どうぞ。お座りください」
「こっちにか」
「だって、執務室の椅子は『隊長用』なんです。明日からじゃないと、いくら隊長であってもダメですよ」
ソファを勧めて、乱菊がお茶とお茶請けを用意しに控え室に入ろうとした時である。
どやどやとあわてた霊圧が執務室へと近づいてきた。
「失礼します！十番隊第七席、竹添幸吉郎です！松本隊長代行！ご在席でしょうか！？」
「いるわ。何かあったの」
「は！失礼いたします！」
がららっと戸を開けて、膝をついた竹添が顔を上げる。
ソファに座った日番谷には気づかず、竹添は松本を見上げて報告した。
「申し上げます！南流魂街の巡回に向かっていた隊からの、緊急伝令で……。
虚の巣らしきものを発見、交戦状態になっているとのことです！」
「なんですって！？」
あわてて副官席に置いた斬魄刀を掴み、乱菊は竹添に駆け寄った。
「場所はどこだ」
ソファから立ち上がった日番谷が険しい表情で竹添を見下ろす。
見慣れない顔に困惑する竹添をよそに、乱菊が日番谷へと告げた。
「申し訳ありません。南流魂街への巡回小隊は、私の選抜した者たちです」
「話は後だ。竹添、場所を案内しろ。松本、念のため四番隊に救護班の要請を」
「は……、あの」
「私もお供いたします」
「着任前の隊長は、信用ならねえか？松本」
「いいえ。隊長をお守りするのが、副隊長の役目ですので」
「……任せる」
「はい！」
南流魂街の巡回小隊は、たどり着いたときにはすでに虚との交戦を終えていた。
出立前に地獄蝶を飛ばし、四番隊に要請を行っていたため、重軽傷者の治療はすぐに実行された。
負傷者は出たが、死亡者は出なかった。
死神の任務は見かけよりも危険度が高い。護廷隊は死神の中でも実力者ばかりのエリート部隊だが、数回の任務を務めるうち、一人や二人は死ぬものだ。
「残念です」
いたずらめいた笑顔で、乱菊が言う。
「隊長の実力の程を、見られるかと思ったのに」
「こっから先、いくらでも機会があるだろうが」
そっけなく言い、日番谷はくるりと背を向けた。
乱菊が声をかける間もなく、瞬歩で姿を消してしまう。
「あの……、松本副隊長。今の子、いえ失礼しました。羽織の人は……」
もごもごと口ごもりながら、今更ながら竹添が尋ねる。
場に流されて、聞き損ねてしまったのだろう。くすりと微笑んで乱菊は答えた。
「あれが、日番谷隊長よ。期待よりもずっと、フットワークの軽い人みたいね」
「あれが…」
「竹添、事後処理は任せていい？あたしも戻るわ。
報告書はいつものようにしてちょうだい。四番隊から連絡があったら、それもつけてね」
「了解しました！」
乱菊の読みどおり、日番谷は十番隊の執務室に戻っていた。
理由は想像するしかないが、おそらく「着任前の隊長がいつまでも現場にいるわけにはいかねえだろう」というところだろうと乱菊は考えた。
乱菊が戻るのは予想外だったのか、日番谷の額にしわが寄る。
「現場は」
「竹添に任せてきました。
重傷者は無事に搬送されましたし、敵の残党がいないのは確認しました。
巣の調査は、念のため継続させてますけど。後で報告書をお渡しいたします」
お茶とお茶請けを用意して、日番谷の前に出す。
お茶の時間を大事にする乱菊は茶の煎れ方がうまい。
日番谷もそう思ったのだろう、口をつけるとわずかに驚いた顔をした。
ソファの向かいに腰掛けて、乱菊は日番谷に視線を合わせる。
（何を聞こうかしら）
隊長羽織は真新しく、特注したのが見てとれた。
どの隊長も自分なりの着こなしで羽織を着るものだが、袖を落とした着方は乱菊がよく知る誰かさんのようで印象がよろしくはない。
（でも、似合うわね）
乱菊は感心したように目の前の子供を見やった。
「ぶしつけなこと、聞いてもいいですか？」
「なんだ」
「どうして、十番隊の隊長に？」
「俺が隊長格になるのに、たまたま空いてたところが十番隊だった。
十番隊の副隊長は隊長代行経験も豊富で、都合がよかった。それだけだ」
ずずずとお茶をすすりながら、日番谷はそっけなく返答を返した。
「ご存知ないですか、十番隊の隊長職は早死にするって」
「噂だろ」
「……そうですけど」
「おまえが守れば、俺は早死にしない。今までの副隊長にはそれができなかっただけだ」
あっさりと言って、日番谷は乱菊を見上げた。
（あれ）
乱菊は驚いて日番谷の目を見やった。
碧緑は同じだが、瞳の質感が違う。
以前はもっと、何もかもを諦めた色をしていた。生の輝きが日番谷の中に息づいているのが分かる。
（それに、そうよ。この子はこんな自信たっぷりじゃなかった。
もっと不安そうで、不安定で、危うい感じだったのに）
死神になったからだろうか。隊長職に就いたからだろうか。
自分の力の暴走で、大事な人を傷つけたりはしないという、自尊心だろうか。
「なんで、おまえは敬語なんだ」
「？……あなたは隊長ですから」
「言っただろう。今日はまだ隊長じゃねえ」
「それもそうですねぇ」
「言っていいぞ。存分にな」
乱菊は困惑したように目を瞬かせる。
「ありませんよ……。なにも」
ただ、優しく微笑んだ。
「いい隊長になってください。あたしの命ある限り、ずっとお守りしますから」
納得のいかない顔で見返してくる日番谷の顔を見ているうち、乱菊は楽しくなってきた。
「そうですねえ。隊長就任の暁には、ぜひとも週一の飲み会を開催しましょうよ、隊長のお金で。
毎日のおやつタイムには、当然季節のお菓子をつけてですね。経費はぜひ隊長のツケでお願いします。
それと執務室で現世のテレビが見られるように……」
「……おい、松本？」
調子に乗ってぺらぺら喋っているうち、日番谷の眉間にしわが寄ってくる。
苛立ちを爆発させていいものかどうか、距離を測っているらしい。
ふふと乱菊は笑った。
（遠慮はいらないから。仲良くしましょう？）
子供相応なところも見せて欲しい。
隊長としての矜持も示して欲しい。
そして、あの日の自分の選択が、間違ったものではなかったと教えて欲しい。
（長生きして。愛されて、きっと幸せになって）
十番隊隊長の就任式で、松本乱菊は生まれて始めて自隊の隊長へ膝を折った。
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